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旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅱ.王都編
13/46

20

 港からすぐに出発して、南の街道を歩く。途中の街に一泊して、乗り合わせの馬車に乗ったら、ラングリオンの王都にはすぐ到着した。

 立派な門のある大きな都市。

 門の側には、馬に乗った騎士の銅像がある。ラングリオンは、騎士の国って言われてるんだっけ。

「よう、エルロック。お帰り」

 エルの後に続いて歩いていると、いきなり声をかけられる。

「あぁ…」

「もう帰ったの?」

「あぁ」

「連れてるの誰だよ」

「詮索するな」

「マリーにちゃんと連絡しろよ」

「あぁ」

「あれ、久しぶり」

「久しぶり」

「仕事頼んであるからよろしくな」

「早めにやるよ」

「レティシアが怒ってたぞ」

「…いつものことだ」

「誰だ、その子」

「見世物じゃないぜ」

「エル、うちの店にも顔出してね」

「あぁ」

 エルが適当に挨拶をしながら歩いて行く。

 一体、何人に声をかけられてるのかわからない。

「悪いな、リリー」

 しかも、なんだか、すごく見られてる。

「なんで、こんなに声かけられるの?みんな、エルの友達?」

「そんなわけないだろ。付き合いが多いんだよ」

 ものすごく良くわかる。

「想像はつくけど」

「とりあえず、先にギルドに寄るぞ」

 エルが、冒険者ギルドと書かれた建物に入る。

「よぅ、エル。帰って来たんだってな」

「ただいま。頼まれてたもの、買い取ってくれ」

 言いながら、エルは床にものを広げる。

 いつの間に、こんなに買い物してたのかな。

「待て待て、そんなに広げるな」

「急いでるんだよ」

「急ぐことないだろ。査定もあるんだから、ゆっくりしていけ」

 ギルドのマスターがカウンターから出てきて、私を見る。

「ん?なんだ、その子は。拾って来たのか?」

「一緒に旅してるんだよ」

 マスターが私の顔を覗き込んできたので、思わず一歩引く。

「リリーシア、です」

「こりゃ、…エル、どういうことだよ」

「あー、もう。言いふらすなよ。査定が終わったら、店に来てくれ。じゃあな」

 エルが私の手を引いて、冒険者ギルドを出る。

「おい、待てよ、エル!」

「いいの?待ってなくて」

「待ってたら見物客が増えるぞ」

 見物客?

「それは嫌だな」

「だろ?っていうか、道覚えろよ。しばらく王都に居るんだから。俺の家はこっち」

 そう言われても…。

「エル、歩くの早いよ」

 もうすでに、方角がわからなくなってるのに。

「急がないと、何に捕まるかわからないからな」

 何に捕まるかわからない?どういうこと?

 しばらくエルのスピードに合わせて歩く。大きな通りを曲がった先で、止まる。

「ここが俺の家だ」

 二階建ての、薬屋さん。上の方にベランダが見える。

「いらっしゃいま…、あ!エル!おかえりなさい!」

 店の中に入ると、すぐに居たのは、小さな、女の子?

「ただいまキャロル。良い子にしてたか?」

 長い茶色のふわふわの髪に、翡翠の瞳の小さな女の子。

 走り寄ってきた彼女をエルが抱き上げる。

「もう、私、そんな年じゃないのよ。ちゃんとレディーとして扱ってくれる?」

「あぁ、そうだったな」

 エルが女の子の頬にキスする。

 そして、奥からもう一人。茶色の髪と翡翠の瞳の男の子。…女の子の兄だろうか。

「おかえり、エル。早かったね、もう一月ぐらい帰ってこないと思ってたよ」

「ただいま、ルイス」

「で?後ろに居るお姉さんは、エルの何?」

「あぁ、紹介するよ」

 女の子を降ろして、エルが私の手を引く。

「彼女はリリーシア。これからしばらく一緒に暮らすから、よろしくな」

「え?」

 ちょ、ちょっと待って?

「え?ママになるの?」

 ママ?

「違う。リリーシア、この子がキャロルで、あっちがルイス」

 ええと、自己紹介?

「はじめまして。リリーシア・イリスです」

 頭を下げる。

「私はキャロル・クラニスよ。ルイスの妹なの」

 クラニス?エルと同じ?兄弟?

「僕はルイス・クラニス。エルの弟子で、この店を預かってる」

「紹介も済んだところで、部屋の掃除をしなくちゃな。キャロル、俺の隣の部屋、リリー用に片づけてくれ」

 あの。待って。

 一緒に暮らそうって聞いたの、ポルトペスタで一度きりだし、返事もしてないのに?

 というか、兄弟が居るなんて、初めて知ったのに?

