第8話 四人の初陣
朝食の席で、レインが四人の役割を整理した。
「改めて確認しておく。ダンジョン内での動き方だ」
テーブルの上にダンジョンの簡易地図を広げて、俺は順番に指差した。
「ナナが先行して索敵する。魔物の数と位置を確認したら戻って報告。カイルが前衛で正面を押さえる。ルシアが後方から魔法で援護。俺は後ろから全体の動きを見て指示を出す」
カイルがエールを飲みながら言った。「俺が前衛で、ナナが斥候か。ルシアは後ろで魔法を撃つとして……レインは?」
「指揮だ」
「戦わないのか?」
「戦力として期待するな。その分、お前たちが動きやすいように頭を使う」
カイルが少し複雑な顔をした。文句があるわけではないだろうが、リーダーが戦わないというのは慣れない感覚なのかもしれない。
ナナは黙って地図を見ていた。斥候という役割に特に異論はないようだった。むしろ、自分の動き方に名前がついたことを確認しているような目だった。
ルシアはスープを飲みながら、静かに頷いた。
「一階層から始める。昨日より少し奥まで進む。焦らなくていい。今日は四人の連携を確かめる日だ」
ダンジョンの一階層に入ると、ナナはすぐに先行し始めた。
特に言わなくても動いていた。フードを被ったまま、音もなく通路の先に消えていく。気配が薄れていく。振り返ってもどこにいるか分からないくらいだ。
カイルが俺の隣で小声で言った。「あいつ、いつ行ったんだ?」
「ついさっきだ」
「全然気づかなかった!」
ルシアが前を向いたまま静かに言った。「私も気づかなかった」
一分も経たないうちに、ナナが戻ってきた。
「前の通路に二体。右の角を曲がったところにさらに一体。弱い魔物だ、スライムとゴブリンが混じってる」
「距離は」
「スライムが近い。ゴブリンは少し遠い」
「分かった」俺は三人を見た。「カイル、正面のスライムから片付ける。ナナは右の角のゴブリンを頼む。ルシアは後方からカイルの援護。角のゴブリンには手を出さなくていい。ナナに任せる」
三人が頷いた。
通路を進むと、ぬめぬめとした緑色のスライムが二体、壁際をゆっくり移動していた。
「カイル、行け」
カイルが踏み込んだ。昨日より足さばきが自然だった。槍を構える位置も、体の重心の置き方も、少しずつ変わってきている。本人が意識しているかどうかに関わらず、体が使い方を覚え始めている。
一突き目が右のスライムに刺さった。手応えがあった。昨日は空振りしていた距離感が、今日はきちんと合っている。
「左!」
俺の声でカイルが方向を変えた。左のスライムに向かって踏み込む。槍の角度が少しずれたが、それでも当たった。二突き目で仕留めた。
後方からルシアの魔法が飛んだ。小さな黒紫の光の塊が、カイルの横を抜けて倒れかけていたスライムに直撃した。精確だった。昨日より明らかに狙いが定まっている。
右の角からは短い音がした。それだけだった。
ナナが戻ってきた。短剣に少し赤いものがついていたが、本人は涼しい顔だった。「片付けた」
「早いな!」とカイルが言った。
「うるさい」
「いや褒めてるんだが!」
ナナは答えなかった。短剣を拭いて鞘に収めた。
その後も、奥へ進んだ。
二度目の戦闘、三度目の戦闘と繰り返すうちに、四人の動きが少しずつ噛み合ってきた。ナナが索敵して報告し、俺が指示を出し、カイルが正面を抑えてルシアが援護する。ナナが側面や背後から仕留める。
まだぎこちない部分は多い。カイルとルシアのタイミングがずれる場面もある。ナナが単独で動きすぎて連携から外れることもある。
でも、一日目としては十分すぎるほどだ。
三度目の戦闘が終わったところで、俺はルシアのステータスを確認した。
魔力のコントロールが、数値に表れるほど改善されていた。瞑想を始めてまだ数日だが、素質がいい分だけ吸収が早い。このペースで続ければ、一ヶ月もしないうちに別人のような精度になるはずだ。
「ルシア」
「何」
「今日は全部当たっていた。瞑想の効果が出ている」
ルシアが少し間を置いた。「昨日より、感じ方が違う。魔力が、自分のものになってきた気がする」
短い言葉だったが、その中に確かな手応えが滲んでいた。
カイルが横から口を挟んだ。「俺も今日は空振りが少なかったと思うんだが、どうだ?」
「体が覚え始めている」と俺は言った。
「素振りもしてないのに?」
「お前の才能がそういうものだ。正しい動きを一度体験すると、次から引き出しやすくなる。間違った癖をつけていないから、本能がまっすぐ育っている」
カイルは槍を見た。それから少し笑った。「……なんか、信じられないな。剣を持ってたときはいくら練習しても上手くならなかったのに」
「合っていなかっただけだ。お前が悪かったわけじゃない」
カイルはしばらく黙っていた。それから「そうか」と短く言った。
ダンジョンから出ると、夕方の風が吹いていた。
四人で近くの食堂に入った。今日の報酬は少ないが、それでも確かに稼いだ分だ。
席に着いてから、俺は話を切り出した。
「報酬の分配について決めておく」
カイルが顔を上げた。ルシアも俺を見た。ナナは黙って聞いている。
「クラン運営の費用として全体の二割を引く。残りの八割を四人で均等に分ける。一人あたり二割だ」
「クランの取り分が二割?」とカイルが言った。「それって何に使うんだ?」
「拠点の費用、装備の補充、万が一のときの備え。クランが動くには金がかかる。ただし、クランの金は俺が勝手に使うわけじゃない。使い道は全員に報告する」
「……公平だな」
「当然だ。稼ぎは全員のものだ。俺が余分に取る理由はない」
ナナが静かに言った。「前にいたところは、上が半分抜いてた」
「ここはそういうやり方はしない」
ナナは何も言わなかった。でも、少し表情が緩んだ気がした。気配遮断のスキルを持つ人間の表情の変化は読みにくいが、確かに何かが変わった。
「異論はあるか」
三人とも何も言わなかった。
「では今日からこれで行く」
カウンターに注文を入れると、しばらくして料理が運ばれてきた。
カイルが食べながら今日の戦闘を振り返り始めた。「いや、三回目の戦闘でさ、あのゴブリンが思ったより動きが速くて——」
「うるさい」とナナが言った。
「飯くらい静かに食べろ」とルシアが続けた。
「二人してひどい! せっかく振り返ってるのに!」
「必要なことは食べ終わってから言え」と俺は言った。
カイルが「全員に言われた!」と天を仰いだ。
食堂に、小さな笑いのような空気が流れた。声に出して笑ったわけではない。でも、四人の間に確かに何かが通った。
俺は料理に箸をつけながら、四人の様子を眺めた。
まだ始まったばかりだ。これからメンバーも増える。階層も上がる。越えなければならない壁は、まだ遠くにいくつも見えている。
ただ、今日の四人は悪くなかった。
それで十分だ、と思った。
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