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旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編
11/46

14

 昨日の嵐が嘘だったみたいな晴れ。

 過去は道があっただろう、古い石畳の跡を歩く。

 古城はすぐに見えてきた。

 歩いて側まで行くには、もう少しかかったけれど。

「結構でかいな。…メラニー、人の気配はありそうか?」

『何とも言えないな。動物なのか、人間なのか、判別しがたい』

「何かは居るってことか。幻術の仕掛けはありそうか?」

『城門にしかけてある。しかし、幻術ではないな。これはおそらく眠りの魔法だ。他にも見覚えのない魔法が…』

「見覚えのない魔法?」

 魔法なら、きっと平気だ。

「私が開いてくる」

「おい、待てよ」

「私に魔法はきかないよ。待ってて」

 それに、女の子は城に入れるって言ってたし。

 走って扉の前まで行き、扉を開く。

 なんだろう、この、花のような良い香り。眠りの魔法の感じもあるけど…。

 これだけ?

 開いた先は、ガランとしたホール。何もない。

 エルは大丈夫かな?

 振り返ると、エルがマントで鼻と口を覆っている。

 そんなに強い魔法だった?

 エルの場所まで戻る。

「エル、大丈夫?」

「あぁ」

「入り口には誰もいないみたい。進んでみる?」

「そうだな、先に…」

『エル、避けろ!』

 え?

「うわっ」

 全く。気づかなかった。

「エル!」

 すぐ隣に居たのに、気づいた瞬間には、エルが高い位置で飛んでいる。

 何か、魔法のロープで縛られて。

「リリー、逃げろ!」

「エル、」

 ロープはすでに切ったらしい。

 エルは体の周りに炎をまとわせながら、足場に出現した雪を蹴って、城の屋根の上に消えた。

 雪の魔法と風の魔法?

 …行かなきゃ。

 走って、城の中に入る。階段は、どこだろう。

 すぐ隣に、エイダが並ぶ。

「エイダ、エルは?」

『あの顔。オペクァエル山脈で見た』

 まさか、まだ教育係が?

「テオドール?」

『男じゃないわ、女の方』

「女?」

 思い出す。

 私が見た魔法使いは二人いた。でも、私が近くまで行った時は、テオドールしかいなかった。

『リリーは見ていないわね』

「どうなってるの、ここ」

 ホール正面の部屋は、書斎になっている。戻って、ホールの右の扉へ。あちこちの扉を開き、廊下を走る。

「エイダ、エルはどこ?」

 ない。階段がない。

『構造が複雑すぎて。階段があったと思われるところが、いくつか塞がれている』

「どうしてそんなこと…」

 よっぽど、上の階に進ませたくないの?

『リリー、銀髪に碧眼の女性に覚えは?』

「銀髪に、碧眼?」

 まさか。

「アリシア?」

『エルが戦っている相手よ』

「なんで?なんでアリシアが?」

 誰よりも聡明で、良く勉強を見てくれた二番目の女王の娘。

「戦ってる?エルが?無理だ!」

 女王の娘の力は、魔法使いにとって天敵だ。

 魔法は効かない。

 どうして?アリシア。

 アリシアも、エルを殺そうとしてるの?

 まさか。あり得ない!

 もう一度ホールに戻って、今度は左の扉へ。

 いくつかの扉の先に、ようやく見つける。

「あった!」

 階段を上る。

 廊下を曲がった先に、アリシアがいる。

「エルロック。私はお前に用がある」

 あれは、転移の魔法陣!

 アリシアは空中に転移の魔法陣を描くと、エルを連れてその中に入る。

 残ったのは、銀の狼の姿をした、亜精霊。

 なんで、アリシアが転移の魔法陣を使えるの?

『リリー、ぼーっとしないで!』

 銀狼が飛び跳ねて向かってくる。

 リュヌリアンを抜いて、狼の牙を防ぐ。

「遊んでる場合じゃないのに!」

 一撃、二撃。放った攻撃がかわされる。

『リリー落ち着け!』

「エイダ、先に行って!エルをお願い」

「だめよ。あなたを危険な目に合わせられない」

 エイダが顕現し、炎の魔法で銀狼を攻撃する。

 ひるんだところで、狼の胴体を切り上げる。

 浮いた狼に、エイダの炎の矢が当たり、続けて同じ個所を薙ぎ払い、体を回してもう一撃強い攻撃を加え、狼をリュヌリアンで貫く。

 地に落ちた狼が動かなくなったのを確認して、リュヌリアンを抜く。

『リリー、エルを探しに行くわ。一階に皆の気配がする。…何かあったらすぐに呼んで』

 皆の気配って、エルの精霊たちのこと?

