第1話 侯爵令嬢マーガレット、前世を思い出す
その日、侯爵令嬢マーガレット•レスターは皇太子妃教育のために訪れていた王城の廊下で、信じられない光景を目にした。
「たとえマーガレットが妻になろうとも、僕が愛しているのは君だけだよ、メアリー。あんな地味で愛想のない女には飽き飽きだ」
自分の名前をあげ、歯が浮くような台詞で愛をささやき、女性を抱き締めているのは、紛れもなく婚約者である皇太子•エドワード。
「私もですわ、エドワード殿下」
それに応えているのは、
アヴェーヌ伯爵令嬢•エミリー。
マーガレットは父親譲りの黒い髪•黒い瞳なのに対し、エミリーは金髪碧眼の庇護欲を引き立てる容姿をしている。確かにエミリーと比べると地味かもしれないが、他人にとやかく言われる筋合いはない。
それに、マーガレットが7歳のときにエドワードと婚約してからというもの、未来の皇太子妃として王城に通い、厳しい皇太子妃教育を受けてきた。エドワードとは週に1回のお茶会しか会う時間が取れずにいた。
それも将来国王として重い重責を担うエドワードを支えるためだと自分に言い聞かせていたが、彼には「愛想のない女」に見えていたらしい。
マーガレットはとっさに、曲がろうとしていた廊下の壁に隠れる。その時、大量の映像が頭の中に流れ込み、マーガレットは思わず頭を抱えこんだ。
(そうだ、私はマーガレットじゃない。ミユキよ!)
ミユキは日本に住む20代のキャリアウーマンだった。難関の国家公務員試験に合格し、恋人とも婚約して公私ともに順風満帆な生活を送っていた。
しかし、激務から持病の喘息をこじらせて入院していた。
(たしか、退院して家に帰ったときに、今みたいに婚約者が他の女と浮気しているのを目撃したのよね。そのまま家を飛び出して、トラックにひかれたんだわ…)
命を落としたミユキは、どうやらマーガレットとして転生したらしい。
「エドワード殿下、こんなところを誰かに見られたら大変ですわ」
エミリーの甘ったるい声でマーガレットは現実に引き戻される。
「大丈夫だよ。この時間はこの廊下を通る者はいないし、マーガレットは皇太子妃教育中だ。」
(これは確信犯ね)
マーガレットは思わずため息をついた。
確かに、マーガレットは今まで皇太子妃教育を受けていた。だが、真面目で飲みこみが早いマーガレットは予定より早く授業内容を終わらせたため、城の図書室で自主勉強をしようと廊下を歩いていたのだった。
(婚約者が浮気性だなんて、正式に結婚式を挙げる前に分かって良かったと思うしかないわね)
マーガレットたちが暮らすエルシア王国では一夫多妻制が認められているが、前世の記憶を思い出したマーガレットに受け入れられるはずがない。
マーガレットは、今目撃したことについて父であるフレデリックに報告することにした。
帰宅したマーガレットは、普段着に着替えながら専属侍女のアンに父の所在を訪ねる。
「お父様は書斎にいらっしゃるかしら?」
「はい、いらっしゃいますよ。旦那様にご用ですか?」
「うん、ちょっとね。」
今後の展開が読めないうちは、うかつな発言はできない。マーガレットは笑ってあいまいに誤魔化した。




