死神の秘書
私は、まあ成り行きで、サイン神という人の秘書をしている。
高校生で、本を読むのが好きな私だったけど、心臓発作で死んじゃったそうだ。
でも、ここで私は新しい仕事を手に入れた。
サイン神の秘書をしながら、空き時間で併設されている図書室の整理も任されているため、しょっちゅうそこに行っては、本を読み漁っている。
今日も、その図書館にいた。
「おや、やはりここにいましたか」
「あ、サイン神さん。こんにちは」
スーツ姿の、いいお父さんといった感じのいでたちをしているサイン神は、仕事としては、死神という言葉が一番似合うだろう。
でも、別に黒フードを着ているわけでもないし、背丈より大きな鎌も持っていない。
どこにでもいるサラリーマンといった感じが、見た目一番しっくりくる。
「こんにちは。どんな調子か気になりましてね」
「大丈夫ですよ。やっぱり私は本が好きなんですよ。仕事をすぐに終わらせると、自然に足がここに来ちゃいます」
笑いながらサイン神に言う。
「それは結構です。ただ、仕事がおろそかにならないように気を付けてくださいね」
「わかってますよ、それは大丈夫です」
「そうですか、ではごゆっくり」
いつもの柔和な笑みを浮かべながら、サイン神は図書室から出ていった。
翌日、ほかの神々との会食後、私はほかの職員の人たちと一緒にご飯を食べていた。
「そういえば、次の会食はいつでしたっけ」
私は横にいたハウスキーパーに聞く。
「次は2か月後よ。それまではちょっとの間暇だね」
ミセスは私に教えてくれる。
「なら、それまでに服を仕立てておかないと。今次の会食の際に、汚れてしまったようなので」
「あら、それはいけないね」
ミセスはすぐにメモを取り、それから仕立て係を呼ぶ。
「ご飯食べたら、すぐにこの作業にかかりなさい。これは他のいかなる作業に優先して行うこと」
「わかりましたミセス」
的確な指示を出すミセスを、私はあこがれてみていた。
「あなたも、もしかしたらこういう立場になるかもしれないのだから、このあたりはしっかりと見とくようにね」
「わかりました」
私はミセスにこたえる。
きっと、サイン神と結婚でもしないと、そこまでにはならないだろうけど、と、一瞬考えた。
なぜか、顔が火照る。
すぐに水を飲んで、火照りを抑えることには成功したが、なぜこんな感情が湧き出てくるのかがわからない。
ご飯を食べ終わると、私は図書館へと戻った。
「やあ、帰ってきたのかい」
そこにはサイン神が、脚立の高いところに立って、本を読んでいる姿があった。
「ええ、夕食も終わりましたから」
私はいつものように、古今東西さまざまな本を読み続けていた。
1時間もしたころであろうか、私は集中力が突然切れた。
振り向くと、サイン神が私をじっと見ていた。
「どうしましたか」
「いや、君に一つ聞いておきたくてね」
「なんでしょうか」
本にしおりを挟み、サイン神を見る。
「君にはいろいろとお世話になっているからね。なにかないかと思ったんだが、どうだろうかな」
「特にはないですね……」
すこし考えてサイン神へと告げる。
「そうですか、なら、大丈夫ですね」
サイン神は読んでいた本を棚へと戻し、図書室から出ていこうとした。
「あの」
私はそんなサイン神を引きとめた。
「どうしたのですか?」
こちらへ振り直り、私へ笑顔を向けてくれる。
「高校生でこっちにきちゃったから、恋ってしたことないんですよね……」
「恋、ですか」
サイン神はふむといって、あごに手をやりながら考えている。
「あ、いえ、あのですね。本とか読んでいたら、恋愛を経験してみたかったなぁと思いまして……」
「そうはいっても、同輩の人が来てくれるかどうか……」
「だから、あなたに恋しちゃったようなんです…」
とうとう言ってしまったと、言ってから恥かしくなってしまう。
「おやおや、とはいっても遠からず将来、きっと誰か来てくれることを願っておきましょう。あなたも、こんなオジサンに恋しても、将来があるかは分かりませんよ」
そういって、相変わらず笑っていたが、その顔にはすこし寂しさがあった。
でも、寂しさがある、悲しそうな笑顔だった。
どうしてかは、なぜだか聞いてはいけないような雰囲気だった。