第7話 影の少女の事情
「もう少し、聞かせろ」
ナナはまだ壁に背をつけていた。短剣を収めてはいない。ただ、切先は下がっている。逃げる気がないのか、それとも逃げるタイミングを測っているのか、その目からは読み取れなかった。
「クランを作っている」と俺は言った。「名前は《明星》。今は三人だ。お前が入れば四人になる」
「何をするクランだ」
「ダンジョン攻略だ。落ちこぼれや評価されていない人間を集めて、最終的にSランクを目指す」
ナナが少し間を置いた。「Sランクって……伝説クランのことか」
「そうだ」
「今何人いると言った」
「三人だ」
ナナの目が細くなった。呆れているのか、それとも別の何かを考えているのか。「……正気か」
「至って正気だ」
しばらく沈黙があった。路地の奥から、大通りの喧騒が遠く聞こえてくる。
「宿はあるか」とナナが言った。
「ある。飯も出る」
「……それは」ナナの声のトーンが、わずかに変わった。感情を消していたはずの声に、何かが滲んだ。「いつから保証される」
「今日からだ。入ると決めたなら、今日から宿を取る」
ナナはまた黙った。短剣を持つ手が、少しだけ力を抜いた。
「なんでスリをしている」と俺は聞いた。
ナナは答えなかった。
「答えたくなければいい」
「……別に、隠すことでもない」ナナはゆっくりと言った。「仕事がなかった。ギルドに登録しようとしたら、獣人は受け付けないと言われた。露店で働こうとしたら、獣人はいらないと追い払われた。どこに行っても同じだった。食うために盗んだ。それだけだ」
淡々とした口調だった。怒りも悲しみも乗っていない。ただ、起きたことを並べているだけの話し方だ。それが長い時間の積み重ねを感じさせた。
カイルが低い声で言った。「……それはひどいな」
ナナの金色の瞳が、カイルを向いた。
「人間に同情されたくない」
「同情じゃない。ただ、ひどいと思っただけだ」
「同じことだろ」
「違う」カイルが言い返した。「同情ってのは上から見て哀れむことだ。俺はそういうつもりで言ってない」
ナナはカイルをしばらく見ていた。それから視線を俺に戻した。何も言わなかったが、険が少し薄れた気がした。
「お前の才能の話をする」と俺は言った。「さっき鑑定した。お前の足の速さは、この街の斥候の中でも最高水準に届く素質がある。今持っているスキルも、斥候として一流になれる類のものだ」
「気配遮断のことか」
「意識してやっているのか」
「……いや。気づいたらそうなっていた」
「それが本物の才能というものだ。意識しなくても自然に出る。お前の足と隠密能力は、クランの目と耳になれる。ダンジョンの奥で罠を見つけ、敵の動きを読み、仲間に伝える。それができる人間がいるかいないかで、クランの生存率がまるで変わる」
ナナは地面を見て、少し考えた。
「一つ、条件がある」
「聞く」
「仲間になるのはいい」ナナが顔を上げた。「でも私の過去は聞くな。どこから来たかも、何があったかも、聞くな」
俺は間を置かずに答えた。「分かった」
カイルが「それでいいのか?」という顔でこちらを見た。
「今は必要ない」と俺は言った。「過去じゃなくて、これからの話をするクランだ」
ナナが俺を見た。少しだけ、何かを確かめるような目だった。
それから短剣を鞘に収めた。
宿に向かう道中、四人で大通りを歩いた。
カイルが槍を肩に担いで前を歩いている。ルシアがその隣。ナナは少し後ろ、俺の斜め前あたりを歩いていた。
気がつくと、ナナがルシアの隣に並んでいた。
どちらが近づいたわけでもない。自然にそうなっていた。二人とも無口で、何も話さない。ただ、同じ歩幅で、同じ方向を向いて歩いている。
カイルが後ろを振り返って、二人の並びを見た。
「なんか似てるな、二人」
ルシアとナナが同時にカイルを見た。
二人の視線がカイルに集中した。感情の読めない、静かな目で。
「な、なんでもない! 独り言だ!」
カイルが前を向いて、少し早足になった。
ルシアがまた前を向いた。ナナも前を向いた。
二人の間に、ほんの少し、空気がほぐれた気がした。俺には確かめる方法はないが、そんな気がした。
宿の灯りが、夕暮れの通りに見えてきた。
四人の足音が、石畳の上に重なって響いていた。
カクヨムで先行公開しています。
頑張って執筆していきますので面白い、続きが気になると思っていただけた方は応援して頂けると嬉しいです。




