第9話「新たな脅威の兆し」
魔物の人工強化事件から1週間が経った。
「パターンが見えてきたな……」
地下空間のモニタールームで、俺は収集したデータを分析していた。壁一面に貼られた日本地図には、異常事例の発生場所が赤いピンで示されている。
東京7件、大阪5件、名古屋3件、福岡2件、仙台1件……
「大都市圏を中心に発生している」
しかも、発生タイミングには明確な規則性があった。いずれも民間攻略会社が新しい難易度のダンジョンに挑戦する直前、または技術レベルが大幅に向上したタイミングで起きている。
「まるで彼らの成長を意図的に阻害しようとしているみたいだ」
最新の事例では、『サンダーストーム』が初のS級ダンジョン挑戦を予定していた矢先、対象ダンジョンの難易度が異常に上昇した。結果的に、彼らは挑戦を延期せざるを得なくなっている。
「これは偶然じゃない。確実に何者かが暗躍している」
俺は立ち上がって、大型モニターに全国の魔力分布図を表示させた。通常とは異なる魔力パターンが、いくつかのダンジョンで確認されている。
「この魔力パターン……人工的に作られたものだ」
自然発生の魔力とは明らかに異なる、規則正しい波形を示している。しかも、その技術レベルは相当高い。
「政府の魔力対策部隊でも、こんな精密な魔力操作は困難だろう」
ということは、政府機関ではない別の組織が関与している可能性が高い。
高校では、冒険者業界の話題に変化が生じていた。
「最近、なんか事故が多いよね……」
美咲が心配そうに呟いた。
「事故?」
「ほら、『サンダーストーム』のS級ダンジョン挑戦が延期になったり、『フェニックス・コーポレーション』が想定外の強敵で苦戦したり……」
確かに、一般の人々も異常事態に気づき始めているようだった。
「でも『白い守護天使』がちゃんと助けてくれてるから大丈夫でしょ?」
「そうだけど……なんか最近の事件って、ちょっと変じゃない?」
美咲の直感は鋭い。確かに最近の事件は、従来のダンジョン事故とは性質が違う。
「どう変なの?」
「うーん、うまく言えないけど……まるで誰かが意図的に冒険者を困らせてるみたいな感じ?」
俺は内心で驚いた。美咲のような一般人でも、異常さを感じ取っているのか。
「そんなことするメリットがある人なんているの?」
「分からないけど……でも、最近の冒険者ブームを快く思わない人がいてもおかしくないよね」
確かに、その可能性はある。急速に成長する民間攻略会社の影響で、既存の権力構造に変化が生じている。その変化を望まない勢力が存在するかもしれない。
授業中、俺は美咲の推理について考えていた。
「冒険者ブームを快く思わない勢力……」
政府の一部部門、既存の魔力能力者組織、あるいは全く別の第三勢力。可能性は複数ある。
放課後、俺は本格的な調査を開始することにした。
まずは、異常事例が発生したダンジョンの現地調査から始める。魔力蜘蛛のネットワークだけでは限界があるため、直接足を運んで詳細を確認する必要がある。
最初の調査地点は、昨日異常が確認された千葉の『深緑の迷宮』だった。
ダンジョン入り口で透明化し、内部の魔力状況を詳しく調べる。
「これは……」
最深部で発見したのは、明らかに人工的な魔法陣だった。複雑な幾何学模様が床に刻まれており、そこから不自然な魔力が放射されている。
「魔物強化用の魔法陣か」
陣の構造を分析すると、ダンジョン内の魔物に対して段階的な強化を施すシステムだということが分かった。しかも、外部からの遠隔操作が可能な設計になっている。
「相当高度な技術だ……一体誰が作ったんだ?」
魔法陣の一部に、微かに残る魔力の痕跡があった。その魔力パターンを記憶し、俺は次の調査地点に向かった。
2つ目の調査地点は神奈川の『氷雪の洞窟』。ここでも同様の魔法陣を発見した。
「パターンは同じだが、魔力の痕跡が微妙に違う」
複数の術者が関与している可能性がある。しかも、全員が相当な実力者だ。
3つ目、4つ目と調査を続けるうちに、俺は重要な発見をした。
「これらの魔法陣、全て同じ組織が設置している」
魔法陣の構造的特徴や、使用されている魔力技術に共通点があった。バラバラの犯行ではなく、組織的な活動だった。
「民間攻略会社の成長を阻害することが目的の、秘密組織……」
俺は慎重に証拠を収集しながら、調査を続けた。
夜遅く、地下空間に戻った俺は、収集した情報を整理した。
「確実に組織的犯行だ」
5箇所のダンジョンで発見した魔法陣は、全て同一組織の手によるものだった。技術的特徴、魔力パターン、設置方法、全てに一貫性がある。
「でも、なぜ民間攻略会社を標的にするんだ?」
動機を考えてみると、いくつかの可能性があった。
既存の権力構造を維持したい政府内部の保守派
民間会社の成長で立場が危うくなった既存組織
全く別の目的を持つ第三勢力
どれも可能性はあるが、決定的な証拠はない。
その時、モニターに緊急アラートが表示された。
「また異常事態?」
今度は札幌のダンジョンで、『ノーザンハンターズ』というチームが予想外の強敵と遭遇していた。
「これもまた魔物強化の仕業か」
俺は即座に現場に向かった。瞬間移動で札幌上空に到着し、ダンジョンの状況を確認する。
予想通り、ダンジョン内の魔物が異常に強化されていた。『ノーザンハンターズ』は必死に応戦しているが、想定を超える敵の強さに苦戦している。
「このままでは全滅の危険性がある」
俺は『白銀の審判者』として介入した。
「皆さん、私が対処します」
強化された魔物たちを一瞬で無力化し、『ノーザンハンターズ』のメンバーを安全な場所に避難させる。
「ありがとうございます、白い守護天使様」
「最近、こうした異常事態が頻発しています。しばらくは十分注意してください」
俺は彼らに警告を与えてから、ダンジョンの最深部に向かった。
予想通り、そこにも人工的な魔法陣があった。
「またしても同じパターンか」
しかし今回は、魔法陣がまだ稼働中だった。リアルタイムで魔物を強化している最中に発見したのだ。
「これはチャンスだ」
俺は魔法陣の魔力回路を逆探知し、操作者の位置を特定しようと試みた。
微弱な魔力線が、ダンジョンの外部に向かって伸びている。その先は……
「東京方面?」
具体的な場所までは特定できなかったが、操作者が東京にいることは確実だった。
「ついに手がかりを掴んだ」
翌日、俺は東京都内の詳細調査を開始した。
魔力線の方向を頼りに、可能性のある場所を絞り込んでいく。新宿、渋谷、池袋……都心部のいくつかのビルが候補に上がった。
「この中のどこかに、例の組織の拠点がある」
しかし、闇雲に調査するのは効率が悪い。もう少し情報を集める必要がある。
その時、新たな異常事例が発生した。
今度は大阪の『関西ハンターズ』が標的になっていた。俺は再び現場に急行し、同様の手法で魔力線を逆探知する。
「今度は大阪市内から操作されている」
東京だけでなく、大阪にも拠点があるらしい。
「全国規模の組織か……想像以上に大きな相手だな」
俺は慎重に情報を蓄積していった。急いで行動すれば、相手に警戒される可能性がある。
1週間かけて詳細な調査を続けた結果、俺は重要な発見をした。
「魔力線のパターンから判断すると、東京と大阪の拠点は連携して活動している」
統一された指揮系統の下で、全国の民間攻略会社を標的にした妨害工作を展開している。
「これは想像以上に深刻な事態だ」
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