「え?二階のあそこ、片付けるの?」

 今さら、蒸し返す話しじゃないのかな、それ…。

 ちゃんと返事をしなかったのも悪いけれど。

 どちらにしろ、エルがラングリオンに居るなら、ここにお世話になるしかないのだろうし。

「あの、私も手伝うよ。部屋を借りるわけだし」

「本当?よろしくね、ええと…」

「リリーでいいよ」

「うん。リリー、行くわよ」

 私の手を引いて、キャロルが店の奥へ入る。

 店の奥は、すぐ廊下になっていて、左側の突き当りに窓がある。右側の奥には階段があるみたいだ。

「案内するね」

 キャロルが廊下を挟んで左手にある部屋の扉を開く。

「ここが、エルの錬金研究室。今はルイスが使ってるけどね」

 薬品の匂いや、アリシアの書斎に会ったような器具が並んでる。

「で。隣が、シャワー室、その横が台所」

 台所には扉が付いていないので、そのまま覗いてみる。

「広いね」

「うん。ご飯もここで食べるからね。リリーって好き嫌いある?」

「うーん…。あんまりないかな」

「良かった」

 オーブンもあるから、お菓子も作れそうだ。

「あっちの部屋は、手前がルイスの部屋で、奥が私の部屋」

 廊下に戻って、お店側に二つ並んだ部屋をキャロルが指差す。

「うん」

「じゃ、上に行こう」

 キャロルの部屋の前に階段がある。

「ねぇ、リリーはエルの恋人なの?」

「え?違うよ」

「なんだ。エルが女の人連れてきたのなんて初めてだから、そうかと思ったのに」

「え?」

 初めて?

「あぁ、埃っぽい!一番奥が書斎で、隣がエルの部屋。手前の二つの部屋は、どっちも物置なの!」

 キャロルが廊下の奥へ行って、窓を開く。

「こっちはベランダね」

 廊下から見て左側、一階では店の部分にあたる場所の扉を開く。

 ベランダを覗くと、花やハーブ、野菜のプランターが並んでいる。

「エルが言ってたのは、この部屋だと思うんだけど…」

 廊下の右から二番目にある部屋の扉を、キャロルが開く。

 と、同時に、中のものがいくつか崩れて落ちる。

「…掃除道具とってくるから、待ってて」

「うん」

 めちゃくちゃだ。

 雑多に詰め込まれたものに、本があちこちに積まれてて。

「あ。書斎は入っちゃだめだよ。開くだけで危ない本とか置いてあるんだって」

「…うん」

 この分じゃ、書斎も散らかってるんだろうな。そんな危ない本置いといて大丈夫なの。

 何故か片手剣やレイピアまである。エルは魔法使いなんだよね?使うのかな。

 手に持ったレイピアを眺める。

「あ…」

 たぶん、すごく良いものだ。

 埃をかぶってるけれど。

 剣を抜いて、装飾や刃を眺める。

「綺麗…」

 使わないなんてもったいないな。

「リリー、エルの部屋を片付けよう」

「え?」

 キャロルは掃除道具を持ってエルの部屋に入っていく。

 レイピアをもとの場所に戻して、キャロルを追う。

「あぁ、埃っぽいんだから!」

 言いながら、キャロルは部屋の窓を開き、頭にバンダナを巻く。

 ベッドとサイドテーブル、ソファー、机と椅子、ほとんど本なんて入ってない本棚、箪笥にロッカー、コートかけ。

 …本は床に散らばってる。

「絶対今日中に片付かないわ、隣の部屋。だから、今日はエルの部屋を使ってね。エルはどうせ、研究室から出てこないだろうし」

「研究室から出てこない?」

「いっつもそうなの。旅から帰ってきたら、注文受けていたのとか、在庫がなくなった薬をずーっと作ってる。ご飯も全く食べないで」

 全く食べない?