 顕現を解いたエイダが、来た道を戻って行く。

『リリー、ボクらも急ごう』

 イリスに続いて、来た道を戻ろうとしたところで、殺気を感じて、振り返る、と同時に剣を抜いて防御する。

 さっきより、攻撃が重たい。

 銀狼は咆哮をあげると、私に向かって雪のブレスを吐く。

 魔法の攻撃。ダメージはないけれど、吹雪のせいで視界が悪くなる。

 ブレスをかわして、横に飛ぶと、壁にぶつかる。

「あっ」

 ここ、廊下だったっけ。

 仕方ない。

 ブレスの方向に向かって走り、狼の口めがけて薙ぎ払う。

「!」

 狼が剣にかみつき、そのまま振り回される。

 腰の後ろにある短剣を抜いて、狼の首に突き刺すと、ようやく狼がリュヌリアンを離した。

 短剣を回収して鞘に戻しながら、そのまま狼の背後にまわり、狼の足を薙ぎ払う。

 確実にダメージを与えているのにひるむことなく、相手は向きを変える。すばやく移動する相手を目で追う。…さっきと同じ予備動作。ブレスに違いない。

 素早く身をかがめて近づき、ブレスが発動すると同時に、背後にまわり、その背中を斬りつける。

 胴体が真っ二つに割れるはずだ。けれど、剣はその体をすり抜けるように落ちただけ。

 亜精霊だから。

 亜精霊は、そのダメージが限界値を超えるまで、その姿を失うことはない。けれど、体を真っ二つにされるぐらいのダメージは与えてる。

 もう一度斬りつけると、ブレスが消えた。

 息遣いが荒い。おそらく、もう瀕死のはず。

 跳躍した相手に向かって、剣を振り上げる。違う、こっちじゃない、こうだ。

 途中で剣の角度を変えて、亜精霊が避ける方向へ剣の先を向ける。

 狼がひときわ大きな咆哮を上げて、地に落ちる。

「……」

 あと一撃も与えれば、消滅する。

「お願い。追ってこないで」

 亜精霊。

 動物と精霊が融合したなれの果て。

 そのルーツは、人間によって使役された精霊の復讐だといわれている。

『良いの、リリー?』

「イリス、案内して。エルを助けなきゃ」

 私がそう言ったところで、指輪からエイダが出てくる。

「エイダ?…エルは大丈夫なの?」

 エルのところに行ったんじゃ?

『そうね…。行ってみればわかるんじゃないかしら』

 どういうこと?

 なんだろう。さっきまでの焦りは、どこへ?

 イリスの後を追って、一階のホールまで戻る。

 ホールにはアリシアがいて、その奥の書斎に、エルの姿が見える。

「エル!」

 良かった、無事だったんだ。

「久しぶりだな、リリーシア。息災か?」

「アリシア、どうしてこんなこと…」

「剣を抜け。お前が私に勝てたら、返してやってもいいぞ」

「え?」

 どうして。

 思ってる暇なく、アリシアが向かってくる。

 リュヌリアンを抜いて、アリシアの片手剣を受ける。

「やめて、アリシア」

「私は本気だよ」

 それは、攻撃の重さでわかる。

 アリシアの攻撃を、一つ一つ見極めながら、防御する。

「やめて」

「いいのか。私に勝てなければ、エルロックをもらうぞ」

「どういうこと?」

「まさか、私たちの目的を忘れたわけじゃあるまい」

 魔力。エルの魔力を、奪うために?

