序章
世界の始まりの大陸“神の台座”の南に、オービュミル大陸がある。その西北端に位置する、グラシアル女王国。
数百年前は雪と氷に閉ざされた、貧しい辺境の一国家だったグラシアルが、他の大国からも一目置かれるほどの国家となったのは、ある女王のおかげである。
第十五代グラシアル国王は、国名をグラシアル女王国に改称し、強大な魔力を持つ自身の娘をグラシアルの初代女王として祀り上げた。
初代女王は、その力でグラシアルから雪と氷を振り払い、グラシアルを魔力で満ち溢れた豊かな土地に変えた。豊かな土地にあこがれた氷の地方の人々は、女王の力を求めてその傘下に加わり、やがて、グラシアル女王国は、大国へと成長を遂げる。
また、女王はその力で国内を豊かにする一方、魔女部隊を結成して他国からの侵略に対抗した。魔女部隊は龍氷の魔女部隊と呼ばれ、その名は無敵の部隊として、オービュミル大陸全土にとどろいた。
女王が治めるその国は、女王の庇護のもと、とても平和で豊かな国へと成熟していった。
一方で、この国は変わった王位継承制度を持っている。
一、女王が即位すると、城内から女王の素質を持った娘を五人選ぶ。
二、その娘を、女王の娘と呼ぶ。
三、女王の娘は、成人すると城の外へ修行に出る。
四、女王の娘は、三年以内に修行から帰還しなければならない。
五、女王の娘は、帰還するために、試練の扉を魔法によって破壊しなければならない。
六、帰還すると、女王の娘は王位継承権保持者となる。
七、女王は退位の際、王位継承権保持者の中から一人に、王位を継承させる。
そんな女王が住む巨大な城・プレザーブ城。
二人の娘が、剣を交えて戦っている。
一人は両手剣を扱い、もう一人は片手剣を扱っている。
両手剣を持っている少女が、一歩踏み出し、美しい弧を描いて、両手剣を薙ぎ払うと、片手剣が持ち主の手を離れて、遠くに飛んだ。
「私の勝ちだ」
そう言って、漆黒の髪と瞳を持つ少女は、剣を背の鞘にしまう。
「リリーは強いな」
もう一人、黒い髪と青い瞳の少女は、自分の手から離れた片手剣を取りに行く。
いずれも、女王の娘に名を連ねる者。
「メル。約束を、お願い」
「旅立ちの時に、手伝えば良いんだよね」
「うん。手はずは、整っているから」
「…これで、私だけになっちゃうな」
「何言ってるんだ。メルも、すぐに旅立ちの日が来るよ」
黒い瞳の少女が、青い瞳の少女の頭を撫でる。
「外で会えるかな」
「どうかな」
「リリーは、女王になる気、ないんでしょ」
「…どうかな」
「リリーシア様、お時間です」
二人が戦ったホールにある魔法陣に、魔法使いが姿を現す。
あちこちに描かれている魔法陣が、魔法使いたちの転移用であることは、この城の住人にとって、当たり前のことだ。
「わかった」
リリーシアは魔法使いについて、魔法陣に乗る。
「リリー」
自分を呼ぶ声に、振り返る。
「明日だけど、言う暇ないかもしれないから言っておくね。誕生日、おめでとう」
リリーシアは微笑む。
「ありがとう。メルリシア」
リリーシアが言い終えると同時に、魔法陣が起動する。
魔法を使えないリリーシアにとって、魔法陣の原理は理解できない。
しかし、魔法使いが起動すると、一瞬にして目的地へ運ばれる。
運ばれた先は、女王の間に続く部屋。
冷たい輝きを放つ女王の間に入れるのは、次の女王となった者だけである。
「儀式を」
全身を紅のローブで覆った女性が語りかける。
「はい」
城の中には、絶対に逆らえない階級制度がある。
女王を頂点として、次が紅のローブの女性、王位継承権保持者、女王の娘、魔法使い、市民である。
上位の者には、決して逆らえない。
逆らえば、死が待っている。
たとえそれが、冗談で言った言葉だったとしても、だ。
言葉は絶対的な響きを持って、相手を縛る。
紅のローブの女性に従って、部屋の床に描かれた魔法陣の上に乗る。
「呪いと、誓いを」
言うように、指導された言葉を出す。
「呪いを受け入れ、次期女王となる為に三年後、帰還することを誓います」
「誓いを受け入れよう」
魔法陣が光を帯びる。
黒く光るそれが、リリーシアの体にまとわりつく。
「お前が手に入れた力を、存分に使うが良い」
とても、気持ちの良いものではない。
吐き気を感じながら、リリーシアは、自分にかかる呪いに身をゆだねる。
もう、後戻りできない。