第3話 落ちこぼれ剣士
朝の食堂は、冒険者たちで賑わっていた。
出発前の朝食を取る者、昨夜の夜番から戻ってきた者、仲間と今日の作戦を話し合う者。雑多な声と椅子を引く音と、パンの焼ける匂いが混ざり合っている。
俺とルシアは、隅の席に向かい合って座っていた。
ルシアはスープを両手で持って、少しずつ飲んでいた。昨日よりは顔色がいい。それでもまだ、周りの視線が気になるのか、フードを目深に被ったままだ。
「昨日の話の続きをしていいか」
ルシアが顔を上げた。頷く。
「クランを作る。名前は《明星》にしようと思っている」
「みょうじょう」
「暗闇の中で一番強く輝く星のことだ。誰にも評価されていなくても、本物の光を持っているやつを集めたい」
ルシアはスープに視線を落としたまま、少し考えるような間を置いた。
「……私みたいなのを集めるのか」
「お前みたいなのを集める」
また間があった。
「馬鹿にしているのかと思った」とルシアが言った。「昨日、魔王級とか言われたとき」
「嘘をついても意味がない」
「分かってる。だから、ついてきた」
それだけ言って、またスープを飲み始めた。
俺はパンをちぎりながら、ポケットの張り紙のことを考えた。
朝食を終えて外に出ると、ルシアはそのままついてきた。
「どこへ行くのか聞かなくていいのか」
「……どこへ行くの」
「ギルドだ。探している人間がいる」
「ならついていく」
それきり、ルシアは黙って俺の隣を歩いた。少し後ろでも、少し前でもなく、隣だった。昨日より距離が近い。本人は気づいていないだろう。
ギルドに入ると、受付の女性に張り紙を見せた。
「この張り紙を出した人物を探しているんだが」
受付の女性は張り紙を確認して、首を振った。「カイルという名前だけでは……登録されていない方かもしれません」
登録していない冒険者。ということは、まだ駆け出しにもなっていない。
「ありがとう」
外に出た。ルシアが横から張り紙を覗き込んだ。
「この人が次の仲間?」
「候補だ。ただ連絡先も書いていないから、直接探すしかない」
「どうやって」
「足で探す。剣士志望なら、素振りをしている場所か、武器屋の近くにいる可能性が高い」
ルシアは何も言わなかったが、歩き始めた俺についてきた。
ギルド前の広場に戻ってきたとき、目に入った。
広場の端、石壁に向かって一人で剣を振っている青年がいた。
年は二十前後だろう。体格は悪くない。肩幅があって、腕も太い。ただ、剣の振り方が明らかにぎこちない。踏み込みが浅い。重心が安定していない。振り下ろすたびに、剣先がぶれる。
近くを通った冒険者たちが、横目でその様子を見て何か囁き合っていた。笑いを堪えているような顔をしている者もいた。
青年はそれに気づいているのかいないのか、ただ黙々と振り続けていた。
俺は星眼を使った。
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名前 カイル・レント
レベル 8
適正武器 剣 D 槍 S 斧 C
筋力 C(S)
敏捷 C(B)
魔力 G(G)
知力 D(C)
耐久 B(A)
精神 C(B)
スキル 頑健
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槍、S。
俺は三秒ほど、その数値を頭の中で繰り返した。
剣はD。今やっていることは、適性のない武器で壁に向かって一人で素振りをし続けることだ。それで強くなれるはずがない。周りから笑われるのも、ある意味では当然だった。
だが槍の適性はSだ。筋力の潜在もS、耐久の潜在もA。このまま正しい武器に転向して鍛えれば、前衛として十分すぎるほどの水準に届く。
スキルの頑健は、打たれ強さに補正がかかるタイプだ。前衛向きの素質がある。剣では活かせていないが、槍使いになれば別の話だ。
「あの人だ」とルシアが小声で言った。
「なんで分かった」
「なんとなく」
俺は広場を横切って、青年に近づいた。
「少しいいか」
青年が振り返った。汗をかいていた。赤い髪は汗で額にはりつき、目つきは鋭いが、その奥に疲れが見える。何度も笑われてきた人間の目だ。
「なんだ」
「カイル・レントか」
青年の目が細くなった。「……そうだが。お前、誰だ」
「レイン・アルト。鑑定士だ。ギルドの掲示板にお前の張り紙が出ていた」
カイルは少し考えてから、疑いの色を混じらせた。
「鑑定士が何の用だ。鑑定料でも取りに来たか」
「無料だ」
「……何が目的だ」
「聞きたいことがある。お前、剣士になりたいのか」
カイルの顔が固まった。
「なりたいから練習してるんだろうが」
「剣は向いていない」
静かに言った。カイルの目に、一瞬だけ深い傷を負ったような色が走った。それから怒りに変わった。
「知ってる。だから練習してるんだ。馬鹿にしに来たのか」
「違う」
「じゃあなんだ」
「槍を持ったことはあるか」
カイルが黙った。
怒りの色が消えて、代わりに戸惑いが浮かんだ。「……槍?」
「お前には槍の才能がある。この街の冒険者を全員並べても、指折りに入る水準だ。筋力も耐久も、鍛えれば最高クラスまで届く。スキルも前衛向きだ。剣では噛み合っていないが、槍に転向すれば話がまるで変わる」
広場の喧騒が、少し遠くなった気がした。カイルはしばらく俺を見ていた。冗談を言っているのか確かめるような目だった。
「……本当のことか」
「嘘をついても俺に得がない」
「でも、なんで俺にそれを教える」
「クランを作っている。仲間が必要だ。お前に前衛エースになってほしい」
カイルはゆっくりと息を吐いた。
長い沈黙だった。広場の端で、誰かが笑い声を上げた。カイルはそちらを一瞬見て、また俺に視線を戻した。
「……槍か」
「槍だ」
カイルは握っていた剣を、ゆっくりと鞘に収めた。
「話を聞かせてくれ」
隣でルシアが、小さく息を吐くのが聞こえた。
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