 視界の端で、エルの姿を確認する。

 大丈夫、エイダもいるし、まだ魔力が奪われたわけじゃない。

「余裕だな、リリー」

「あ」

 しまった。リュヌリアンがはじかれる。

 がら空きになった胴体に向かってアリシアが剣を薙ぎ払う。

 跳躍してそれをかわし、リュヌリアンで薙ぎ払う。

「させない!」

 アリシアに向かって、リュヌリアンを振り降ろす。

 鍔迫り合いで負ける気はしない。

 アリシアが一歩下がり、体勢を立て直そうとするところに、剣を突き刺す。

 不安定な体制でさらに避けるアリシアを、今度は剣を振り上げて攻撃する。

 アリシアは防御しながら跳躍。

 着地地点を見極めて薙ぎ払ったのを、片手剣で受けられるが、私の方が力は上だ。押し通す。

「ふふふ。強いな」

「やめよう、アリシア」

「なぜ?」

「殺してしまう」

 体が、勝手に動く。

 アリシアがどこへ動いても、もう逃がさない自信がある。

「亜精霊で体力を削ったんじゃないのか」

「準備運動にもならない」

「それは残念だ」

 一撃、二撃。アリシアを追い詰める。

「終わりだ」

 リュヌリアンを、角度をつけて振り上げる。

 微弱な振動がアリシアの手まで伝わり、アリシアの手を離れた片手剣が飛ぶ。

 そしてそのまま、リュヌリアンの剣先をアリシアに向ける。

「完敗だな」

「私に勝てたこと、ないくせに」

 リュヌリアンを背中にしまって、アリシアに手を差し伸べる。

 アリシアは私の手を取って、立ち上がる。

「外でも稽古はしていたんだけどな」

 アリシアは飛んだ片手剣を拾って鞘に納める。

「なんで、こんなことしたの?」

「ポリーには勝てたんだけど」

「嘘」

「まだ二刀流は使い慣れていなかったみたいだぞ」

 港で会ったポリシアは、剣を二つ帯刀してたっけ。

「私も勝負を挑めば良かった」

「会ったのか?」

「うん。ニヨルド港で」

「なんだ。一緒に来れば良かったのに」

「ポリーはアリシアがここに居るって知ってるの?」

「手紙は送ったけれど。ポリーはティルフィグンを拠点にしてるんだよ」

「今からティルフィグンに行くって言っていたよ」

「じゃあ、まだ読んでないのだろうな」

 アリシアと並んで書斎まで行くと、エルが書斎の椅子に座っていた。

 眼鏡をかけて、本をいくつか広げて、書類に何か書き込んでる。

 …あれ?どういうこと?

「エル、何してるの?」

 声をかけると、ようやくエルが顔を上げる。

 学者さんみたい。

「ん?終わったのか?」

「うん。勝ったよ」

「勝った?」

「リリーは城内一強かったからな」

「じゃあ、俺は晴れて自由の身だな」

 エル、捕まってたんだよね?

 自由も何も、縛られてもいないし、のんびり本なんて眺めてる場合?

「残念ながら。…ところで、何をしていたんだ?」

「あぁ。お前の研究を見せてもらったんだ」

 え?え?何の、話し?

 アリシアが机に駆け寄って、エルの手元を覗き込む。

「ふむ。…ほぅ」

「研究もいいが、変な噂になってるぞ。ほどほどにしておけ」

 ちょっと、待って?

 なんで、そんなにのんびり話してるの?

 エルは、アリシアと戦ってたんじゃなかったの?

『リリー、エルが無事で良かったね』

 ほとんど棒読みで、イリスが言う。

 …私、何してたんだっけ。

「噂がたてば、人間が集まる。好都合だ」

 私、エルを助けたくって、アリシアと戦ってたんだよね?

「エルロック。お前は私の想像以上だ」

「褒めてるなら、ありがたく…」

 なんで?どういうこと?

「エルロック、私のものになれ。私はお前を飽きさせないぞ」

「はぁ?」

「えっ」

 なんで?なんでそうなるの?

「だめだ!アリシア、約束が違う!」

「返してやると言っただけだ。改めて頼むのは自由だろう?」

「もう一度戦う」

「戦う理由がないな。決めるのはエルロックだ」

 ばんっ、とエルが机をたたく。

「その通り。俺はリリーとの約束があるから、お前と遊んでる暇はない」

 エルは眼鏡をしまうと、私の傍に来る。

「古城の吸血鬼騒ぎも解決したし、帰るか」

 え?吸血鬼騒ぎ?眠り姫の話し?

