第9話 すれ違い
下級階層の六階層は、薄暗い石造りの通路が続く場所だ。
蒼天の剣の三人が、その通路の中ほどで立ち往生していた。前方に魔物が三体。通路の幅が狭く、ミレナが魔法を撃てる角度が限られている。アルドが前に出て剣を構えているが、後ろからリッカが「私が行く」と割り込もうとしている。
「どけリッカ。通路が狭い」
「アンタが遅いから詰まるんだろ!」
「うるさい。後ろで待ってろ」
「待てるか! 早くしろよ!」
リッカが闘気スキルを発動させたまま、アルドの横から無理やり飛び出した。先頭の魔物に拳を叩き込む。一体は仕留めたが、勢い余って奥に踏み込みすぎた。残り二体に挟まれる形になった。
「ミレナ、撃て!」とアルドが叫んだ。
「リッカが邪魔で当たらないわよ!」ミレナが冷たく言った。「自分で何とかすれば?」
「撃てと言っている!」
「誤射したら文句を言わないでね」
ミレナが風魔法を放った。リッカの横をかすめて魔物の一体に当たった。リッカが「危ないだろ!」と怒鳴った。ミレナは無表情のまま「当たらなかったでしょう」と言った。
残り一体をアルドが仕留めて、戦闘が終わった。
誰も何も言わなかった。通路に三人の荒い息だけが残った。
以前は、ここまで揉めなかった。
レインが「右から二体、正面に一体、中央の魔物から片付ける」と事前に指示を出していた。それに従って動くだけだった。魔物の配置も弱点も、全部レインが教えてくれていた。それが当たり前だったから、なくなって初めて気づく。
アルドはその考えが頭をよぎった瞬間、乱暴に振り払った。
「撤退する」
二人は黙ってついてきた。
ギルドの受付前は、昼過ぎの時間帯にしては混んでいた。
ダンジョンから上がってきた冒険者が報告のために並んでいる。蒼天の剣が列の後ろについたとき、前の方に見知った背中があった。
レイン・アルトだった。
その隣に、フードを被った小柄な人影。その向こうに、槍を持った青年。もう一人、気配の薄い小さな影。
アルドは鼻で笑った。
「まだこの街にいたのか」
レインが振り返った。表情は変わらなかった。
「追放されたのはつい最近だ。いてもおかしくないだろう」
「落ちこぼれを集めてクランを作るとか言ってるらしいな」アルドが周囲に聞こえるような声で言った。「笑えない冗談だ」
リッカがレインたちを眺めて口を開いた。「魔族に獣人まで連れてるのか。趣味が悪いな。ギルドに登録できない連中を拾い集めて何がしたいんだか」
その瞬間、カイルが一歩前に出た。
「おい」
声が低かった。槍の柄を握る手に力が入っている。
俺はカイルの肩に手を置いた。「下がれ」
「でも——」
「今は必要ない」
カイルが歯を食いしばった。それでも、下がった。
アルドがその様子を見て、また笑った。「随分と従順な部下だな。まあ、鑑定士ごときに従う時点でお察しだが」
ミレナは何も言わなかった。
ただ、レインたちを静かに観察していた。カイルの槍の握り方。ルシアの立ち姿、後方に位置取りながらも動じていない落ち着き。そして、いつの間にか気配が薄くなっているナナの存在。
計算するような目だった。値踏みするような目とも違う。何かを確かめているような、冷静な視線だった。
アルドに「行くぞ」と促されて、ミレナが踵を返した。
去り際に一瞬だけ、ミレナの目がレインと合った。
何も言わなかった。何の感情も見せなかった。ただ、一秒だけ目が合って、それから前を向いて歩いていった。
ギルドから出て、四人は大通りを歩いた。
しばらく誰も口を開かなかった。カイルだけが、明らかに何かを言いたそうにしている。
「……なんであそこで止めたんだ」
カイルがとうとう言った。
「今の俺たちが口論をしても意味がない」と俺は言った。「見返すなら結果で見せる。それだけだ」
「でも、ルシアとナナのことまで馬鹿にされて——」
「同意する」とナナが短く言った。
カイルが「え?」という顔をした。
「止めた判断に同意する、という意味だ」とナナが続けた。「今戦っても何も変わらない。結果で見せる方が意味がある」
カイルはしばらくナナを見ていた。それから深く息を吐いた。「……分かった。俺が短気すぎたな」
ルシアは何も言わなかった。ただ前を向いて歩いていた。それがルシアなりの答えだと、もう分かるようになっていた。
宿の一室で、俺は四人に話をした。
「今日伝えたいことがある。このままのペースでは遅い」
「遅いって、まだ始まったばかりだろ?」とカイルが言った。
「連携は育ってきている。ルシアの魔法の精度も上がっている。カイルの槍も体に馴染み始めている。ナナの索敵は最初から安定していた。問題はそこじゃない」
「じゃあ何が問題なんだ?」
「クランとして正式に登録していない。登録なしでは実績が積めない。実績がなければランクが上がらない。ランクが上がらなければ、上の階層の依頼を受けられない」
テーブルの上に、ギルドの案内書を置いた。
「クランの正式登録には、三人以上のメンバーとギルドへの申請が必要だ。四人揃った今がちょうどいいタイミングだ。明日、登録しに行く」
カイルが「やっと本格的に始まるな!」と言った。声が少し弾んでいた。
ルシアとナナは無言だった。
「始まりはとっくに終わっている」と俺は言った。「これからが本番だ」
カイルが「……それはそうだな」と少し笑った。
ルシアがぽつりと言った。「楽しみにしている」
三人がルシアを見た。感情を表に出さないルシアが、そういうことを言うのは珍しかった。ルシア本人は特に気にした様子もなく、手元の湯呑みを持ち上げた。
ナナが小さく言った。「私も」
カイルが「二人ともそういうこと言えるんじゃないか!」と声を上げた。
「うるさい」とナナが言った。
「うるさい」とルシアが続けた。
カイルが天を仰いだ。俺は湯呑みに口をつけながら、四人の様子を眺めた。
明日、クラン《明星》が正式に産声を上げる。
今日のあの遭遇は、いずれ必ず清算する。ただし、今じゃない。今は積み上げる時間だ。
俺はそう思いながら、湯呑みをテーブルに置いた。
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