第12話 久しぶりの王都
「アーサー様、失礼いたします」
マーガレットはアーサーの書斎のドアをノックして入室した。
「マーガレット嬢、どうした」
アーサーは読んでいた書類をデスクにしまった。
「ご報告したいことがありまして。お時間よろしいでしょうか」
「ああ、構わない」
アーサーに契約書を見せながら、これまでの経緯を説明する。
アーサーは終始目を見開いていた。
「つまり、マーガレット嬢は自分のドレスを売り払ったのか!?」
(驚くところ、そこ!?)
「ドレスといっても流行遅れのものですし、まだ十分にあるから問題ないですよ?」
「そうか…」
なぜかマーガレット以上にアーサーの方が落ち込んでいるのは、気のせいだろうか。
「それはともかく、売上金額にもよりますが、毎月お金が入ってくるようになりました。そのことをご報告しに参りました。これで、ノースフォード辺境領の財政は改善されるかと」
「そうか。全くマーガレット嬢には毎回驚かされるな」
アーサーは苦笑しながら言った。
「そんなマーガレット嬢にお願いがあるんだが…一緒に王都のパーティーに参加してくれないか?」
「…はいっ!?」
「実は、エドワード皇太子殿下とアヴェーヌ伯爵家のエミリー嬢が正式に婚約することになったんだ。その祝賀パーティーに参加しろと勅命の手紙が届いたんだ。元婚約者であるマーガレット嬢を招待するとは、どんな思考回路をしているんだか…」
アーサーは先ほどデスクにしまった書類を取り出し、マーガレットに渡しながら説明した。パーティーの開催日は今から約1カ月後だ。
「…勅命なら仕方ありませんね。分かりました」
「良かった、助かる」
その後、マーガレットはアーサーとパーティーまでの日程をの打ち合わせた。
パーティーの数日前には王都入りし、マーガレットの実家であるレスター侯爵家のタウンハウスに滞在することにした。
「父に客間を準備するよう、手紙を出しておきますね」
「ああ、お父上によろしく伝えてくれ」
パーティーはともかく、久しぶりに父に会えることに胸が踊るマーガレットだった。
「マーガレット、元気そうで何よりだよ」
「お父様、お久しぶりです」
久しぶりに会ったジョセフは以前と変わらない様子で、マーガレットは安心した。
わざわざ玄関を出て出迎えてくれたことから、娘の帰りをどれだけ待ちわびてたか分かる。
「レスター侯爵、初めてお目にかかります。ノースフォード辺境伯アーサー•ノースフォードと申します。この度はお世話になります」
「…君がアーサー殿か。こちらこそ娘が世話になっているね」
ジョセフはニコニコと笑みを浮かべているが、その目はアーサーを頭の先からつま先まで値踏みしていた。
優秀な騎士であり、気配に敏いアーサーが気付かないわけがなく、マーガレットはアーサーが気分を害さないかハラハラしていた。
応接室に移動した3人は、紅茶を飲みながらそれぞれの近況について話した。
王城に勤めているジョセフは、相変わらず多忙な日々を送っているという。
「ノースフォード辺境領での生活はどうだ?」
ジョセフの質問にマーガレットが答えようとしたが、なぜかアーサーが口を開いた。
「この数カ月の間で、マーガレット嬢は我が領の発展に多大な貢献をしてくださいました。農作物の画期的な栽培方法を提案し、その実現に必要な財源を確保するために新規事業を立ち上げました。さらに、財務書類の書き方をより分かりやすいものに改善してくれました」
そこまで一気に言った後、アーサーは一呼吸おいて真剣な眼差しでジョセフの目を見て続けた。
「経緯はどうあれ、彼女を妻に迎えられることは私にとってこの上ない幸運です。ノースフォードの名に懸けて、必ず幸せにすると誓います」
思いもよらない展開にマーガレットは口をパクパクさせることしかできなかった。
「…娘に、新しい環境での生活はどうか聞いただけなのだが、すごい告白を聞いてしまったね...」
ジョセフは頬を掻きながら居心地を悪そうに言った。その段になって、アーサーはようやく自分の発言内容を理解したのか、恥ずかしそうに俯いた。
「マーガレット、お前の気持ちはどうだい?」
ジョセフが優しく問いかける。目には、父としての愛情が浮かんでいた。
「私も、アーサー様をお支えしたいと思います」
未だ混乱していたが、マーガレットは小さい声ながらもはっきりと答えた。
ジョセフは頷くと、アーサーに向き直って頭を下げた。
「娘を、よろしくお願いいたします」
そんな父の姿を見て、王都に来て本当に良かったと思うマーガレットだった。




