第19話 あったかグッズ
エディンガム王国の北部に位置するノースフォード辺境領の冬は寒くて長い。
王都で生まれ育ったマーガレットにとって、ノースフォード辺境領の寒さは辛いものだった。
今朝も、マーガレットはベッドの中で丸くなって震えていた。
「うう~、寒い~」
「お嬢様、今暖炉に火を付けますね」
アンが慣れた手付きで暖炉に火を付ける。
寝るときは火事や一酸化炭素中毒を防ぐため、火は消している。
そのため、夜間にどんどん部屋の温度が下がり、朝は凍えるほど寒くなるのだ。
自然と、部屋が暖まるのにも時間がかかる。
(ホッカイロとかモコモコの靴下とか、あったかグッズが欲しいわ)
ホッカイロは原料の鉄を粉末状に加工するのが技術的に難しく、ノースフォード辺境領は羊が育つには寒すぎるので、暖かい靴下を作るのは難しい。
そこで、マーガレットはあれを作ることにした。
朝食を済ませたあと、マーガレットは城下の鍛冶屋を訪れた。店先には「鍛冶屋スミス」の看板が下がっている。
中に入ると誰もいないが、奥からカンカンと金属を叩く音がした。
「すみません」
「へい、いらっしゃい」
マーガレットが声をかけると、鍛冶屋の主人らしき男性が出てきた。職人らしく首にタオルを下げ、この寒さにも関わらずうっすらと汗をかいている。
「お貴族様が、こんなむさ苦しい場所に何のご用で?」
男性はマーガレットはいぶかしげな表情を向ける。
マーガレットは気にした様子もなくにっこりと微笑んだ。
「実は、こういったものを作っていただきたいのです」
マーガレットは事前に書いてきた図を男性に見せた。
男性は紙を手に取ると、眉をひそめた。
「これは何に使うんだ?」
「この中にお湯を入れて、身体を温めるのに使うのです」
マーガレットが思い付いたのは、湯たんぽだ。素材を選べば、高い保温性が期待できる。
将来的にノースフォード辺境領に普及すれば、寒さで亡くなる子供や高齢者を減らせるはずだ。
「できるだけ熱を伝えやすい素材で、楕円形の入れ物を作れますか?」
マーガレットの依頼に、男性は頷いた。
「ノースフォード辺境領の冬は厳しいからな。1週間で作ってやる」
「ありがとうございます!」
マーガレットは男性に前金を渡して店を後にした。
1週間後、マーガレットは再び「鍛冶屋スミス」を訪れた。
「待っていたぞ。色んな種類を作ったから、試してみてくれ」
男性が示したテーブルの上には、様々な素材や形の湯たんぽが置かれていた。どうやら、彼の職人魂に火が付いたらしい。
「ありがとうございます!さっそく試させていただきます」
マーガレットは城に戻ると、アンと一緒に湯たんぽを持ってアーサーの執務室を訪れた。執務室にはセバスチャンもおり、アーサーに報告をしている最中だった。
2人は湯たんぽを持ったマーガレットとアンを見てギョッとした。
アーサーが慌てて駆け寄り、マーガレットが持っていた湯たんぽを取り上げる。
「すみません、ありがとうございます」
「これくらい大丈夫だ。しかし、これは何に使うんだ?」
ドレスや装飾品ならまだしも、湯たんぽは貴族令嬢が持つような見た目ではない。
「湯たんぽといって、中にお湯を入れて身体を温めるものです。王都育ちの私にはこの土地の寒さは辛いので、鍛冶屋に依頼して作っていただきました。何種類か試作品があり、どれが使いやすいかを比較したいので使っていただこうと思いまして」
「なるほど。だが、私はここの寒さに慣れているから、湯たんぽを使うと逆に暑すぎるかもしれないな」
そう言って、アーサーはすまなそうに眉を下げた。
その時、不意にセバスチャンが手を上げた。
「では、私が試させていただいてもよろしいでしょうか?私もノースフォード辺境領で生まれ育ちましたが、歳を取ると平気だったはずの寒さが身体に堪えるようになりまして」
セバスチャンの申し出に、マーガレットの表情がパッと明るくなった。
「もちろんです!ありがとうございます!」
最終的に、マーガレット、アン、セバスチャンの3人が交互に湯たんぽを試すことになった。




