第16話 ボス部屋の外で
アルドは宿の一室で、財布の中身を数えていた。
銀貨が十三枚。銅貨が少し。それだけだ。
右腕の傷は治療院で診てもらった。深くはなかったが、それなりの金がかかった。今夜の宿代は払えた。明日の分はない。
窓の外で街の喧騒が続いている。アルドはそれを聞きながら、ぼんやりと考えていた。
時の若葉。金貨六百二十枚。
あれはどこから出たのか。隠し通路か、ボスのドロップか。隠し通路は見つけられなかった。だとすればボスだ。どのボスかは分からない。だが、可能性がある場所は限られている。
頭の中で、一つの考えが形になっていった。
嘘でもいい。二人を動かせれば。
翌朝、アルドは朝食の場でリッカとミレナに言った。
「時の若葉の話を聞いたか。オークションで六百二十枚で落ちたやつだ」
「知ってる」とリッカが言った。「どこの冒険者が持ち込んだか分からないんだろ」
「俺は分かった」
二人がアルドを見た。
「十階層のゴブリンジェネラルからのドロップだ」
リッカが眉を寄せた。「ゴブリンジェネラル? あいつのドロップに価値なんてないだろ」
「通常はな。だが稀にレアドロップが出る。時の若葉もその一つだ」
ミレナが静かに言った。「根拠は?」
「ダンジョンに詳しい知り合いから聞いた」
嘘だった。根拠は何もない。ただアルドの顔は真剣で、声に迷いがなかった。
リッカが腕を組んだ。「……そんな話、聞いたことないけどな」
「レアドロップの情報は表に出回らない。持ち込んだ冒険者が黙ってるからだ」
ミレナは少し考えてから、そっと息を吐いた。あり得ない話だと思った。ゴブリンジェネラルのドロップテーブルに時の若葉が入っているという話は、どの文献にも記録がない。アルドの「詳しい知り合い」なるものも怪しい。
だがアルドの顔を見た。追い詰められた人間の顔だ。
「……分かった。行ってみましょう」
リッカが「ミレナが言うなら」と立ち上がった。
アルドが「今日行く」と言った。二人は顔を見合わせた。
道中、空気は重かった。
アルドは先を歩きながら、ほとんど口を開かなかった。リッカは何度か話しかけようとして、やめた。ミレナは黙ってアルドの背中を見ていた。
あり得ない話だと思っている。でも万が一本当だったら。
そのわずかな可能性が、足を動かし続けさせた。
十階層への道中、魔物との戦闘が二度あった。
どちらも噛み合わなかった。アルドが前に出る。リッカが横から割り込む。ミレナが魔法を撃つタイミングで二人が視界に入る。怒鳴り合いにはならなかったが、言葉もなかった。ただ三人がそれぞれ動いて、なんとか片付けた。
レインがいた頃は違った。
誰もそれを口にしなかった。
ボス部屋の扉の前に立った。
アルドが扉を押した。
広い部屋。奥にゴブリンジェネラル。周囲に配下が六体。
「行くぞ」
アルドが剣を抜いて踏み込んだ。
作戦はなかった。打ち合わせもなかった。ただ突っ込んだ。
配下のゴブリンが散らばっていた。リッカが一体に向かった。ミレナが魔法の構えを取ったが、味方が視界を塞いでいる。撃てない。
「退いて!」
「こっちは戦ってるんだ、退けるか!」
リッカが二体を相手に闘気を発動した。攻撃力が上がるが冷静さが消えていく。三体目に気づくのが遅れた。横から爪が入った。
「くっ……」
アルドはジェネラル本体に向かっていたが、配下が後ろに回り込んでいた。右腕がまだ完全には治っていない。剣の振りが鈍かった。
ミレナがようやく配下の一体に魔法を当てた。だが詠唱の隙に別の一体が距離を詰めてきた。
三人が各自で戦っていた。連携の欠片もない。
俺たちが十階層に差し掛かったのは、その頃だった。
「ちょっと待って」
ナナが立ち止まった。耳が前方に向いている。
「ボス部屋から音がする。誰かいる」
「珍しいな」とカイルが言った。「ゴブリンジェネラルを狙う物好きがいるのか」
俺は少し考えた。「様子を見る。扉の前まで行くが、中には入らない」
ボス部屋の扉は分厚い木製だ。隙間から音が漏れてくる。剣の打ち合う音、怒鳴り声、魔法が炸裂する音。
扉の前に立って、俺は隙間から中を見た。
三人の人影が見えた。
見覚えのある背中だった。
「……」
「レイン?」
ナナの声がした。俺の肩が少し固まっていたのを見ていたのだろう。
「知ってる人間か」とナナが静かに聞いた。
俺は少しの間、扉の隙間を見たまま黙っていた。
「ああ」
「あのパーティと何かあるのか」とルシアが言った。
「……追放された」
カイルが「え」と言った。
「あのパーティが俺の元パーティだ。役立たずだと言われて追放された」
誰も何も言わなかった。
「理不尽だったとは思っている。ただ今は特に何もするつもりはない。見ているだけだ」
そう言ってから、俺は扉から目を離した。
ナナが扉の方を見ていた。その耳が、わずかに後ろに倒れていた。
ルシアが静かに口を開いた。「……理由は何だったんだ」
「役立たず鑑定士だと言われた。戦えない、使えない、いても意味がないと。あの剣士が決めて、残りの二人も乗った」
ルシアの目が細くなった。感情を外に出さない人間が、感情を隠しきれていない顔だった。
「それは」とルシアが言った。声が低くなっていた。「許せない」
ナナが扉を一度だけ見た。それから俺を見た。「お前がいなければ今の私たちはいない。それをした連中があそこにいるのか」
「そうだ」
「……そうか」
ナナがそれ以上何も言わなかった。ただ腕を組んで、扉の向こうの音を聞いていた。その目は穏やかではなかった。
カイルが「レイン、俺は怒っていいか」と言った。
「お前が怒ることじゃない」
「でも怒る」
「……好きにしろ」
扉の向こうで、また怒鳴り声がした。連携が崩れているのが音で分かる。ジェネラルを前にして、三人がそれぞれ別の方向を向いている。
俺はそれを聞きながら、静かに考えていた。
今すぐ助けに入るつもりはない。ボス部屋での戦闘に外から手を出すのはタブーだ。命の危険があれば話は別だが、今はまだその段階ではない。
ただ、見ていた。
かつて自分が戦っていたパーティが、自分なしでどう戦うかを。
なろうでの掲載はこの話で終了です。
(スマホ投稿ですがなろうのアプリのバグが酷すぎるため)
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