19
朝早くに出発する船に乗って、ディラッシュからラングリオンへ。
酔い止めの薬のおかげか、天気が穏やかだったからか、船酔いになることは一切なかった。
途中でティルフィグンの港を経由して、出発から四日後の朝。
船から、ラングリオンの港が見えてきた
「港は混んでそうだな」
混んでる?
「どうして?」
「今日は八日だ」
「あぁ、そっか。お休みだもんね」
一月のお休みは、一日、八日、十五、十六日、二十三日、三十日。
その他に、季節の変わり目の節句がお休みだ。
立秋の五日間があって秋の三か月、立冬の四日間があって冬の三か月、立春の四日間があって春の三か月、立夏の四日間があって夏の三か月。合計三七七日で一年が終わり。
一一三年に一度閏年があって、立秋が一日減る。
月の名前は、秋のヴィエルジュ、バロンス、スコルピョン、冬のサジテイル、カプリコルヌ、ヴェルソ、春のポアソン、ベリエ、トーロ、夏のジェモ、コンセル、リヨン。
確か、現在世界で使われている共通の暦を作ったのはラングリオンだったはず。
今日はベリエの八日。
「いよいよラングリオンだね」
出発したのはポアソンの十九日だ。まだ一月も経ってないのに、こんな遠くまで来てる。
「グラシアルよりは温暖だし、過ごしやすい場所だ」
グラシアルが寒冷な地方だっていう感覚は、教科書の中で知識として持っているだけだ。
城の中に居ると、季節も何もなかったけれど。
…きっと、暖かい季節を感じられる場所なんだろう。
こんなに、感じたことのない爽やかな風が吹いているから。
「気持ち良い」
海も広くて。空も広くて。
「あんまり近づきすぎると落ちるぞ」
「大丈夫だよ」
船の手すりに摑まる。
だって、もし落ちたとしても。
「どうせ、泡になって消えるだけだ」
怖くなんてない。マーメイドもそうだったに違いないから。
「マーメイド?」
「うん」
あ。そうだ、ポルトペスタでは、結局本当の話しをし忘れちゃったんだっけ。
「教えなかったね。マーメイドは、人間の姿のまま海に入ると、泡になって消えるんだ」
「人間になる代わりに、海に帰れなくなる呪い?」
エルらしい。
「あぁ。そういう解釈もあるんだね。それなら納得する?」
「…しないな」
「どうして?」
「リリーはマーメイドじゃない」
今なら、マーメイドの気持ちがわかるんだけどな。あれが、ただの悲恋じゃなかったって。
「試そうか」
だって。
好きになったとしても絶対に叶わないから、マーメイドは泡になることを望んだんだ。好きな気持ちを失いたくなかったから。
好きになってもらえなくても、ずっと好きでいるために。
「リリー」
エルが、私の体を後ろから抱きしめる。
「エル?…冗談だよ?」
本当に、人の心配ばっかり。
「忘れないって言ってたのに」
「エルの、マーメイドの恋物語?」
「そう」
忘れないし、忘れてないよ。
私のために作ってくれたのに。
でも。
「本当に、幸せになれたのかな」
「え?」
「マーメイドって、魚を食べないんだよ?」
「なんだ、その設定」
「だって、海の生き物だもん。魚は同じ種族で友達でしょ?そんなマーメイドが、陸に上がって幸せになれるのかな」
あぁ。少し、意地悪なことを言ったかな。
恋物語は、二人が結ばれておしまい。その先なんて、存在しない。
「そうだな。考えておく」
「え?」
「続き」
「恋物語だよ?」
「俺にできないことなんてない」
あぁ、これも。エルらしい。
「トリオット物語、読んでみたら?」
「リリーはきっと、マリーと気が合うよ」
「マリー?マリアンヌだっけ?」
「あぁ。王都に行ったら紹介するよ。…腐れ縁みたいな奴ばっかりだけど」
「うん」
知りたい。エルのことを、もっと。
「相当な馬鹿もいるから…。覚悟しておいてくれ」
「面白い人なんだ」
「ただの馬鹿だ」
きっと、エルの大切な人たちなんだね。