「何か分かったの?」

「なんだ、その話しは?」

 アリシア、知らないの?

 エルが頭を抱える。

「街に戻る必要はない。私がここでもてなそう。部屋ならいくらでもある。泊まっていけ」

 エルの腕をつかむ。

「何もしない?」

「何だ、リリー。心配なら一晩中見張っていればいいじゃないか。…リウム!」

 リウム。

 そういえば、アリシアの傍に居なかった。

 アリシアが召喚すると、リウムが目の前に顕現する。

「うそ」

 美しい人の姿をしてる。

 人の姿をとれるほどの魔力。

 こんなに、魔力を集めたの?アリシア。

「二階に二人用のゲストルームがあっただろう。案内してやれ」

「了解いたしました」

「あぁ、ついでに、図書室も案内してやってくれ」

「図書室?」

「研究を手伝ってくれたお礼に、好きな本を持って行っていいぞ」

「そりゃどうも」

「エルロック、リリーシア、こちらへ」

 アリシアは、女王の修行をほとんど終えている。

 女王の娘としての役割を、完遂してる。


 ※


「何、拗ねてるんだよ」

「…拗ねてなんか」

「怒ってるだろ」

「怒ってないよ」

「じゃあ、こっち向いて」

「…エルの、ばか」

「なんで?」

『エル。お前、何をのんきにアリシアの研究手伝ってんだよ』

「え?」

『その間、こっちは大変だったんだぞ!上に行きたくても階段はないし、せっかくお前を見つけたと思ったら、亜精霊と戦わなきゃいけないし、終わったらアリシアと戦闘だし!』

「あぁ…」

 銀の狼の姿をした亜精霊。

 あれは、アリシアが飼いならしたペットらしい。

「なんで、逃げろって言ったのに助けに来たんだ?」

「アリシアに、エルが勝てるわけないから」

「そうだな。女王の娘には魔法も効かないし。…あんなのが後、三人もいるのか。対策、考えておかないとな」

「なんで、後三人って知ってるの?」

「女王の娘って五人なんだろ?」

「アリシアに聞いたの?」

「違う。…簡単だよ。ツァ、ヴィ、ルゥ、フェ、クォ。精霊の数字はここまで。ここから先は、ツァツ、ツァヴィ、ツァル、って増えていく。語呂が悪いだろ」

「そうなんだ」

「そういえば、リリーは知らなかったっけ」

「…アリシアは知ってると思うよ」

 あぁ。また思い出す。なんで、戦ってたのかな。私。

「俺はこの後、図書室に行くけど、どうする?」

「行かないよ」

『エル、謝った方が良いよぅ』

 ユール。

「なんで?」

『当たり前じゃない!リリーはエルのために戦ったのよ!』

 ナターシャ。

「いいよ。謝ることなんてない」

 別に、怒ってなんかいない。

『すまないな。エルは、気が利かないものだから』

『女心には疎いんだよねー』

『本当、困っちゃう』

『ふふふ。いいよぉ、エルが謝らなくてもぉ、あたしたちがちゃあんとリリーを慰めてあげるからぁ』

 どうして、エルの精霊にわかって、エルには伝わらないんだろう。

「…リリー」

 何も、聞きたくない。

「俺のために戦わないでくれ」

「え?」

 どういうこと?

「嫌だ」

「なんで?」

「どうしてダメなの?」

「それは…」

 え?黙った?

 エルがすぐに言い返さないなんて、珍しい。

「俺のせいで、誰かが傷つくのは嫌だから」

 もしかして、そういうことがあったのかな。

「エル。私は、何度でもエルを助けるよ」

「俺の話し、聞いてたか?」

「私の行動に制限をかけるなんてできないよ。だって、私が危険な目に合ったら、エルは絶対助けてくれる」

「当たり前だ」

「だったら、条件は同じ」

「同じじゃない」

「同じだよ。エルは、私が守る」

 だって、私は剣士だ。

 エルの為に戦う。

「強情だな」

「あきらめて」

「俺の嫌いな言葉だ」

 強情なのは、エルじゃない。

 絶対、自分の意見を通そうとするんだから。

『あのさ、二人とも。さっきから、部屋の外でメイドが待ってるんだけど』

「え?」

「メイド?」

『お昼ができたんだってー』

『ここには、五人、メイドがいるようだぞ』

『メイドさんはぁ、アリシアのお世話してるんだってぇ』

「そんなの、いつ聞いたんだよ」

『リウムが言ってたんだよ。いい加減、痴話げんかなんてやめて、ランチにしたら?』

 痴話喧嘩?

