第11話 初めての本依頼
依頼書をテーブルに置くと、カイルが身を乗り出して読んだ。
「岩トカゲの鱗、五枚採取……十一階層か!」
「中級階層だ。今まで潜ってきた初心者階層とは魔物の硬さが違う。ただ、今の四人なら攻略できると判断した」
「やっと上に行けるな!」
「浮かれるな。作戦を聞け」
カイルが姿勢を正した。ルシアとナナも俺を見た。
「岩トカゲは外皮が硬い。正面から力任せに攻撃しても弾かれる。弱点は腹部と首元だ。動きを止めてから弱点を狙う。それが今回の基本方針だ」
俺は簡単な図をテーブルに描いた。
「ナナが先行して位置を特定する。カイルが正面から槍で引きつけて動きを止める。外皮に弾かれても怯まなくていい、注意を引き続けることが最優先だ。その間にルシアが腹部に魔法を叩き込む。隙ができたところでカイルが腹部に槍を突く。ナナが死角から首元を仕留める」
「私が最後か」とナナが言った。
「お前の短剣が一番確実に急所を狙える。最後の一手はお前に任せる」
ナナは小さく頷いた。
ルシアが「魔法は何を使えばいい」と聞いた。
「腹部への集中攻撃だ。範囲より貫通力を優先してくれ」
「ダークバーストを使う」
「それでいい」
十一階層への階段を降りた瞬間、空気が変わった。
初心者階層とは明らかに違う。通路が広く、天井が高い。壁の石が荒削りで、燐光が薄い分だけ薄暗い。魔物の気配が濃い。足元から伝わる振動が、何かが動いていることを知らせている。
カイルが槍を両手で握り直した。「……なんか、雰囲気が違うな」
「集中しろ」
ナナがすでに先行していた。音もなく、気配も消えたまま、通路の先に溶け込んでいく。
二分ほどして戻ってきた。
「前方に二体いる。一体は大きい」
カイルが「大きいって、どのくらいだ?」と聞いた。
ナナが少し間を置いた。「私の三倍くらい」
「でかい!」
「静かにしろ」とルシアが言った。
カイルが口を閉じた。
「二体同時は避ける」と俺は言った。「まず一体ずつ片付ける。ナナ、小さい方と大きい方の位置関係を教えてくれ」
「小さい方が手前、大きい方が奥だ。間に距離がある」
「なら手前から片付ける。作戦通りに動け」
手前の岩トカゲは、体長が二メートルほどだった。
鈍い緑色の外皮が鎧のように全身を覆っている。四本の太い脚でゆっくりと通路を移動していた。こちらの気配に気づいたのか、頭を持ち上げて口を開いた。
「カイル、前へ」
「行く!」
カイルが槍を構えて踏み込んだ。岩トカゲの正面に立って、外皮を槍で叩いた。
がん、と鈍い音がした。槍が弾かれた。
「怯むな、引きつけ続けろ!」
「分かってる!」
カイルが繰り返し槍を叩きつける。弾かれるたびに腕に衝撃が走っているはずだが、下がらない。スキルの頑健が全身を支えている。岩トカゲの注意がカイルに集中した。
「ルシア!」
「ダークバースト」
ルシアが右手を前に伸ばした。手のひらに黒紫の光が凝縮されて、一点に圧縮されていく。それが弾けるように放たれた。
岩トカゲの腹部に直撃した。
鈍い爆発音とともに、岩トカゲが大きくよろめいた。外皮のない腹部に、暗黒魔法の貫通力がそのまま叩き込まれた形だ。
「カイル、今だ!」
「うおっ!」
カイルが踏み込んで、腹部に槍を深く突き込んだ。岩トカゲが甲高い声を上げた。
その瞬間、ナナが動いた。
どこにいたのか分からなかった。気づいたときには岩トカゲの横に張り付いていて、逆手に持った短剣を首元に深く突き刺していた。
岩トカゲがどさりと倒れた。
「一体目、完了」とナナが短く言った。短剣を拭いて鞘に収める。
カイルが荒い息をつきながら「……手応えがあった!」と言った。「硬かったけど、腹に入ったときははっきり分かった!」
「落ち着け。まだ一体いる」
「分かってる、分かってるけど!」
二体目は大きかった。
体長が四メートルを超えている。ナナの言う通り、ナナの三倍近い。外皮の厚みも一体目とは段違いで、通路の壁を引っかいた跡が深く残っている。
カイルが一体目より慎重に間合いを測りながら正面に立った。
「同じ手順で行く。ただし一体目より叩きつける回数が増える。ルシアはカイルの邪魔にならないタイミングを見計らってくれ」
「分かった」
「ナナ、首元はどこだ」
「左側面の鱗が薄い。そこを狙う」
「任せる」
岩トカゲがこちらを向いて、低い唸り声を上げた。
カイルが槍を突き出した。一体目より力強い踏み込みで、外皮を何度も叩く。弾かれるたびに体勢を立て直して、また叩く。腕が痺れているはずだが、顔つきが変わっていた。一体目を仕留めた手応えが、恐怖より先に来ている。
岩トカゲがカイルに向かって尾を振った。
「左に跳べ!」
カイルが咄嗟に横に飛んだ。尾が空を切った。着地してすぐに槍を構え直す。
「今だ!」
「ダークバースト!」
ルシアの魔法が腹部に直撃した。一体目より威力が増していた。同じ技でも、魔力の込め方が違う。二発目の方が精度が高い。岩トカゲが大きくよろめいて、腹を見せた。
カイルが叫びながら踏み込んだ。槍が腹部に深く刺さる。
ナナがすでに左側面に回り込んでいた。鱗の薄い首元に、短剣を正確に突き入れた。
二体目が倒れた。
通路に静寂が戻った。
カイルが膝に手をついて息をついた。「……倒した」
「倒した」とルシアが静かに言った。
ナナが無言で鱗の採取を始めた。手慣れた動きで、剥ぎ取りポイントを正確に狙っている。
俺は二体の岩トカゲを見ながら、三人の動きを頭の中で整理した。
一体目と二体目で、連携の質が明らかに上がっていた。カイルの槍の踏み込みが深くなった。ルシアの魔法の威力が一発目より二発目の方が高かった。ナナの動き出しのタイミングが早くなった。
戦闘の中で学んでいる。それも、一戦ごとに。
これが、才能のある人間の伸び方だ。
鱗を五枚採取して地上に戻ると、夕方の風が吹いていた。
ギルドで依頼達成を報告すると、受付の女性が依頼書と鱗を確認してから顔を上げた。
「新人クランにしては早い達成ですね。中級階層の岩トカゲは、慣れたパーティでも手こずることがあるんですが」
「当然だ!」とカイルが胸を張った。
「カイル」
「あ、すみません」
受付の女性が少し笑いながら報酬を渡してくれた。
ギルドを出た後、カイルが「次はもっと上の階層に行けるな!」と言った。
「順番がある」と俺は言った。
「またそういうこと言う」
「急いで上に行くより、今の階層で完璧に動けるようになってからの方が結果的に早い。今日の二戦目で連携が上がっていたのが分かったか」
カイルが少し考えた。「……確かに、二体目の方が動きやすかった」
「それを十戦、二十戦と積み重ねていく。そうすれば上の階層に行ったとき、初戦から動ける」
カイルが「……またそういう正論を言う」と苦笑いしながらも頷いた。
ルシアが短く言った。「正しい」
ナナは何も言わなかった。でも、いつも通り前を向いて歩いていた。それがナナなりの同意だと、もう分かっていた。
四人の足音が、夕暮れの石畳に重なって響いた。
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