ルーン文字はドワーフの英知
今日は、ドワーフの鍛冶仕事で重要とされる『ルーン文字』なる物の授業だ。 これは実に難解である。
しかしゼイールの姿が見えない。
ネルデ先生に聞いてみたところ、ゼイールは今日から戦闘訓練が始まるらしい。
戦闘訓練か、前世を思い出すな。 懐かしい。
私も後5年もすれば戦闘訓練を始めるのだろう、今から身体を鍛えておくか。
ネルデ先生の授業が進むと、ルーン文字という物の特徴と性質を説明しだした。
ネルデ先生は黒板に丸を描いた。
「では坊っちゃん。 仮に『◯』という文字があるとして、この発音を『あ』、文字の名を『ヤバイ』としましょう、ヤバイの意味はいくつありますかな?」
「ヤバイは、あやふやな言葉だからなぁ…。 感激、危険、称賛、落胆、嫌悪…ですか?」
「そうですな。
文字の名に複数の意味があるのです。 それと同時に、発音のみを表す文字とも言えるわけです」
「なるほど…まるで暗号ですね。
なかなか難しい…でも面白い。 兄様がこの授業を受けられなくて残念です」
「何を言っておられる、ゼイール坊っちゃんは予習として参加しておられたのです。
すでにこの授業は終え、トレイス坊っちゃんとの授業の後で、さらに別の授業を受けておるのですぞ」
「ええっ? そうだったんだ、兄様はそんなこと一言も…」
もしかしたら、私が寂しがらないようにわざと予習として側に居てくれたのかも知れないな。
「まぁ、もっとも、トレイス坊っちゃんはすでに国立中等学校で受ける授業内容を終えておりますが…。
ワシ、坊っちゃん達に教えるまで、城でルーン文字の授業なんぞしたことありませんでしたぞ…」
学校があるのか…まぁそりゃそうか。
「じゃあ…兄様がしてた勉学ってどんなレベルなんです?」
「国立大学の入試を軽く超えるほど高度な内容となっております。
毎日寝る間も惜しんで授業内容を考え、坊っちゃん達に教えているワシの苦労…わかってくださいましたかな?」
「あ、はい」
だからいつも授業中に寝たりしてたのかこの人。
そう言われてみれば、前世で科学部門の主任だった私が難しいと思えるほどの授業なのだから、レベルがおかしいとは思っていた。
そうか、すでにレベルがおかしい所まで進んでいたのか。
これがこの世界の義務教育でなくて本当に良かった。
少し安心したのと同時に、やはりゼイールはとても凄い人なのだと再確認した。
「それと坊っちゃん。 ルーン文字はドワーフの英知、他種族においそれと教える事は出来ませんからな。
ご内密に願いますぞ、この事が外に漏れれば何をされるか分かりませんからな」
「な、なるほど…。 気をつけます」
授業を進めてみると、ネルデ先生は不思議な事を言い出した。
ルーン文字というのは、魔法陣を描く必要が無く、文字を彫ればそれが魔法へと変換されるという物なのだそうだ。
それはありがたい代物だ、魔法陣はかなり難解な術式で少し苦労していたからだ。 これは勉強のしがいがある。
ネルデ先生は黒板に『ᛃ ᚢ ᛒ ᚨ ᚲ 』という5文字のルーン文字を描き始めた。
「え〜、この読み方は『イェーラ - ウルズ - ベルカノ - アンサズ - カウナン(※ルーン文字の名)』です、次に…」
次は『ᛊᚨᛈ ᛃᚢᛊᚲ ᛊᛏᛖ ᛃᚢᚹᛖ ᚹᛁᚺᛟ ᚠᛁᚱ 』という21文字を黒板に描いた。
「こちらの読み方は『サプ - ユスク - ストエ - ユワエ - ウィホ - フィル(※この世界の言語)』ですな、意味はどちらも『研鑽し、聖なる炎で武具を強化せよ』となるわけです、おわかりになられますかな?」
「……なるほど?」
前者は文字の名に意味があり、後者は文字が組み合わさる事で言葉を作り出す。
共通の文字を、表意文字として扱うか、表音文字として扱うか選べる…みたいな事か。
漢字とアルファベットを掛け合わせたような文字だな。
しかもこの『ᚲ』カウナンとかいう文字、発音が『k』で 、文字の意味が『炎、知識、病(解釈による)』なのだとか。 …難解だな。
これは読む側ではなく、文字を扱う側の解釈が結果を左右するな。
もし、この文字の知識を失ったら、ほぼ解読は不可能になるのでは…?
いや他の種族からしたら、すでに解読不可能な文字なのか? だから門外不出の文字なのだろうな。
なるほど…。
セキュリティとしての機能もあるわけだ。
「しかし…なんでこんなに文字数が異なるのに意味が同じなんですか? 少なく済むならそれに越したことはないでしょう?」
ネルデ先生が言うには『知識力と技術力の差を埋めるためではないか』と仮説を立てていた。
「つまりですな?
鍛冶師の知識とは努力の賜物、勤勉であればあるほど年月を学問に奪われ技術力を高める事が難しくなる。
故に、複数の意味を持つ文字を使って文字数を減らす。
同様に、鍛冶師の技術も努力の賜物、高度な技術力を身につけるには長い年月が必要となるわけです。
ですからそういった職人は文字の意味まで熟知するに至らない。
故に、意味を持たない複数の文字を組み合わせて使うため、文字数が多くなるというわけですな。
こういった背景があって出来た文字がルーン文字ではないかと考えられます」
なるほど、知識と技術力か。
たしかに、どちらかに偏りがちな研究者と職人には持って来いの文字ってわけだ。
まさにドワーフのためにある文字だな。
「ところで坊っちゃん。 魔法陣の勉強は進んでおりますかな?」
「いえ、あまり進んでいません…。 図形の意味が記された魔導書が無かったもので…。 一応ノートに仮説程度にメモしているんですが」
私はネルデ先生にノートを手渡した。
「ほう、どれどれ…。 …! …。 …。…!?
なッ!? これを坊っちゃんが!? 素晴らしい…。
実は…書斎で術式の基本となる魔導書を発見したので持って来たのですが。
必要無かったやも知れませんな…」
ネルデ先生は、基礎となる図形の意味が記された魔導書を持って来てくれたのだ。
「え! そんなものがあるんですか!? 読みたいです! ぜひ貸してください!」
「ほっほっ 良いですとも、良いですとも。
ぜひお使いくださいまし。 ほほっ
では、ルーン文字の授業を再開いたしますぞぅ?
まず、基本となる文字についてですが」
ネルデ先生は意気揚々と授業を再開した。
その日から、私は授業が終わると身体を鍛えながらルーン文字の勉強を始めた。
なんか筋肉が付きやすい気がするな。 これはドワーフの血統が関係するのだろうか?
読んで頂き感謝です( *・ω・)
そんなあなたの今日の運勢は末吉です( *・ω・)