 喧嘩のつもり、ないけれど。

「リリー」

「何?」

 何を言われたって、考えを変えたりしない。

「心配かけてごめん。悪かったよ。…助けに来てくれてありがとう」

 酷いよ。今更。

 遅すぎる。

「うん」

「リリー」

 エルが、私の顎をつかんで、自分の方に向ける。

「聞いてるのか?」

 目、合わせたくないのに。

「あきらめてくれる?」

 エルがため息をつく。

「もう、捕まったりしないから」

 本当に、私に謝る気持ち、あるのかな。

「じゃあ、エルが捕まったら助けに行っていいの」

 エルが頭を抱える。

「いいよ」

『エルが、折れたぁ!』

『リリーかっこいいー』

「うるさいな」

 あ。

 本当に、エルの考えを曲げたんだ。

 うるさいなって、降参の台詞だって。

 きっと気づいてないんだろうな、エル。


 ※


 エルが図書室に引きこもってるから、ホールで銀狼の亜精霊と剣の稽古をする。

 ブレスに当たらないように、回避行動の特訓。

 素早い洗練された動き。狭い廊下が戦いにくかったのは、お互い様だったらしい。広い方が、そのスピードを生かせる。

 アリシアはずっと書斎に引きこもってる。エルの手伝いで、アリシアの研究がとてもはかどったらしい。

 エルとアリシアは、気が合う。

 私なんかより、ずっと。

 興味の方向が同じ。

 錬金術に魔法。

 私と居るよりも、アリシアと一緒に居た方が、エルは…。

 何、考えてるんだろう。

 そんなのエルの自由だ。

 これじゃあまるで、私がエルに好きになってもらいたいみたい。

 だめ。

 そんなのだめ。

 何も望まない。

 何も望まずに、過ごす。

 一緒に居たいなら。

『リリー!殺す気か!』

「あ…」

 慌てて、リュヌリアンから手を離す。

 攻撃を止める一番手っ取り早い方法。

「ごめんね、大丈夫?」

 息の上がった亜精霊を撫でる。

 持っていた荷物からエリクシールを出して、亜精霊に使う。

 傷を治す特効薬。

 見る間に、亜精霊が元気を取り戻す。

「それは、エルロックが作ったものか」

 アリシアがホールに入ってくる。

「うん」

 同じものが、まだいくつかあるから大丈夫。

「あいつは天才だな」

 アリシアに天才って言わせるなんて。信じられない。

「お茶にしよう。美味い菓子がある」

「うん」

「エルロックは呼ばなくていいのか?」

 どうしようかな。でもきっと、呼んでも来なさそう。

「いいよ」

「まだ喧嘩してるのか」

「喧嘩?」

「リウムが言っていたぞ」

 喧嘩なんて、してない。

「エルは、甘いもの好きじゃないから」

「そうか」

 アリシアに続いて、書斎の横にある応接間へ。

「ちょうど飲み頃だな」

 砂の落ち切った砂時計を見て、アリシアが言い、カップにマスカテル茶を淹れる。

 低いテーブルにあるケーキは、黒い生地に白いフレッシュクリーム。キルシュが飾られ、削ったチョコレートがまぶしてある。

「美味しそう」

「黒い森のケーキだ」

 この地方のケーキなのかな。

 エルは絶対に食べないだろう。

 うん。甘くて美味しい。

「リリー、リリーはエルロックが好きなんだろう?」

「…え?」

「ほら、クリームがついてる」

 アリシアが私の口の端を指で拭い、指についた生クリームを舐める。

「相変わらずだな」

『もう。子供じゃないんだから』

「…いいじゃない」

 どうせアリシアの前だ。

「で?質問には答えないのか」

「好きだから、一緒に居るんだよ」

「良かったな。運命の相手に出会えて」

「ポリーと同じこと言うんだね」

 私は女王の娘としての役目を放棄しようとしているのに。

 私の姉妹は、誰も咎めない。

「なんだ。恋愛小説のような恋をするって言っていたのは、リリーじゃないか」

「そうだけど」

「そして、その相手が一緒に居てくれる。…幸せなんだろう?」

「幸せ?」

 幸せ、なのかな。今。

「そうじゃないのか」

「わからない。最初は、嬉しかった。一緒に旅してくれるって言われて。三年間、一緒に居てくれるって言われて。ラングリオンで一緒に暮らそうって言われて」

「…は?」

 何か、驚くようなことあった?

