ツギハギの男⑧
2人が結婚してから数年が経ち、2人に息子が出来た。
ヴィクター譲りの赤い瞳が血統を感じさせる。
その息子の名はウィリアム・アルダナリア
ヴィクターの才能を受け継ぎ、すくすくと育っていった。
ウィリアムが5歳になり、読み書きが出来るようになると、さらに才能を発揮していく。
「ウィル〜、お爺ちゃんと遊ぼう。さて今日は何して遊ぼうかのぉ」
「んとねぇ〜 オートマタのぶんかい!」
「お〜!それは面白そうじゃな。 たしかアルミラージがあったはずじゃ。さっそく取り掛かろう」
祖父は、その可愛らしい曾孫を溺愛し、自分の持ちうる全てを捧げて可愛がった。
今まで祖父が行っていた研究はヴィクターが請け負っている。
ある日、ヴィクターがアウレオラ組合から、ある仕事を任された。 その説明を受けて口論に発展していく。
「そんな事は出来ない! 生捕りのオートマタをこの国に入れるのは協定違反だ! 国際問題になるぞ!」
「わかっています。 ですから大森林の一角に設備を設けて、そこで研究をして頂きたいのです」
ヴィクター達が住むヴォルダーク帝国は高い城塞に囲まれ、その外側には大森林が広がっている。 その大森林を含む領地はヴォルダーク帝国の所有であり、法律や国家間の条約が適用される。
アウレオラ組合は人間の国『オルビスティア連邦』の機関であり、ヴォルダーク帝国はオルビスティア連邦との安全保障条約で生捕りのオートマタの出入りを禁じていた。
「森林の一角…それは皇帝陛下からの許可を得ているのか?」
「はい、既に陛下からはご了承頂いております。 ご安心ください」
「安心しろだと!? ふざけるなッッ! 生捕りの『ドラゴニュート』だぞ! お前達は!自国を危険に晒す行為に加担しろと言ってるんだ!わからないのか!」
「申し訳ございません…。 配慮がかけておりました」
そう深々と頭を下げるアウレオラの役員を見て、ヴィクターは少しばかり気が引けたて冷静さを取り戻した。
「…いや、俺の方もすまなかった。 少し言い過ぎたよ…。 しかし納得はいっていない。 俺には息子も居るんだ。 何かあった場合はどうする、もしドラゴニュートが逃げ出したら…」
「こちらの方で凄腕のハンターを用意しております。 万が一逃げ出した場合は、その場で討伐して機能停止にします」
「ん〜…仕方ない わかった、それでいこう… 陛下の意向に逆らうわけにもいかないからな…」
「ありがとうございます。 では、宜しくお願い致します」
数日後、ヴィクターは都市部から離れ、城塞を出て大森林へと向かった。
大森林の外れの木々を切り倒し、仮設の研究施設が建てられている。
それはヴィクターの家の数倍もあろうという大きさで、そこにアウレオラの役人と魔導技師数名が施設の中に入り、武装したハンターが施設の周囲を警戒していた。
研究が始まると、ヴィクターは自宅に帰らず、たまにスカーレットが魔導モービルに乗って着替えを取り替えにやって来た。
その時ウィリアムも顔を見せに来るが、いつもヴィクターは仕事に追われて10分ほどしか面会出が来なかった。
研究は難航を極めた。
オートマタの行動や学習パターン、使われている技術や仕組みの解明を行う。
襲われる危険性を常に念頭に置き、神経をすり減らす。
そんな日々が1年あまりも続いた。
仕事の最終日、この日は朝からスカーレットとウィリアムも施設に来ていた。
夕方になり、設備の解体業者と、オートマタの輸送用大型魔導モービルがやって来た。
大きな荷台にクレーンが搭載された魔導モービルを見て、研究の終わりを実感してヴィクターはホッと胸を撫で下ろす。
ヴィクターは外に出て、愛する妻と息子を抱きしめた。
「やっと終わるのね、これで帰れるんでしょ?」
「ああスカーレット、心配かけてすまない。 ウィルも許しておくれ。 今日から毎日家で会える、ずっと一緒だ」
「うん。 だからね、楽しみだな〜って思って、あんまり寝れなかった」
ヴィクターはウィリアムの頭を撫でて微笑んだ。
施設からオートマタの入った大きな檻が外に出された。
電撃術式が施された檻の中に、槍を持ったドラゴニュートが3体入っている。 その檻が12台もあった。
アウレオラ組合の役員が大きな声で指示を出す。
「よし! こっちに運搬モービルを回してくれ! 玉掛け技能のある者はこっちに来てくれ!説明する!」
数十分の説明の後、十数名の業者が一斉に仕事に取り掛かる。檻がクレーンで慎重に持ち上げられて、次々と荷台へ積まれていった。
全ての積荷が乗せ終わり、皆が安堵しながら笑顔を見せると、そのモービルは走り出し、森の外へと消えて行った。
しばらくして、運搬業者からアウレオラ組合の役員の無線に『無事に大森林を抜けた』と報告があった。
「よし!俺達も帰ろうか。 我が家に」
ヴィクターがスカーレットの手を握りしめ、笑顔で答えた。
「ふふっ 帰りの運転よろしく〜」
「よろしく〜」
スカーレットとウィリアムが楽しげにしている、ヴィクターはそれが嬉しかった。
仕事続きの毎日で心身ともに疲弊していたが、その笑顔で疲れがどこかへ飛んで行ってしまった。
「アハハ! よ〜し! パパのドライビングテクニックを見せてやろう!」
スカーレットの魔導モービルにまたがり、エンジンを始動させる。
甲高い蒸気の排出音が心地よい。
1台のモービルに、夫婦でウィリアムを挟む形で乗り、家へと向かった。
大森林を抜けてヴォルダーク帝国領内へ。 城塞を越えて街を抜けると、丘の上にある我が家が小さく見え始めた。
夕日が空を真っ赤に染めて、ヴィクターは流れる景色と、心地よい風、後ろに乗せた幸せを感じ、微笑みながらモービルのアクセルを回す。
ドスンッ!!
