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旧作1-2  作者: 智枝 理子
Ⅰ.女王国編
10/46

13

 嵐のせいで到着予定時刻を大幅に過ぎた船が到着したのは、ディラッシュ王国の港町、ニヨルド。

 グラシアル女王国からラングリオン王国へは、ディラッシュ王国と、ティルフィグン王国を経由していく。

 まだ一つ目の国だ。

「大丈夫か?リリー」

「うん。…大丈夫」

 嵐がやむまで船は出ないらしい。

 多くの船酔い客が運ばれた先は、船の待合室に併設されている医務室。

 私よりもひどい症状の人が、ベッドで横になっている。歩ける分、私は楽な方だろう。

 きっと、大人しく座っていれば、すぐに回復する。

 エルは心配してるけど。

「結構揺れましたからね。飲めそうだったら、飲んで頂戴ね」

 さっきからずっと、船酔い客を介抱している人だ。

 その人から、エルが水を受け取る。

「飲めるか?」

「うん」

 エルから水をもらって飲む。冷たくて、気持ち良い。

 すっきりする。

 もう、心配かけられない。

 大丈夫。頑張らなきゃ。

「もう、歩けるよ」

「入国手続きしてくるから、ここで待ってろ。いいか、知らない奴について行くなよ?」

 問答無用だ…。

「はい」

 エルが私の頭を撫でて、行ってしまう。

 入国手続きをするってことは、しばらくこの国に居るのかな。

 私の船酔いが酷かったから、ラングリオンへ陸路を使うのかもしれない。

 嵐じゃなかったら。あんなに揺れなければ、きっと大丈夫だったのに。

「リリー?リリーだよね?」

『ポリー!ネモネ!』

『よぅ。イリス。元気だったか』

「イリス。あれ、妖精になったんだね。可愛いじゃない」

「…嘘。ポリー?」

 栗色の髪と碧眼の少女。腰に二本の剣を帯刀している彼女は、およそ一年前に出発した、三番目の女王の娘。

 ポリシア・ネモネ・ルゥ・ブランシュ。

「っていうか、早くない?出発したの十九日でしょ?半月もしないで、なんでこんなところに居るのよ」

 そう言いながら、ポリーが私の隣に座る。

 私の誕生日、覚えてるんだ。

「船酔い?」

「うん」

「まさか、方向音痴過ぎて船に乗ってるわけじゃないよね?」

「違うよ」

 酷い。

「一人?」

「一人じゃない」

「城の奴と一緒?」

「違う」

 ポリーもアリシアから聞いてたのかな。

「じゃあ、誰と一緒に居るのよ」

「ええと…」

『ポリーこそ、なんでこんなところに居るんだよ』

「私がどこを旅してようと勝手でしょ。たまたまグラシアルに居たのよ。これからティルフィグンへ行くの」

『ボクらはラングリオンに行くんだよ』

「ラングリオン?あそこは騎士の国じゃない。魔力を持ってる人はそんなにいなさそうよ」

「私は、」

「あぁ。リリーは運命の人を探してるんだっけ」

 本当。おしゃべりなポリー。

「あれ?なんでイリスが妖精に成長してるの?リリー、運命の人に会うまで、キスしないんじゃなかったっけ?」

『運命の人に出会ったからに決まってるだろ』

「えぇ?もう?早くない?」

「イリス!」

 イリスのばか。

「そっかぁ。良かったわね、リリー」

「良くないよ」

「何が?」

「だって。だって、私は…」

「恋に生きるって決めたんでしょ?だったら、それを貫いたらいいじゃない」

「…だめ」

「だめ?」

「だって、絶対に、一緒にはなれない」

「どうして?」

「リリスの呪いがある」

「キスしたんでしょ?」

「したけど…」

 気を失ってる時だった。

「いいじゃない。死ぬまで一緒に居てって言えば」

「そんなの、エルに迷惑だよ」

 死ぬ前に、エルの前から居なくならないと。

「エルっていうの?」

「…うん」

「一緒に旅してるんだよね?」

「うん」

「何が不満なの?」

「不満?」

「リリーの望みは叶ってるじゃない」

 そうだ。

 私の望みは、エルを好きになること。

 …あれ?叶ってる?

「本当は、その人と一緒になりたいんじゃないの?」

 エルと、一緒に?

