ノホイ
「ノホイ」の意味は「犬」
爺さん、名前付けるのを面倒くさがって「犬」って呼んでた
ノホイは部族の持つ羊の群れを追う犬の一頭だった。
いつも、羊飼いの爺さんと他の犬たちと羊を追っていた。
ノホイは自分を育ててくれた羊飼いの爺さんのことが大好きで、
朝は羊の群れを集めながら目印の石のところで爺さんが来るのを待っていた。
昼間は爺さんと一緒に羊を追う。
夕方には石のところに戻って、ひとしきり爺さんに遊んでもらうのだ。
いつもの当たり前の光景だった。
爺さんが亡くなるまでは。
爺さんが亡くなったって、草原はなにも変わらない。
羊飼いたちは羊をつれ、犬たちは羊を追う。
ノホイも一緒に羊を追った。いつものように。
ただひとつ
ノホイは目印の石で爺さんを待つのをやめなかった。
朝は一番早く来て、群れが動き出すまで爺さんを待つ。
夕方は暗くなるまで石のところから動かなかった。
真っ暗になってからねぐらに戻る。
爺さんが死んで随分たつのに、
今日もノホイは石のところで待つ。
「今日も待っている……」
青燕を連れた巴特はノホイを見ていた。
爺さんは死んだ。もう会えない。けれどノホイにはそれがわからない。
だからいつまでも待ち続ける。
巴特は傍らの青燕をみた。
もし自分が死んだら、ノホイのように青燕は自分を探して待つのだろうか。
「青燕 」
つぶやいて青燕の首に頬ずりする。
きっと青燕は自分を待つ。
想像しただけでたまらなかった。目が熱くなる。
「青燕、俺はおまえより先には死なないから。
もしそれでも俺が死んだら俺の事はすぐに忘れろ。いいな 」
青燕が巴特の顔をなめようと首を回す。
その首を抱きしめて、夕日に照らされた石の傍で待ち続けるノホイを見ていた。
「よー、泣き虫巴特 」
そんな巴特にいつの間にか傍に来ていた耀花が声を掛けた。
「耀花さま 」
「どうした? 泣きそうになってるじゃないか 」
巴特はノホイを指さした。
「あれ。死んだ爺さん待ってるんだ。もう会えないのに。ノホイはわかんないんだ。ああやって今も待っている 」
声が震えた。
ノホイの姿を見た耀花が言った。
「ああー、あれか。またずいぶんと楽しそうだな 」
「え?」
夕日に照らされたノホイ。じっとどこかを見つめて座っている
「寂しそうにしか見えない 」
「ふふん、そうじゃない 」
ノホイの姿を見つめながら耀花は話し始めた。
「ノホイは爺さんがまた来ると思っている。だからあそこで待つ 」
「うん。だけど爺さんは来ないよ 」
「うん、そうだな。だけどノホイはそれを知らない。
今日は、来なかった。でももしかしたら明日は来るかもしれない。
今来ていないだけでもうすぐ来るかもしれない。
ノホイはそうやって、毎日わくわくしながら待っているんだ 。
まだかな、まだかなってな 」
「そう…なのかな 」
「そうさ。だからノホイはああやって待っているとき、幸せなのさ」
「……今日こそは、明日こそは…」
そうつぶやいた巴特に耀花が楽しそうに嬉しそうに笑って続ける。
「会えるかも、ってな 」
夕日の中のノホイは耳をピンと立て、尻尾もピンと立っている。
そう、爺さんがあらわれたらすぐに尻尾を振れるように。
「そっか、そうなんだ 」
さっきとは違う涙がにじんだ。
そんな巴特に青燕がそっと寄り添った。
ノホイは今日も待っている。
そしてきっと明日も待つのだろう。
爺さんが石のところに来なくなってから
ノホイはたくさんの「ノホイ」を聞いた。
でもノホイはふりむかなかった
その「ノホイ」は自分の名前ではなかったから
自分を呼ぶ声ではなかったから
「ノホーイ」
爺さんの発するその音だけが自分の名前だった
その音だけが自分を呼ぶ声だった
その音をノホイは知っている
その音をノホイは憶えている
だからその音がしたら
すぐに飛びつけるように
すぐに尻尾をふれるように
今日も耳をピンと立てている。




