第1話 星眼の鑑定士、追放される
「レイン・アルト。お前をパーティから外す」
アルドの声は静かだった。怒鳴るわけでも、申し訳なさそうにするわけでもない。書類仕事を片付けるような、淡々とした口調。
俺はギルドの個室、使い古された木製の椅子に座ったまま、三人の顔を順番に見た。
アルド・ヴァルガス。剣士。パーティリーダー。腕は確かで、判断も速い。ただ、自分が正しいと思ったら曲げない。
リッカ・ブレイズ。武闘家。短気で、今も腕を組んで窓の外を向いている。こっちを見ようともしない。
ミレナ・アークライト。魔法使い。三人の中で一番頭が回る。視線だけはこちらに向けているが、その目に迷いはなかった。
全員、決めてきた顔だ。
「理由を聞いてもいいか」
「戦力外だ」とアルドは言った。「鑑定士は情報屋だ。お前の情報がなくても、俺たちは戦える。十一階層まで来たなら、もう鑑定に頼る必要もない」
「十一階層のボスを攻略したのは、俺の弱点分析があったからだ」
「それで?」リッカがようやくこちらを向いた。「お前は戦えるのか。魔法が使えるのか。いざとなって盾になれるのか」
答えなかった。答えても意味がないと分かっていたから。
ミレナが静かに補足した。「効率の問題よ。鑑定士一人分の取り分を払い続けるより、その枠に戦闘職を入れた方が攻略速度が上がる。感情じゃなくて、計算の話」
計算。
なるほど、と思った。怒りはなかった。正確に言えば、怒りが湧く前に頭が先に動いてしまう性分だ。感情を処理するより先に、状況を整理してしまう。
「分かった」
立ち上がり、胸ポケットからパーティ証を取り出してテーブルに置いた。小さな金属製のプレート。三年間、ずっと持ち歩いてきたもの。
アルドはそれを一瞥してから、受け取った。
リッカはもう窓の外を向いていた。ミレナは一秒だけ俺を見て、視線を手元の地図に落とした。
それだけだった。
ギルドの廊下に出ると、昼過ぎの雑踏の音が戻ってきた。冒険者たちの笑い声、受付カウンターの喧騒、遠くから漂う食堂の匂い。
俺は少し歩いてから、廊下の壁に背を預けた。
三年。
あのパーティで積み上げてきた三年間を、頭の中で順番に引っ張り出してみた。最初に入った六階層。罠を察知して全員を救った夜。ボス部屋の手前で魔物の編成を読んで、アルドに作戦を伝えた朝。リッカが無茶な突撃をしようとするたびに止め続けた回数。ミレナの魔法の打ち順を、何十回も一緒に組み直した時間。
全部、数えたことはないけれど。
深呼吸をひとつ。
いつもと変わらない呼吸だった。
俺は星眼を使った。
この力は生まれつきのものだ。鑑定士としての基本スキルに加えて、俺だけが持っている特殊な鑑定能力。記録によれば、過去にたった一人だけ同じ力を持った人物がいたらしいが、今となっては伝説の話だ。
通常の鑑定では現在のステータスしか見えない。だが星眼は違う。未来の可能性——潜在能力、適性、覚醒の条件まで、全て見える。スキルまで把握できるのも、この力があってこそだ。
まず、自分自身を鑑定した。今の状況を客観的に把握しておくのは、何をするにも最初の一歩だ。
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名前 レイン・アルト
レベル 19
適正武器 短剣 C 杖 D
筋力 F(E)
敏捷 D(C)
魔力 E(D)
知力 A(SS)
耐久 E(D)
精神 B(A)
スキル 星眼鑑定
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戦闘力は低い。筋力も耐久も、冒険者の中では底辺に近い水準だ。適正武器も高くない。
ただ、知力の潜在能力はSS。今のAという数値はまだ通過点に過ぎない。精神もBからAへ伸びしろがある。感情より先に頭が動く気質は、このステータスの反映でもあるのだろう。
スキルは星眼鑑定のみ。戦闘スキルはない。
悪くない。戦えなくても、考える力がある。それで十分だ。
次に、廊下の奥の個室、扉越しに三人を鑑定した。壁は関係ない。一度認識した相手なら、ある程度の距離であれば視ることができる。
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名前 アルド・ヴァルガス
レベル 24
適正武器 剣 A 盾 B
筋力 B(B)
敏捷 C(C)
魔力 G(G)
知力 D(D)
耐久 B(S)
精神 D(D)
スキル 剣閃
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筋力と耐久の現在値は高い。前衛として申し分ない。スキルの剣閃は通常攻撃が稀に連撃になるというものだが、発動率が低く安定しない。いざというときに頼れるものではない。
そして耐久以外の潜在能力は、全て現在値と同じだ。今の力押しスタイルを続ける限り、これ以上大きな成長はない。耐久だけはBからSへ伸びる可能性があるが、その条件は戦術の幅を広げること。プライドの高いアルドに、それができるかどうか。
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名前 リッカ・ブレイズ
レベル 22
適正武器 素手 A 短剣 B
筋力 C(C)
敏捷 B(B)
魔力 G(G)
知力 E(E)
耐久 D(D)
精神 E(E)
スキル 闘気
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スキルの闘気は興奮状態で攻撃力が微増する。ただし、副作用として冷静さを失いやすくなる。リッカの短気な気性に合わせたようなスキルではあるが、上の階層では裏目に出る場面の方が多くなるはずだ。