「悪かったな。もう、恋人だったなんて知らなかった」

「えっ?」

 恋人?

「恋人じゃないよ」

「…違う?…その、指輪は?」

「これは、エルから預かってるんだ」

 エイダの契約の証って言うのは、言わない方が良いよね。

「預かってる?…待ってくれ。あいつは、何を考えているんだ」

 アリシアが頭を抱える。

「アリシア?どうしたの」

「リリー。いくら天然だからって。これでは、あいつが…」

「え?」

「あぁ、その前に謝っておかなければな」

「謝る?」

「私はリリーが居ない間に、エルロックから魔力をもらったんだ」

「え?」

 それって、つまり、キスしたってこと?

 あぁもう。やっぱり、誰とでもできるんだ。

「怒らないのか」

「エルは、そういう人だから」

「聞かないのか」

 聞かなくても、わかるよ。

 エルはキスしてって言えばしてくれるだろう。

 私が初めてされた時だってそうだったんだから。

「リリー、勘違いするな。私は取引をしたんだよ」

「取引?」

「情報が欲しければ、魔力を渡せって。あいつも知らないことがあったみたいだし」

 そういえば、エルは私の秘密を、女王の娘の秘密を解き明かすって言っていた。

 あれ?魔力を渡せ?

「リリスの呪いのこと、喋ったの?」

「喋るも何も。あいつは知ってたよ」

「え?」

「呪いのことを」

「嘘…」

 なんで?

 なんで、知ってるの?

 なんで、知ってるのに一緒に居てくれるの?

「まぁ、イリスが妖精の姿を取れるぐらいの魔力を渡していれば、気づくだろうな」

「だって、キスなんて、二回しかしてない」

「二回?…それだけで、イリスはそこまでの魔力を手に入れたのか?」

 最初にエルの魔力を全部奪ったからだと思うんだけど…。

 二回目のだって、気づいてる感じじゃなかった。

 エイダは言わないって言ってたし。

 どうやって気づいたんだろう…。

「リリーは、エルロックにどこまで話してるんだ」

「修行の目的が、魔力を集めることと、試練の目的が、魔法で扉を壊すこと」

「それだけ?」

「あと、イリスが、女王の娘の特徴を話しちゃったから」

『何?怒ってるの?あんなの調べればすぐにわかることだよ』

だからって、子供が生めないことまで言わなくても良かったのに。

「だいたい、そのおかげでリリーが知らないこともわかったじゃないか」

 確かに。魔力がないことと、魔法に耐性があることがイコールだっていうのは、エルに教えてもらったことだ。

「エルロックは、いずれすべて暴くだろう。きっと、私の知らないことも」

「どうして、アリシアにそんなことがわかるの」

「私があいつに教えた情報なんて些細なことだ。あいつは私がたどりつけなかった真実に辿り着ける」

「アリシアは、エルを信頼してるんだね」

 イリスと同じ。

 どうして、そう思えるのかな。

「リリーは信じてないのか」

「だって。今まで誰も、逃げられなかったのに」

「イーシャは逃げたのかもしれない」

「そんなこと不可能だ。…え?なんでイーシャが帰ってないって知ってるの」

「私は城の中に仲間がいるからな。そうじゃなければ、リリーにあんな手紙を送れないだろう」

 そうだ。

 教育係から逃げろなんて内容の手紙。魔法使いが許すわけがない。

「リリー。エルロックはリリーを救う為に真実を探しているのに、お前が信じてやらなくてどうする」

「私を救う?」

「それ以外に理由があるのか」

 どうして、私の為に?

 どうして、リリスの呪いを受けてる私なんかと一緒に居てくれるの?

 ほっとけないから?