突然、ヴィクターの背中にとてつもない衝撃が走る。
その衝撃は、魔導モービルの車体を浮かすほどであった。
ヴィクターの顔は苦痛にゆがむ。
勢いよく放り出された親子3名が空中を飛び、その光景はヴィクターの脳裏に焼き付いた。
ヴィクターは、ゴツゴツとした地面に叩きつけられ、すぐに起き上がろうとするが、背中に鈍痛が響く。 額から血を流し左目を負傷、胸の辺りが熱く、息がしにくい。
それらを気にも止めずに、足を引きずりながら身体を動かした。
ただならぬ感情が、ヴィクターを愛する妻と息子の元へと突き動かす。
「スカーレット…! ウィル! こ、これはなんだ…? いったい何が起きてる…ッッ!」
スカーレットの背中には、槍のような物が突き刺さっていた。
その槍は、スカーレットを貫通してウィリアムまでも…。
妻と息子は血溜まりの中、ピクリとも動かない。
ヴィクターが辺りを見渡すと、空に異様な影が見えた。
「あれは… ドラゴニュート…!?」
ドラゴニュートが翼を広げてヴィクターの前に降り立ち、スカーレットから槍を引き抜いた。
そしてヴィクターの顔を見て、どこかへ飛び去ってしまった。
ヴィクターの目には、機械であるはずのオートマタが、ニヤリと笑ったように見えた。
「おい待てッ!! クソッッ!」
この場で殺された方がマシだという感情を抱いたのは初めての経験であった。
ヴィクターはすぐさまスカーレットとウィリアムの状態を確認する、すると重症だが、かろうじて息があった。
「よ、よしッ! 待ってろスカーレット!ウィル! 今助けてやるからな…ッッ! ゴホッ…! グッ…! 俺が…!必ず!」
ヴィクターは、倒れた魔導モービルを起こし、スカーレットとウィリアムを燃料タンクにうつ伏せに寝かせ、自分の上半身で抱え込むようにしてモービルを走らせた。
バックミラー越しに見た夕焼けに、異様な影が増えていく。
ヴィクターはそれに気づいたが、今はそれどころではない、全速力で自宅に向かった。
そのまま魔導モービルで自宅の玄関を勢いよく突っ込んで破った。
「お爺ちゃん…ッッ! スカーレットが…ウィルが…ッッ!! ゼェ…ゼェ… ゴホッ! 」
「ヴィクターか!?どうしたッ な、なんじゃ…? その姿は…」
ヴィクターの声を聞いて慌てて駆け寄った祖父の目に、愛する家族の見るも無残な姿が映った。
祖父がスカーレットの首に手を当てると、祖父は目を閉じて首を横に振った。
「ハァ…ハァ… ああ…そんな… 嘘だろスカーレット… 何でこんな…ッッ! お爺ちゃん!どうすれば良い!教えてくれ!」
「落ち着け、お前の傷も深い…。 動けるか? さぁこっちに来い、大丈夫か?」
祖父はヴィクターをソファーに連れて座らせた。
「あまり興奮するな…。 大丈夫じゃ、ワシがなんとかする…お前は少し休んでいろ… 良いな?」
「わ、わかった… ハァ…ハァ… ゴホッゴホッ…! 頼むよ…お爺ちゃん…」
「わかっとる… 安心して眠れ…」
その祖父の声に、安心したように眠りにつき、そのままヴィクターが目を覚ます事は無かった。
この日、親子3人は息を引き取った。
そして首都の空を舞うドラゴニュートが、住民を次々と襲い、ヴォルダーク帝国は壊滅的な打撃を受けた。
しかし、ヴォルダーク帝国が誇る騎士達の応戦により、ドラゴニュート36体はすぐさま破壊された。
そして…事態は思わぬ方向へと進んで行く…。
事件から4日後…。
襲撃したドラゴニュートが、ヴィクターの研究していたオートマタである事が報じられたのだ。