「大丈夫なの?」

「エルは二、三日食べなくても平気みたいだよ。でも、ポラリスは、それはダメって言ってたなぁ」

「ポラリス?」

「王都で有名な占い師さんだよ」

「占い師?」

「うん。リリーも今度行ってみたら良いよ。荷物はここに置いてね。その剣、重くないの?」

「あ…、うん」

『なんだかしっかりした子だねー』

「うん」

『リリーよりもしっかりしてるんじゃない?』

「そうかも…」

『ねぇ、ボク、王都を散歩してきてもいい?』

「一人で大丈夫?」

『リリーと一緒にしないでよ。日が暮れるまでには帰るから、ちゃんと窓開けておいてね』

「わかった。いってらっしゃい」

 精霊は、顕現していない状態では、物理的なものに一切触れることができない。

 人間のような魔力を交換する生き物の中になら出入りできるみたいだけど、壁をすり抜けたりはできないのだ。

 だから、契約中の精霊は基本的に魔法使いから離れない。

 下位契約をしている場合は勝手に顕現することができないから。

 イリスの場合は上位契約だから、家から閉め出されても、きっと自分で窓を開けて入ってこれるのだろうけど。きっと、魔力を消費したくないから顕現しないんだろう。

 それに、帰るのが遅ければ召喚すればいい。契約状態にある精霊は、上位契約でも下位契約でも、人間がいつでも召喚できる。

「リリーも魔法使いなの?」

「え?…私は魔法は使えないよ」

「精霊と話せるのに?」

「うん。エルみたいには魔法を使えないよ」

「エルだって、本格的に魔法を使うようになったのは、ここ二、三年ぐらいのはずだよ?」

「え…?」

 どういうこと?

 あんなにすごい魔法使いなのに?

「さ、やるわよー」

「うん」

 まずは、部屋の片づけを手伝わなきゃ。


 ※


 結局、物置の整理は、物置の中身を廊下に出すだけで、ほとんど一日が終わった。

 ついでに、もう一つの物置にも手を出したからかもしれない。

 いつになったら片付くのかな。

 夕方に帰ってきたイリスを迎えて、ルイスとキャロルの三人で夕食を食べたけれど、エルは本当に研究室から一切出てこなかった。

 キャロルの作ったご飯はこんなにおいしいのに。

「エル、大丈夫なのかな」

「普段、ちゃんと食べてた?」

「うん。一緒に旅をしてる時は、規則正しかったよ」

「えー?エルが規則正しい生活してたの?」

「それ、本当?」

「うん。ほら、朝起きたら必ず魔力の集中をしてたし」

「何?それ」

「えっと…、魔法使いが魔力を集める方法、かな?」

 私も詳しくは知らないけれど、魔力を集めることに違いはないよね。

「そんなのあるんだ。ねぇ、リリー。リリーって、どこでエルと会ったの?」

「グラシアルだよ」

「エルが今回目指してた、西の果ての国だね」

「すっごく遠いのよね?」

「うん」

「そこで意気投合して、ラングリオンまで来たの?」

 意気投合?

「ええと…?ちょっと違う?」

 なんて説明したら良いんだろう。

 私がエルと一緒に居る理由。

「じゃあ、なんでラングリオンに来たの?」

「エルの故郷だから、行きたいって言ったの。…でも、一緒に暮らそうって言われた時…」

 あの時、返事をする前に話題を変えられたから。

「私、返事してないんだけど…」

「あぁ。エルのことだから、言った時点で決定なんだよ」

「エルは、人の話し聞かないものね」

 そうだ。いつも問答無用な感じだ。

 次はどこへ行く、って。いつもエルが決めてたから、口なんて挟まなかったけれど。

 良く考えたら、いつもそうだった。

「リリーは流されやすいのね」

 キャロルが笑う。

「そう、なのかな…。でも、私、本当にここに居て大丈夫?エルに家族がいるっていうのも初めて知ったのに」

「家族か…」

 ルイスの表情が少し陰る。

「僕らも、エルが外で何やってるのか聞くのは初めてだよ。だから、エルのことを教えてほしい。エルと一緒に過ごした時間なんて、ほとんどないから」

「え?」

「エルは、ほとんどここには居ない。ずっと旅をし続けてるから。急に帰ってきて、今日みたいに研究室にこもって、半月も居ないで、すぐに出かけてしまう」

「そうなの?」

「何か、理由があるみたいだけどね」

 理由。

 一つの場所にとどまっていられない理由?

「心当たりある?」

 なんだろう。

 この、違和感。

 だって、あんなに優しい人なのに。

 家族だってきっと大切にするに違いないのに。

 どうして?

「わからない。…どうしてだろう」

「エルは、どうしてリリーシアと一緒に暮らそうと思ったのかな」

「ねー。こんなの初めてだよね」

「それは、私の夢が…」

 幸せな家庭を築きたい、だから?

 あれ?それで、エルは私と一緒に暮らすって言ったんだっけ?

「どうしたの、リリー?」

「あ、あの、」

 だって。あの時、エルはすぐに話しを打ち切っちゃったから、エルにとってはどうでもいいことなのかも、って思ってたけど。

 それって…。

「リリーシア、エルに告白されたの?」

「告白っ?まさか、そんなのされない。されるわけないよ…。どうしてエル、あんなこと…?」

 どうしよう。

 ちゃんと、聞けば良かった。

 だって、エルは誰にでもそういうこと、言うと思ってたから。

 でも、ルイスとキャロルっていう家族がいて。

 私みたいなのを連れて来たのは初めてだって。

 どうして連れて来たの?

