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ツギハギの男⑦


 次の日、ヴィクターは自宅にある研究室の床に姿勢よくうつ伏せになり、わかりやすく落ち込んでいた。


 ヴィクターは打開策が思いつかず、後悔の念をグルグルと反芻する。


 その隣で祖父がカチャカチャと機械をいじっている。 祖父は、たまにヴィクターの方を見ては、黙ってそれを見守っていた。


 幼い頃に両親が死んだ時も、同じように落ち込んでいたのを思い出し、そっと黙って寄り添った。


「ねぇお爺ちゃん…。 この先も一緒に居たいと思える女性を怒らせた時…どうすれば良いかわかる…?」


 この日初めてヴィクターが口を開いた。 祖父としては、会話が出来るだけマシであると感じた。


「なんじゃ、珍しく青春しとるのか。 安心したわい、お前はちと真面目過ぎて心配しておったんでな。 そうさな…。 愛した女を怒らせた男が出来る事なんぞ、1つしかなかろう」


「えッ! なんかあるの!? 教えて!」


 ヴィクターは勢いよく起き上がり、祖父の顔にグイッと近づいた。


「カハハハ 急に復活しおってからに。 それはな、誠意を見せる事じゃ。 失いたくないという想いをぶつけ、みっともなくあらがえ。 それを恥と思って悲観するな、青春は生き恥さらしてなんぼじゃ。 ワシの若い頃なんか婆さんに」


「ありがとう!お爺ちゃん!俺!行ってくる!」



「っおい! まだワシと婆さんの青春の話が終わっとらんぞ! …行ってしもうた。 恥はかいても空回りはするなと伝えるつもりじゃったのに… ま、それも良かろう」


 ヴィクターは家を飛び出て走った。 スカーレットが働いているパン屋に向かって全力で。


 自分の体力が尽きる事を計算にも入れず、息をするのも忘れるほどに。


 パン屋の前まで来て中の様子を見ると、スカーレットがエプソン姿でレジに立っていた。


 ヴィクターは意を決し、カランッ!と勢いよく店のドアを開けて、人目をはばからずスカーレット目指して真っ直ぐ歩みを進める。


 スカーレットはヴィクターを見て驚いていた。


 そしてヴィクターは真剣な表情でレジの台に両手をダンッ!と置いて口を開いた。


「スカーレット!!」


「は、はあ!? アンタ!なな何しに来たんだい!?」



「俺の話を聞いてほしい!!」


「ちょっとうるさいよ…! 店内で騒ぐな…他のお客に迷惑だろ…!」



「聞いてくれ!!」


「うるさいって言ってんだろ!アンタの言い訳なんか聞きたくないんだよ!」



「愛してる!好きだ! 俺と!結婚してくれッッ!!」


 店内が静まり返り、お客が手に持っていたトレーを落とした。


 カランという軽い音が店内に響く。


 呆然と立ち尽くすスカーレット、そのエプソンが肩からずり落ちる。


 ヴィクターは自分の口から出た言葉に驚いたが、ここまで来たら引き下がれない。 全力で求婚しようと心に決めた。


 スカーレットは、突然の事に頭が真っ白になり、ヴィクターの言葉を理解するまでに多少の時間がかかったが、それを理解してからは、ボッ!と顔を真っ赤に染めて、ゆっくりと背を向け店の奥に隠れた。


「スカーレット!? スカーレット!!」


 レジの方からヴィクターの声が聴こえるが、スカーレットは今それどころではない。


 初めて男性に告白された、しかもそれが結婚という突拍子もない言葉でだ。


 スカーレットの中では、もう許す許さないの話ではなく、結婚するかしないかの話に発展してしまっていた。


 1人の男が店の工房からその様子を見ていた、パン屋の店長である。


 店長は『まんざらでもなさそうだな』と、そんな感想を内に秘めながらスカーレットに話しかけた。


「大丈夫かスカーレット。 なんなら、今日は休んで構わないぞ?」


「え、でもこんな… 休むっていっても…今外に出るのは…ちょっと…」


 両腕で真っ赤な顔を隠すスカーレットに、店長は仕方がないなと肩をすくめた。


「わかった。 じゃあ俺があの男を追い出すから、レジを任せるぞ? それで良いか?」


 スカーレットは顔を隠したまま、コクリとうなづいた。


 店長がヴィクターを追い出し、店のドアを閉めた。


 それからというもの、ヴィクターは毎日のようにスカーレットに結婚を迫った。


 そのたびに、スカーレットが恥ずかしそうに赤くなり、ヴィクターは店長に追い出され、いつしかそれが名物となり、パン屋の客足が増えた。


 店長も客も、若い2人の行く末が気になるが、どうもスカーレットが煮え切らない。


 痺れを切らした店長が、ヴィクターを追い出すと同時にスカーレットも店の外に追い出した。


「スカーレット! 俺と結婚してくれ! 頼む!」


「…。 あーもうッ!! わかったよ…」


 スカーレットは覚悟を決め、顔を真っ赤にして受け入れた。


 その言葉にヴィクターが戸惑い、その意味を聞き返す。


「わ、わかったというのは…つまり?」


「…結婚してやるって言ってんのよ!」


 しばしの沈黙のあと、ヴィクターは両拳を天高く突き上げた。


「よっしゃァァアアッッ!!」


 辺りに響くヴィクターの歓喜の叫び。


 その場に居合わせた通行人や、店中から人がゾロゾロと出て来て、皆が笑顔で『おめでとう!』と拍手が鳴り続く。


 まるでコンサートでスタンディングオベーションを浴びるかのように。


 ヴィクターにとっては、今までに感じたことのない幸せと喜びに満ちた瞬間であった。


読んで頂き感謝です( *・ω・)

そんなあなたの今日の運勢は吉です( *・ω・)


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