 三年間一緒に居るって言ったから?

 どこまで、優しいの。

「私、それでも、エルに何も言えないよ」

 エルが好きだから一緒に居たいなんて。

「あいつはほっといても、すべて解き明かすだろう」

 本当に。全部ばれそうで、怖い。

 エルに、気づかれたらどうしよう。

 エルのことが好きだって。

「エルは、私の気持ちも気づいてるかな?」

「気づいてもらいたいのか」

「そんなわけないよ」

 気づかれたくない。

「お互いに気づかないふりをしてるんじゃないのか?」

「気づかないふり?」

「それとも、鈍感なだけかな」

「エルが?」

 アリシアはくすくすと笑う。

「まぁ、あいつは鈍感そうだな」

 確かに。

 一緒にお酒を飲んだ時に言っていた。

 きっと、誰にでも可愛いって思わせぶりなことを言って、そんなつもりが全然ないから、自覚がないなんて言われるに違いない。


 ※


 エルが大量の本を持って部屋に戻ってきたのは、日も暮れてかなりたった頃。

「これ、全部、読むの?」

「読むのは帰ってからだな。…明日には、ここを発たないと。船ももう出ているだろうし」

「…いいの?」

「何が?」

「エルは、アリシアの研究に興味があるんじゃ?」

「まさか。転移魔法には興味があるけどな」

 転移魔法。そういえば、アリシアはどうして使えるんだろう。

「転移魔法なら研究したい?」

「あのなぁ。俺は研究しに旅してるわけじゃないぜ。やりたい研究があるなら王都から出てくるわけないだろ?…それよりも、リリーと約束しただろ」

 三年間、一緒に居るって?

「明日は昼までに出よう。そういえば、アリシアは後半年って言ってたぜ。会うのはこれで最後かもしれない」

「私が城に帰還すれば、嫌でも顔を合わせるよ」

 外で皆に会えるなんて思ってなかったから、会えただけで十分だ。

 一緒にお茶も飲んだし。

「寝よう。消すからな」

 エルがランプの明かりを消す。

 今日は三日月だ。

 聞きたいこと、あるのに。

 リリスの呪いのこと知ってるのに、どうして一緒に居てくれるのか。

 聞くのが怖いけど。

 聞かなきゃ。

「エル」

「なんだよ、俺はジョージじゃないぜ」

 え?ジョージ?

「な、なんで、知ってるの」

 どうして?

 なんで、ジョージのこと知ってるの?

「なんでって、自分で言ってただろ」

 言うわけない!

 いつ?どこで?どのタイミング?

 絶対、言わないのに!

「忘れて。すぐ、忘れて。私も、忘れるように努力してるんだ」

 せっかく、なくても良くなったのに!

「お願い。今日は、一人で寝るから」

 まさか、イリスじゃないよね?

 そうだ、アリシアも知ってるんだ。

「あ、アリシアにも、言わないで」

「わかったよ」

 なんで、どうして、知ってるの。

 私、本当に言った覚えなんてないのに。

「ほら」

 エルが私のベッドに来て、傍に座る。

「寝るまで傍に居てやるよ」

 ひどい。

 からかわれてる。

 なんで知ってるの。

 ジョージが居なくちゃ眠れないって。

「ごめんなさい」

「毎朝しがみつかれてるよりは何倍もましだ」

 そんなに嫌だったんだ。

「ごめんなさい」

 あぁ、もう。

 どうしよう。

 どうして、そんなこと知ってるの。

 どうして、私のことなんでも知ってるの。

 私は、エルのこと何も知らないのに。

 …ラングリオンに行ったら、少しはわかるかな。

 黄昏の魔法使いのこと。

 エルを守って傷ついた人のこと。

 家族のこと。

 あぁ、優しい手。

 落ちつく。

 エル。

 どうして、そんなに優しいの。

 私はこんなに呪われた力を持っているのに。


 ※


 目が覚める。

 まだ、夜だ。

 月が高い位置にある。全然、眠れていない。

「エル…?」

 体を起こして、隣のベッドを見る。

 誰もいない。

 アリシアと話しているのかな。

 何を、話してるんだろう。

 女王の娘の秘密。

 アリシアは、きっと、私より詳しく知ってる。

 城の中にある文献でも、調べればかなりわかると言っていた。

 私は全然調べなかったから、何も知らない。

 アリシアの知識と、エルの知識があれば。かなり解き明かせることなのかもしれない。

 でも…。

 解き明かして、どうするの。

 女王には逆らえないんだよ。

 私の呪いが消えるわけでもない。

 私が女王から逃げられるわけでもない。

 どうして、そんな無駄なことをするの。

 …私の為に?

