第12話 隠し通路の先
その日も四人で中級階層に潜っていた。
十一階層の奥、岩トカゲとの戦闘を二戦こなして、通路の突き当たりに差し掛かったときだった。
俺は足を止めた。
「どうした?」とカイルが振り返った。
「待て」
壁を見た。
突き当たりの石壁は、通路の他の部分と同じ灰色の岩だ。継ぎ目も模様も、一見変わらない。ただ、何かが引っかかっていた。光の当たり方が、周囲と微妙に違う。石の表面の風化具合が、わずかにちぐはぐだ。
俺は星眼を壁に向けた。
通常、星眼は生物のステータスを見るためのものだ。ただ、長年使い続けてきた経験から、気配や違和感を感じ取る感度が人より高くなっている。壁越しに一度認識した相手を鑑定できるくらいには、感覚が研ぎ澄まされていた。
星眼を通して見ると、石壁の奥に空間があった。
「隠し通路だ」
三人が顔を上げた。
「壁の奥に空間がある。どこかに開閉の仕掛けがあるはずだ」
ナナがすでに壁に手をついて、表面を探り始めていた。指先で石の継ぎ目をなぞって、押したり引いたりしている。
「こっちか」
ナナが少し右寄りの石を押し込んだ。
ごとん、と重い音がして、壁の一部が内側に開いた。人一人が通れるほどの隙間が、暗い通路の奥に続いている。
カイルが「隠し通路って本当にあるんだな!」と声を上げた。
「珍しいことじゃない」と俺は言った。「ただ、見つけられる人間が少ないだけだ」
「レインが気づかなかったら通り過ぎてたぞ」
「そうだ。行くぞ」
隠し通路は短かった。
十メートルほど進むと、小さな空間に出た。天井が低く、壁が丸みを帯びている。燐光が弱く薄暗いが、目が慣れると全体が見渡せた。
奥に、宝箱が二つ並んでいた。
一つは金箱。もう一つは、見たことのない素材でできた黒い箱だった。金箱より一回り小さいが、表面に細かい紋様が刻まれている。
カイルが「二つある!」と前に出ようとした。
「待て。罠の確認が先だ」
俺はナナを見た。ナナが頷いて、静かに空間を一周した。床を踏みしめて、壁を確かめて、宝箱の周囲を調べる。
「罠はない」
「分かった。金箱から開ける」
カイルが金箱の蓋を持ち上げた。
中に短剣が一本収まっていた。
刀身が薄く、全体に黒みがかった光沢がある。柄の部分に小さな石が埋め込まれていて、それが微かに緑色に光っていた。
俺は反射的に星眼を使った。
武器の鑑定は生物とは勝手が違うが、特殊な気配を持つ武器はある程度読み取れる。
この短剣には、確かに何かが宿っていた。
「アーティファクトだ」と俺は言った。
カイルが「アーティファクト?」と聞いた。
「特殊な効果を持つ武器や防具のことをそう呼ぶ。ただの武器とは区別される。ダンジョンの隠し通路やボスのレアドロップから出ることが多い」
「特殊な効果って?」
「この短剣は、切りつけた相手を麻痺させる可能性がある。ただし、相手の耐性によって発動するかどうかが変わる。耐性が高い相手には効きにくい」
「麻痺!」カイルが目を輝かせた。「それってすごくないか? 動きを止められるってことだろ!」
「斥候向きの武器だ」と俺は言って、ナナを見た。「ナナ、使えるか」
ナナが短剣を受け取った。逆手に持って重心を確かめて、刀身を光にかざした。
「……悪くない。今の短剣より少し重いが、慣れる」
「麻痺の効果は戦闘の幅を広げる。首元を狙う前に一撃入れておけば、相手の動きが鈍る。使い方次第で大きく変わる」
ナナは短剣を鞘に収めた。「もらう」
「ちなみに名前は?」とカイルが聞いた。
「名前?」
「アーティファクトって名前がついてるんじゃないのか?」
「ついているものとついていないものがある。これは……」俺はもう一度星眼を向けた。かすかに、紋様から読み取れるものがある。「《レイスナイフ》と読める」
「レイスナイフか。かっこいいな!」
ルシアが「似合っている」と短く言った。
ナナが少し、ルシアを見た。何も言わなかったが、表情がわずかに動いた。
次に黒い箱を開けた。
中に、一枚の葉が丁寧に布の上に置かれていた。
大きさは手のひらほど。薄い緑色で、光に透かすと葉脈が細かく走っているのが見える。見た目は普通の葉っぱだが、独特の清涼な香りがする。
カイルが「葉っぱ?」と首を傾げた。
「時の若葉だ」
「知ってるのか?」
「聞いたことがある。ダンジョンで稀に採れる希少品だ。すり潰して飲むと、三年間老化しない」
「三年間?!」カイルが目を丸くした。「老化しないって、どういうことだ?!」
「見た目が変わらない。歳を取らない。貴族の奥方などに非常に需要がある。オークションに出せば、莫大な金額になる」
「莫大って、どのくらいだ?」
「俺たちがダンジョンで一年稼いでも届かないくらいだ」
カイルが「それって……!」と言いかけて固まった。
ルシアが「売るのか」と静かに聞いた。
「オークションに出す。クランの資金にする。装備を整えれば、今より上の階層に早く行ける」
「賛成だ」とナナが言った。
カイルが「俺も賛成だ。でも惜しいな……」と葉を見ながら言った。
「お前が飲んでも意味がない。今のお前はまだ老化を気にする年齢じゃない」
「そりゃそうだけど!」
ルシアがわずかに口元を動かした。笑ったわけではないが、それに近い何かだった。
俺は黒い宝箱の蓋をそっと閉めた。箱ごと持ち帰る。これだけの品を布に包んで持ち歩くより、この宝箱自体が最良の容器だ。紋様の刻まれた黒い箱は、中身を守るために作られたものだろう。早めにギルドの保管庫に預けた方がいい。
「戻るぞ」
四人で隠し通路を抜けた。
地上に上がってから、俺はギルドに向かった。
時の若葉をギルドの保管庫に預けて、オークションへの出品手続きを確認する。ギルドの担当者は時の若葉を見た瞬間、明らかに目の色が変わった。
「これは……確かに本物ですね」担当者が声を抑えながら言った。「次のオークションは二週間後です。出品されますか?」
「頼む」
「落札額の一割がギルドの手数料になりますが」
「構わない」
担当者が書類を持ってきた。手続きをしながら、担当者がぽつりと言った。「新人クランでこれを持ち込んでくるとは思いませんでした。どこで?」
「中級階層の隠し通路だ」
担当者が少し間を置いてから「そうですか」と言った。それ以上は聞かなかった。
宿に戻ると、三人がテーブルを囲んでいた。
ナナがすでに《レイスナイフ》を手入れしていた。カイルが「オークションってどのくらいになるんだ」とそわそわしながら聞いた。
「二週間後に分かる」
「それまで待てと」
「待て」
カイルが「待てるかなあ」と言いながらも椅子に座り直した。
ルシアが「楽しみにしている」と言った。
ナナは短剣を鞘に収めて、静かに「私も」と言った。
俺はその四人の様子を見ながら、今日の収穫を頭の中で整理した。
《レイスナイフ》はナナの戦闘の幅を確実に広げる。時の若葉は、クランの資金を一気に押し上げるかもしれない。
隠し通路一つで、流れが変わることがある。
まだ始まりの始まりだ、と俺は思った。
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