 そうなのかな。

 でも。もし、女王の娘じゃなければ。

 もっと好きになって、好きになってもらう努力をして。

 …だめだ。私なんて。

「私には、無理だよ」

「どうして」

「だって、私なんかが…」

 好きになってもらえるはずがない。

「三年間だけ一緒に居てって言えばいいじゃない」

「それは、約束してくれてるんだけど…」

「え?…もう、そういう関係なの?」

「そういうって?」

「全部秘密ばらした上で、恋人になってるの?」

「違うよ。呪いのことも言ってないし、告白だって…」

 言ったんだけど。好きだって。

 でも、エルのことだから、きっと忘れてる。

「リリー。言ってることが良くわからないんだけど。その人、リリーのことが絶対好きよ」

「え?」

「それ以外考えられないんだけど」

「それは違うよ。だって、エルは優しいから。私じゃなくても、きっと…」

「もしそれが本当なら最低の男ね」

「悪く言わないで」

 エルは、優しいだけ。

「好きなのね、本当に」

「うん」

「言えば良いのに」

「どうすればいいかわからない」

「わからないって?」

「好きになった人に、好きになってもらおうなんて、考えてなかったから。私にはタイムリミットがある」

「イーシャは、帰らなかったの」

 頷く。

 ディーリシアが今どうなっているのか、誰も知らない。

「ラングリオンへ行ったら、ジェイド・イーシャという人物を調べなさい」

「え?」

「イーシャは、翡翠の騎士って呼ばれていた。有名な傭兵よ。ラングリオンとセルメアの国境戦争に参加してたらしいの」

「なんで知ってるの?」

「会いたいな、って思ってたから。私、アリシアにも会ったわ」

「アリシアにも?」

「結構前だけどね」

『リリー、エルが来たよ』

「え?…何、あれ」

「あぁ、エルは、魔法使いなんだ」

 言い忘れてた。エルが、すごい魔法使いって。

「黄昏の魔法使い」

「え?」

「知らないの?金髪にブラッドアイ。炎と闇の魔法を統べる悪魔の魔法使い」

「何?それ」

 だって、エルは、黄昏の魔法使いなんて架空の存在だって。

「騙されてるんじゃないの?リリー」

「怒るよ」

「…冗談よ。リリーの好きになった人だもんねぇ?」

 ポリーが私の顔を指でつつく。

「もう」

 ポリーは笑う。

「リリー」

 エルが傍に来る。

「エル、おかえりなさい」

「元気になったか?」

「うん。大丈夫だよ」

「行くぞ」

「うん。わかった」

 立ち上がって、ポリーを見る。

「ありがとう、ポリー。またね」

「リリーも気を付けてね」

 ポリーに手を振って、エルについていく。

「誰だ?」

「ええと…」

 言っても、いいのかな。

 でも、ポリーはおしゃべりだから、エルに何を言うかわからない。

「同じ船に乗ってたのか?」

「あ、うん。そうみたい」

 同じ船に乗ってたのは、間違いないだろう。

「これからティルフィグンに行くんだって。…また、会えるかな」

「目指す方向が同じだから、海路なら同じ船に乗るだろうな」

「そっか。じゃあ、また会えるね」

 会えたら、黄昏の魔法使いのことを聞いてみよう。

 金髪に、ブラッドアイ?

 エルの紅色の瞳はそう呼ばれているの?


 ※


 ニヨルド港から市街地に移動して宿をとり、夕食を食べた後、エルは私を残して出かけてしまった。

 まだまだ嵐は収まらないのに。

 変なことに巻き込まれていなきゃ良いけれど。

 レストランに行って、窓際の席で外を眺める。

「ワインはいかがですか?」

「え?…えっと、お酒じゃないのがいいな」

「では、桃のエードはいかがですか?」

「うん。それで」

「少々お待ちください」

『お酒にすれば良いのに。きっと、エルが帰ってきたら飲むよ』

「…飲まないよ」

『この前、雨の日に飲んでたじゃないか』

 バンクスの街のこと?

「どうぞ」

「ありがとう」

 ピンク色で、甘くておいしい。

「君、一人?」

「え?」

「ちょっと付き合ってよ」

「あの…」

 どうしよう。

「そんなに怖がらないでさ」

 また、知らない人について行くなって、エルに怒られるかな。

「…ごめんなさい」

「何やってるんだよ。…悪いねぇ、お嬢ちゃん。こいつかわいい子に目がないんだよ」

「うるせえな」

「悪い癖だぞ」

「ねぇ、君も次の出航待ちだろ?面白い話しがあるんだよ」

「面白い話し?」

「そうそう。すっごくロマンチックな話し。聞きたいだろ?」

 ロマンチック?