 本当に、そうなの?

「寝てたんじゃないのか?」

 エルが部屋に入ってくる。

「エル」

「眠れないのか?」

「アリシアから、何を聞いたんだ?」

 エルは、応えない。

「私は…」

 抱いている枕に顔をうずめる。

 どうして欲しいんだろう。

「リリー。どうして、俺から魔力を奪わない?」

 何、言ってるの?

「奪いたくない」

「何故?」

「一緒に、居たいから」

「奪ったとしても一緒に居られるだろ」

 あぁ。

 そこまで、優しいの。

 魔力を奪われることに抵抗がないぐらい、他人のことを思えるの?

 だから、アリシアにも…。

「エルは、変だよ」

「何が」

「だって、奪われて、気を失って。そんなことを繰り返したい?」

「加減ってもんがあるだろ?この前は…。気を失わなかったわけだし」

 この前って、ポルトペスタの?

 そういえば、今日だって。アリシアに魔力を渡したと思えないぐらい、エルの魔力は減ってない。

「加減なんてわからない」

 エルが私に近づいて、肩をつかむ。

「抵抗するなよ」

 え…。

「ほら、平気だろ」

 今、キスされた?

 あれ…?

「だ、だめ」

 酷い。酷いよ。

 枕を持って、顔を隠す。

「違う、こんなの違うよ」

 なんで、そんなに軽いの。

 なんで、そんな簡単に、誰とでもキスできるの?

「何が」

「だって、好きな人とするものだ。エルは、わかってない」

「悪かったよ。恋人探しでも手伝えばいいのか?」

 ひどい。

 どうしたら、そうなるの。

 何もわかってない。

 信じられない。

「違う。そうじゃなくて、エルが。エルの気持ちが」

 私には向いていないのに。

「エルは好きな人いないの?どうして私にこんなことができるの?」

 キスって、好きな人とするものじゃないの?

 どうして、誰にでもできるの?

「だって、そうしないと、リリーが、」

 私が、何?

 エルは何も答えない。

 …まさか。

 魔力を集めないと、私が死ぬことも、知ってるの?

「エル?」

 ねぇ、答えて。

 お願い。

 どこまで知ったの?

 どうして何も言わないの?

「悪い。もう寝よう」

「え?」

 どうして、話してくれないの?

 私、酷いこと言った?

 …言ってるよね。

「気分を悪くさせたのなら、ごめんなさい」

 こんなに、してもらってるのに。

「リリーの方が、俺より何倍も優しいよ」

 優しい?

 私は、エルに優しくなんて、全然してないのに?

「寝るまで、傍に居る。もう、どこにも行ったりしないから、寝ろ」

 エルの方が、ずっと、優しいのに。

 その優しさが、私だけに向いてないから、私は…。

 勝手に辛くなってるだけなのに。

「…うん」

 エルは、悪くない。

 もしも自分を騙せるなら。

 エルが私だけに優しいって思いこめるなら。

 エルが私だけ見てくれてるって思えるなら。

 辛くならずに、好きな気持ちだけで、幸せでいられるのに。

 私みたいなのを、エルが好きになるなんてあり得ない。

 エルとは正反対。

 エルは甘いものが嫌いで。

 錬金術や魔法が得意で。

 絶対に迷わなくて。何でもすぐに決められて。

 なのに、エル。私はエルが好きなの。

 もう止められない。

 好きで好きで。

 もう、告白して楽になりたい。

 一緒に居るのが、どんどん辛くなってるから。

 告白すれば、全部終わる。

 一緒に居たいのに、一緒に居ない方法を望んでしまう。

 あぁ、好きじゃなくなれば。

 この気持ちを失えば、もっと一緒に居られるのに。

 エル。

 どうやったら、嫌いになれるの。

 こんなに好きな人を。



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