敏捷はBだが、潜在もBで止まっている。全ステータスの潜在が現在値とほぼ同じ——本人の戦い方や気性が変わらない限り、天井は動かない。それは数値の問題ではなく、生き方の問題だ。
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名前 ミレナ・アークライト
レベル 23
適正武器 杖 B 魔道具 A
筋力 G(G)
敏捷 E(D)
魔力 C(S)
知力 B(B)
耐久 G(F)
精神 B(SS)
スキル 風魔法適性・中
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三人の中で、一番惜しいのがミレナだ。
魔力の潜在がS。精神の潜在がSS。数値だけ見れば、この都市でも上位に入れる素質がある。
スキルは風魔法適性・中。風属性魔法の威力と精度が中程度上がるというものだが、ミレナが今追い求めているのは火力特化の攻撃魔法だ。風属性との相性は悪くないが、他の属性には恩恵がない。器用さに欠ける。
そして何より、精神SSという潜在能力が示しているのは補助・強化系の魔法への高い適性だ。仲間を強化し、戦場全体をコントロールする動き方をすれば、攻撃魔法一本よりはるかに強くなれる。本人はそれを知らない。
三人合わせて、こういうことだ。
今はまだ戦える。俺がいなくなっても、しばらくは十一階層前後で活動できるだろう。だが時間が経てば綻びが出る。罠の情報がなくなり、魔物の弱点が分からなくなり、連携の歯車が少しずつずれていく。
各々のスキルも、今の使い方では天井が見えている。剣閃は発動頼みで戦術に組み込めない。闘気は冷静さを削る諸刃だ。風魔法適性は活かしきれていない。
十五階層を超えたあたりで、限界が見えてくるはずだ。
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そうなったとき、三人はどう思うだろう。
知ったことじゃない——とまでは思わない。三年間、一緒に潜ったパーティだ。全員が路頭に迷えばいいとも思わない。
ただ、俺が戻る理由もない。
俺は壁から背を離して歩き出した。
一階の掲示板の前に来たとき、一枚の紙が目に入った。
周りの依頼票に混じって、明らかに素人が書いたような文字が並んでいる。インクのかすれ方からして、何度も書き直した跡がある。羊皮紙の端が少し折れていて、貼り直した形跡もあった。
「剣士志望、仲間募集。報酬なし。ただし、本気で強くなりたい人に限る。カイル」
名前だけ。住所も連絡先も書いていない。
俺はその紙を、しばらく眺めた。
普通の人間なら、一瞬見て通り過ぎる類の張り紙だ。報酬なし。未経験者。本気で強くなりたい——なんて言葉は、冒険者の世界では笑い飛ばされるような文句だ。
だが俺には、もう少し丁寧に見る理由があった。
星眼は、対象を直接認識していなければ正確な鑑定はできない。ただ、長年この力を使い続けてきた感覚として——この紙を書いた人間の「気配」のようなものを、かすかに感じ取ることがある。鑑定というより、勘に近い。
剣士志望。でも、剣の適性はおそらく低い。
もっと向いているものが、別にあるはずだ。
直接会ってみないと確かめようがない。ただ、この張り紙を出すだけの行動力と、報酬なしでも仲間を探そうとする意思は、数値には出ないものだ。それはそれで、価値がある。
「本気で強くなりたい、か」
声に出したのは自分でも気づかなかった。
隣を通りかかった受付の女性が、少し不思議そうにこちらを見た。軽く会釈して、もう一度その紙を見た。
名前だけの、不格好な募集告知。
悪くない。
その紙をそっと外して、折りたたんでポケットに入れた。掲示板の管理をしているギルド員に断ってから——こういう細かいことを省かないのは、癖みたいなものだ。どんな状況でも、手順は踏む。
「すみません。この紙、書いた人に渡したいので外してもいいですか」
ギルド員は少し驚いた顔をしてから、「どうぞ」と言った。
外に出ると、ダンジョン都市アバターラの午後の風が吹いてきた。
露店の声、金属を打つ音、どこかの鍛冶屋の煙。賑やかな通りに、ありふれた冒険者の日常が広がっている。今朝まで、俺もその一部だったはずだ。
ポケットの中の紙を、指先で確かめた。
三年間のパーティが終わった。それは事実だ。
でも同時に、別の何かが始まろうとしている気がした。根拠のある感覚ではない。ただ、星眼とは別の、もっと単純な直感として。
「カイル、か」
名前を一度、口の中で転がした。
どんな奴だろう。剣志望で、剣が向いていない。それでも剣士になろうとしている。そのちぐはぐさが、なんとなく面白かった。
向いていないものに向かっていく人間には、二種類いる。無謀な奴と、ただ本当の適性をまだ知らない奴だ。
どちらかは会ってみれば分かる。
俺は通りを歩き出した。目的地はない。まず宿を取って、それからカイルという名前を辿ることにする。連絡先すら書いていない張り紙だ。探すのに少し手間がかかるかもしれないが、それも面倒とは思わない。動けば何かが見つかる。
空は晴れていた。ダンジョン都市の上に、昼の光が平等に降り注いでいる。どこにいようが、太陽は関係なく照っているものだ、と思った。
特に感慨もなく、ただそれだけを思いながら、雑踏の中に足を踏み入れた。
追放された鑑定士の、新しい話が始まる。
カクヨムで先行公開しています。
頑張って執筆していきますので面白い、続きが気になると思っていただけた方は応援して頂けると嬉しいです。