「うん。聞きたい」

「だろー?ほら、お前も座れって」

「やれやれ」

 結局、男の人が二人、私の目の前に座る。

 …ついて行くわけじゃないから、大丈夫かな。

「ここからそう遠くないところに、古い城があるんだ」

「古い城?」

「あぁ。今はだれも使っていない廃墟なんだけど、そこにお姫様がいるんだ」

「噂だけどな」

「お姫様?」

「そう。眠り姫」

「眠り姫って、童話の?」

「そうそう」

 眠り姫の物語。

 永遠に年を取らない代わりに、永遠に目覚めることのない呪いをかけられたお姫様。

 百年間眠り続けた末、運命の王子様のキスで目覚めて幸せになる。

「本物の眠り姫なの?」

「あぁ。古城で運命の相手を待ち続けてるんだ」

「この辺の男たちは、みんな行ったことがあるらしいぜ」

「えっ。眠り姫にキスしに?」

「絶世の美女って話しだからな。男なら絶対に行くだろ」

「でも、資格がないと門前払いらしいんだよ」

「門前払い?」

「あぁ。門をくぐれないんだってさ」

「…誰も、会ったことがないの?」

「会ったことがあるやつも居るらしいな」

「そうなの?」

「なんだったかな。女なら会えるんだっけ?」

「じゃあ、私は会えるのかな」

「行く気か?」

「見てみたい」

 本物のお姫様がいるなら。

「じゃあ、明日連れて行ってやるよ」

「え?…それは、ちょっと」

「いいだろ?女の子が一人で旅なんて危ないし」

「私は一人じゃないし、危なくないよ」

「そう言わないでさ」

 突然、怒鳴り声が店内に響く。

 声の方に目を向ける。

「あぁ、酔っぱらいの喧嘩が始まったな」

「船が出ないから、荒れてるんだろ」

 悲鳴が響く。

「止めなくちゃ」

「え?やめなよ」

「危ないって」

 リュヌリアンを出せる広さじゃないな。

 腰の後ろに刺してある短剣を鞘ごと抜いて、喧嘩している三人組の中に入ると、一人目の胴体に短剣の柄を当てて吹き飛ばし、二人目の顔に蹴りを入れて、三人目の脇腹を鞘が付いた短剣で斬る。

「喧嘩はだめだよ」

 短剣を元通り、腰につける。

 後ろから向かってくる気配を感じて、それをかわし、相手の胴体を膝で蹴り上げて、折れた体の背中を両手で叩き付ける。

 …あ。

「あの、ごめんなさい」

 膝から落ちた相手の体をゆする。

 気絶してる?

「すっげぇ。容赦ねーな」

「お嬢ちゃん、大丈夫だよ。ほっときな」

「でも…、」

「良いクスリになるさ。今日はもう部屋に帰りな。連れが居るんだろ?」

「あ…、はい」

 エル、遅いな…。


 エルが帰ってきたのは、部屋に戻ってしばらくしてから。

「ただいま」

「おかえり、エル」

 嵐、そんなに酷かったんだ。

 レインコートがずぶ濡れになってるし、髪も濡れてる。

 部屋にあったタオルをエルの頭にかける。

「風邪ひいちゃうよ」

「あぁ」

 頬が冷たい。大丈夫かな。

「薬、買ってきてやったぞ」

 エルが袋の中身を取り出して見せてくれる。

「こっちが、船に乗る前に飲む薬。こっちが、船酔いしたら飲む薬」

 薬探してくれてたんだ。

「ありがとう」

「明日、ちょっと出かけてくる」

 出かける?

「それって、近くのお城?」

「あぁ。知ってるのか?」

「うん。レストランに来てた人が話してた」

「そうか」

 エルも、興味あるのかな。絶世の美女の、眠り姫。

「訪れる人が後を絶たないって」

「そうだろうな。…リリーも行くか?」

「行っていいの?」

 だって、眠り姫にキスしに行くのに?

「危なくなったら、すぐに逃げろよ」

「え?危ないの?」

「本当に吸血鬼だったらどうするんだよ」

「吸血鬼?」

 あれ…?違う場所なのかな。

「…何を聞いたんだ?」

「絶世の美女が住んでるって」

「それだけ?」

「運命の相手を待っている眠り姫なんだって」

「なんだ、それ」

 エルが笑う。

 あれ?

「俺が聞いたのは、吸血鬼が住んでるって話しだぜ」

「そうなの?」

 吸血鬼って、人間の血を吸う、古い人間の種族?

「たぶん、こっちの情報が元だ。天気が悪くなかったら、朝一で行ってみるか」

「うん」

 エルは本当に変な人。




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