第6話 笑う者たちと影の少女
追放の翌日の夜、酒場は賑わっていた。
蒼天の剣の三人が陣取っているのは、奥の席だ。テーブルの上には空になった杯が並んでいる。アルドはすでに二本目のボトルを開けていた。
「乾杯だ」アルドが杯を上げた。「足手まといとおさらばして、これからが本番だ」
「賛成!」リッカが杯を打ち鳴らした。「あのじめじめした空気がなくなっただけで、ダンジョンが楽しくなりそうだ」
ミレナも杯を上げた。「当然の結果よ。最初からそうすべきだった」
「聞いたか?」リッカが身を乗り出した。「レインのやつ、さっそく仲間を集めてるらしいぞ」
「どうせ烏合の衆だろう」とアルドが言った。
「それがさ——魔法が使えない魔族と、剣が使えない自称剣士らしいんだよ!」
リッカが声を上げて笑った。酒場の他の客が何事かと振り返るほどの笑い声だった。
「魔法が使えない魔族?!」アルドが眉を上げた。「それは……確かに笑えるな」
「剣が使えない剣士って何だよ! 剣士じゃないだろ、ただの人間じゃないか!」
ミレナが口元に笑みを浮かべた。「落ちこぼれの寄せ集めで最強クランを目指すですって? 笑わせてくれるわね。追放されてよほど頭がおかしくなったのかしら」
三人の笑い声が、酒場の喧騒に混ざって広がっていった。
翌朝、蒼天の剣はダンジョンに潜った。
六階層、下級階層の入口。三人は慣れた足取りで通路を進んだ。アルドは前を歩きながら、特に問題はないと思っていた。今まで通りやればいい。
しばらく進んだところで、リッカの足元で床の一部が沈んだ。
がちゃん、と金属音が鳴り、壁の穴から矢が三本飛んできた。リッカは反射的に体を捻って二本をかわしたが、一本が肩をかすめた。
「痛っ! なんだよ急に!」
「罠よ」ミレナが冷たく言った。「この通路にあるのは以前から分かってたでしょう」
「分かってたなら先に言えよ!」
「あなたが前を歩いてたんだから自分で気をつければよかったんじゃない?」
「なっ……!」
「落ち着け」アルドが割って入った。「ミレナ、他に罠はあるか」
「さあ。私は魔法使いよ。罠の察知は専門外だわ」
「レインがいつもやってたことだろうが」とリッカが言った。「あいつ、何かやってたんだろ? 毎回罠を避けてたのは——」
「レインのせいで変な依存癖がついてたってことよ」ミレナが遮った。「あんな役立たずに頼り切りだったのが間違いだった。自分たちで何とかすればいいだけの話でしょう」
「何とかすればって、今肩に矢がかすったんだけど!」
「かすっただけでしょう。大げさね」
リッカの顔が赤くなった。「お前、今あたしが傷ついてるのに——!」
「騒がしい」アルドが低く言った。「進むぞ」
二人の口論を打ち切るように、アルドが歩き出した。リッカは舌打ちをしてついていった。ミレナは無表情のまま最後尾を歩いた。
通路に三人の足音だけが響いた。
街に戻ったのは昼過ぎだった。
初心者階層を終えたレインたちは、ちょうど大通りに出てきたところだった。カイルは手の中の槍を時折見ながら歩いている。昨日より少しだけ、持ち方が様になっていた。ルシアは無言でその隣を歩いている。
人通りが多い時間帯だった。露店が並んで、買い物客が行き交っている。
俺はその雑踏の中で、ふと右手をポケットに入れた。
軽い。
財布がない。
立ち止まって、もう一度確認した。確かに入れていた。つい先ほどまであった重さが、消えている。
「どうした?」とカイルが振り返った。
「スられた」
「え?!」
俺はすでに人込みを目で追っていた。少し離れた場所に、小柄な影が人の波をすり抜けて動いている。フードを被っていて顔は見えない。ただ、その動き方が尋常じゃなかった。人と人の隙間を縫うように、音もなく、影が溶けるように走っている。
普通に追っても追いつけない。それは一目で分かった。
俺は頭を切り替えた。
この街の裏路地の構造は頭に入っている。三年間、ダンジョンへの行き来でこの一帯を歩き続けてきた。大通りから逃げる場合、抜け道は三つある。東の細路地、市場裏の通路、それから北の倉庫街へ続く道だ。
影の進行方向を見た。東に向かっている。東の細路地に入れば、突き当たりで二手に分かれる。左は行き止まり、右は倉庫街に抜けられる。
「カイル、東の路地を正面から追え。絶対に追いつかなくていい、目を離すな」
「追いつかなくていいって?!」
「いいから走れ。ルシア、市場の裏を抜けて北側の出口を塞いでくれ」
「分かった」
ルシアが迷わず動いた。カイルも半信半疑のまま走り出した。
俺は一人、別の方向へ歩き出した。急がなかった。計算通りに動けば、急ぐ必要はない。
東の細路地の突き当たりを右に折れた先に、倉庫が二棟並んでいる。その間の狭い通路が、この一帯の抜け道の最終地点だ。
俺はその通路の出口側に、先に立っていた。
一分ほど待つと、足音が近づいてきた。
フードの影がこちらに飛び出してきて、俺の姿を見た瞬間、ぴたりと止まった。
背後からカイルの足音が追いついてくる。通路の反対側にルシアの気配がある。三方を塞がれた形だ。
フードの下から、金色の瞳が俺を見据えた。耳が獣のように尖っている。獣人だ。年は十四か十五か。体は小さいが、右手の短剣の構えは本物だった。壁に背をつけて、三人を交互に見ている。逃げ道を計算している目だ。
「どうやって先回りした」低い声だった。子供とは思えない、感情を削り落とした声だ。
「この街の路地の構造を知っていれば難しくない」
「……追いかけてきた人間に先回りされたのは初めてだ」
「返してくれれば、それでいい」
「なんで捕まえない」とナナが言った。「スリは犯罪だろ。衛兵に突き出せばいい」
「お前のことを調べたい理由がある」
ナナの目が細くなった。「……鑑定士か」
「そうだ。スられた時点で使った。お前の才能は本物だ。この街の斥候の中でも最高水準に届く」
「獣人に才能とか言う人間、初めて見た」
「才能は種族に関係ない。数字がそう言っている」
ナナはしばらく黙っていた。短剣を下げなかった。ただ、切先の向きが少しだけ変わった。
それから、左手に握っていた財布を放った。
俺の足元に落ちた。
「逃げないのか?」とカイルが言った。
ナナは答えなかった。壁に背をつけたまま、動かなかった。
「……もう少し、聞かせろ」
金色の瞳が、まっすぐ俺を見ていた。
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