「落ち着いて、リリーシア」

 どこまで本気かわからない。

 どうせ何も考えてないって思ってたのに。

 私の夢をかなえるために?

 あぁ。なんてわかりにくい人なの。

「リリーシアはエルの大切な人だからね。僕らはリリーシアを家族として歓迎するよ」

「よろしくね」

「あの…」

 良いのかな。

 ルイスとキャロルの顔を見る。

 きっと、二人ともエルのことが好きだから。

 エルを信頼してるから、エルが連れて来た私を、信用してくれるんだよね。

「ありがとう。…よろしくね」

「うん」

「エルはしばらく研究室から出てこないし、集中してたら声をかけたって無駄だよ。きっと何も覚えてない。だから、何か困ったことがあったら僕らに言ってね」

「うん」

「正気に戻ったら、リリーシアをほっといたこと思い出して自己嫌悪に陥るかもしれないから、慰めてあげてね」

 家族だから。きっと、わかるんだね。

「ルイスとキャロルは、エルのことが大好きなんだね」

「うん。だから、リリーのことも大好きよ」

「ありがとう」

 あぁ。素敵な家族。

 こんなに愛されてるのに。

 どうしてエルは、ここに居ようとしないの?


 ※


「きっと、話しかけても無駄だと思うよ」

「死んでたりしてない?」

 ルイスが私の言葉に笑う。

「そうだね。見てみたら良いよ。何か食べるなら台所にスープがあるから、あげて」

「わかった」

「それじゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさい、ルイス」

 ルイスに手を振って、錬金研究室を開く。

 本当に、ここに着いてからずっとエルはこの部屋に籠りっぱなし。食事もとらずに。

「エル…?」

 薬の匂い。最初にキャロルに案内してもらった時より、強い。

 エルはずっと、器具を操作してる。私が入ってきたのも、全然気づいてないのかな。

「エル、まだ寝ない?」

 全く、反応がない。

 ソファーに座って待ってよう。

 もしかして、誰も声をかけなかったら、ずっと寝ないでやってるのかな。その作業。

 眼鏡をかけた横顔を眺める。

 長い睫。

 濃い紅の瞳。

 初めて会った時に、目が合った。

 吸い込まれそうな、あの感じ。

 今なら少し、あれがなんだったかわかる。

 一緒に居ればいるほど、好きになっていく。

 惹かれていく。

 それと同じ。

 だから、目が合った時に、決まってたんじゃないかな。

 こんなに好きになってしまうこと。

 もっと好きになってしまうこと。

 ねぇ、エル。

 どうして、私をここに連れて来たの。

「リリー」

 急に、エルがこちらを見る。

「もうそんな時間か」

 びっくり、したぁ…。

 どこに、作業を中断するような出来事があったんだろう。

「部屋は片付いたのか?」

「えっと…。キャロルは、ついでにもう一つの物置も片づけるって言ってたから、もう少しかかりそうだよ」

「そうだろうな。ずっと、二階の物置を掃除したがってたから。片付くまでは、俺の部屋で我慢してくれ。…たぶん、散らかってるけど」

「キャロルが掃除してたよ」

「…そうか」

 考えてること、一緒なんだな。家族だから?

 エルの後について、二階へ行く。

 そうだ、気になってたこと、聞かなきゃ。

「キャロルとルイスって、エルの兄弟?」

「ん?あいつらは、俺の養子だよ」

「養子?だって、年が」

「ルイスは十三歳、キャロルは九歳。親を亡くしたから、俺が引き取ったんだ」

「そうなんだ」

 …あれ?じゃあ、エルって何歳なんだろう?

 養成所を出ていて兵役がまだ終わってないってことは、そんなに年が離れてないと思うんだけど。

「少し寒いな」

 エルが部屋に入って、窓を閉じる。

「ベッドは使って良いぞ」

 どうしよう。

「一緒に寝よう」

 怒られるかな。

「わかったよ」

 エルが私の手を引いて、ベッドに入ると、私をそのまま抱きしめる。

「あ、の、」

 そう、じゃなくて。

 そうなんだけど。

「エル?」

 もしかして、もう寝てる?

 エルの髪をかきあげて、その顔を見る。

「眼鏡、かけっぱなしだよ?」

「ん…」

 エルの眼鏡を外して、ベッドの脇にあるサイドテーブルに置く。

 本当に、変な人。

 私が魔力を奪う人間だって知ってるくせに、どうして、そんなに無防備なまま一緒に寝てくれるの?

 エルにとって、私って何なんだろう。

 どうして一緒に居てくれるのかな。



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