第16話 それぞれにできること
翌日、雨の勢いは収まっていた。
(良く寝れた…)
マーガレットはすっきりした顔で目が覚めた。
ベッドに入ったときは緊張していて目が冴えていたが、アーサーの穏やかな寝息を聞くうちにいつの間にか眠っていたらしい。
ベットを見ると、アーサーの姿は既になかった。
(どこに行ったのかしら)
マーガレットが疑問に思っていると、アーサーが戻ってきた。
「目が覚めたか」
アーサーは盆の上に2人分の食事を載せていた。どうやら朝食を持ってきてくれたらしい。
「すみません、寝過ごしました」
「構わない。さ、冷めないうちにいただこう」
朝食を終えた2人は、宿を出発した。
昨日は通行止めになっていた橋を通過し、一行は無事にノースフォード辺境領に到着した。
しかし、城に戻るとあるはずの出迎えがなく、場内は慌ただしい雰囲気に包まれていた。
そこに、良いタイミングでセバスチャンが通りかかった。すかさず、アーサーが呼び止める。
「何かあったのか、セバスチャン」
「旦那様、お帰りなさいませ。お出迎えができず、申し訳ございません」
「よい。それで、何があった」
「はい、先日からの大雨で、北部の村で土砂崩れが発生し、多数の家屋が倒壊したとの報告がありました。現在、騎士団が救助活動の準備をしているところでございます。」
セバスチャンの報告に、その場に緊張が走る。
「土砂崩れが発生してから、どれくらいの時間が起ちましたか?」
マーガレットが質問すると、セバスチャンは少し考えてから答えた。
「およそ半日かと」
半日。それならまだ間に合う。
マーガレットはアーサーに向き合った。
「災害が発生してから72時間が経過すると、救命率が大幅に低下すると言われています。一刻も早く救助活動を始めなければなりません」
「分かった。準備ができたものから現場に向かわせよう。もちろん、私も向かう」
「まだ地盤が緩いところもあると思います。くれぐれも二次災害に気をつけてください」
マーガレットの忠告にアーサーはうなずくと次々に指示を出し、1時間後には現場に出発した。
アーサーが出発して3日が経過した。
アーサーから連絡はなく、マーガレットは不安を募らせていた。
「マーガレット様、手紙が届いております」
「ありがとう。アーサー様からかしら」
セバスチャンが持ってきた手紙に期待を膨らませたマーガレットだったが、差出人はプロゾン商会のペゾスで、マーガレットと面会がしたいとのことだった。
(そういえば、仕切り付きトートバッグの売り上げは順調かしら。良いタイミングだから、農業改革に必要な備品や作物の種も発注して、届け先は、南部の村にしてもらおう)
アーサーから連絡がないのは心配だが、自分にできることをやろうと気持ちを切り替え、マーガレットは返事を書いた。
「いや~、マーガレット様の新商品、稀に見る大ヒットですよ」
翌日、やって来たペゾスは開口一番そう言った。
ペゾスは、貴族令嬢や婦人向けにサイズは小さいものの上質な生地を使ってお茶会などに使えるようにしたり、庶民向けにある程度のサイズがあり、丈夫な生地にして日常的に使えるようにするなど、ターゲットごとに工夫することで売り上げを大きく伸ばしていた。
「それは良かったです。さすがペゾス様ですね」
「いやいや、マーガレット様のアイデアがあってこそです。さっそく、取り決めた分の報酬をお支払します」
そう言って、ペゾスは売り上げの明細と受領証、報酬が入った袋を机の上に置いた。
マーガレットは金額に間違いがないか確認して、受領額にサインする。
「ありがとうございます。確かに受け取りました。では、手紙でお伝えしていたことなのですが…」
マーガレットが切り出すと、ペゾスはうなずいた。
「ひもと作物の種の件ですね。今朝発注したので、2、3日後には南部の村に届くはずです。大口注文なので、割引させていただきます」
思いもよらない申し出に、マーガレットの目が輝いた。
「ありがとうございます!」
「これからもプロゾン商会をよろしくお願いしますね」
そういって代金を受け取ると、ペゾスは商会に戻っていった。