研究をしていたヴィクターが、誤って檻を解錠し、ドラゴニュートが逃げ出したという号外が出された。
しかし、祖父の知人からの情報で、原因はアウレオラが雇ったハンター達が給料の少なさに苛立ち、その腹癒せに、ドラゴニュートを解放したという事がわかった。
さらに祖父は、ヴィクターの両親の死因がオートマタの暴走によるものであると聞かされていたが、今回の事件でアウレオラに強い不信感が生まれ、その暴走事件の調査を知人に依頼した。
すると、オートマタが暴走したという事実は存在せず、娘夫婦が亡くなったのは、オルビスティア連邦内で起きた亜人差別による集団暴行である事が判明したのだ。
卑劣な人間共に嬲り殺された娘と、アウレオラに全ての罪を着せられた孫の無念、何の罪もない無垢な曾孫の死、祖父の怒りは頂点に越える。
激怒、激昂、憤激、憤怒、悲憤慷慨、形容しがたい怒りに身が震えた。
皇劫級魔導技師:ジョセフ・アルダナリア 256歳
世界に名高い魔導技師であり、その地位は僅か3名に絞られる。
ジョセフは鬼の形相で家を飛び出て、愛する家族が眠る墓に魔導モービルを走らせた。
そして墓を掘り起こし、孫夫婦と曾孫の遺体を回収して自宅に持ち帰る。
ジョセフは何週間も眠る事すら忘れて研究室に篭もり、何かを作り出していた。
そしてついに、それは完成する。
『生体オートマタ:01(ゼロ・ワン)』
それはとてもじゃないが、完成と呼んで良いのか迷う見た目をしていた、身体中にツギハギの跡が残り、無理に詰め込んだ臓器のせいで胴体は膨らみ歪んでいた。
美しかったヴィクターの顔は、無理やり繋ぎ合わせた所為で醜く変わり果てている。
しかし、その赤とピンクのオッドアイは、たしかにジョセフが愛した孫夫婦2人の物であった。
ジョセフは、ゼロワンと向かい合う形で椅子に座り、ゼロワンの目覚めを待った。
「 こ… ここは…。 あれ? 俺は… 」
「目が覚めたか、気分はどうじゃ?」
「お爺ちゃん… あれ…? 自分の意識がいくつも重なってて… 誰が自分なのか…わからない… 変だな…」
「お前の名はゼロワン。 ワシが作った生体オートマタじゃ。 孫夫婦の意識が残留しているようじゃな。 会えて嬉しいぞ…」
ジョセフは顔がやつれ、息も浅く、目の下の隈が、その疲れを物語っていた。
「お爺ちゃんが作った…? ゼロワン…が俺の名前?」
「カハハ… 急ごしらえで申し訳無いが、ワシもそろそろ眠る時間じゃ…。 良いかよく聞け…お前の使命は… ゴホッ…!」
「俺の…使命…?」
「お前の使命は…敵であるアウレオラに潜入する事…。 ハンターになればアウレオラ組合に出入りも出来よう… このメモリーにワシが集めたデータと仮説が入っとる…」
ジョセフは震える手でメモリーカードをつまんでゼロワンに見せた。
「不安は残るが仕方なかろぅ…。 コレをお前に託す…中は見るでないぞ…。 そして決して誰にも渡すな…この世界に革命でも起きん限りはな…。 時を待て…世界をひっくり返せる人にコレを渡すんじゃ… 良いな…? 詳しい事は…そこの手紙に書いておいた… ゴホッ…ゴホッ!」
ジョセフは立ち上がり、メモリーカードをゼロワンの首に埋め込んでボルトで蓋をした。
そして再び椅子に腰かけ、深いため息を吐いた。
「ふぅ〜… これで… ようやく…眠れるわい… 」
椅子から、ジョセフの腕が力なくダラリとずり落ちる。
「お爺ちゃん…? ねぇ起きてよ、お爺ちゃん …え?」
ジョセフは、ゆっくりと、眠るように息を引き取った…。
読んで頂き感謝です( *・ω・)
そんなあなたの今日の運勢は大吉です( *・ω・)




