第7話「民間攻略会社の台頭」
俺の自重方針から1ヶ月が経った。
「これは……予想以上の成果だな」
地下空間のモニタールームで、俺は最新の統計データを眺めていた。民間ダンジョン攻略会社の成功率が前月比で180パーセント向上している。新人冒険者の育成も順調に進んでいるようだ。
「やはり俺が手を引いた効果が現れている」
中低難易度のダンジョンを他の冒険者に任せるようになってから、彼らの実戦経験が飛躍的に増加した。その結果、技術レベルの向上と新しい戦術の開発が促進されている。
大型モニターには、全国各地で活動する民間攻略会社のリストが表示されていた。
「『ドラゴンハンターズ』、『フェニックス・コーポレーション』、『サンダーストーム』……」
どの会社も順調に成長している。特に『サンダーストーム』は、美咲が注目していたチームだったな。
最新の活動報告を確認すると、彼らは先週A級ダンジョンの攻略に成功していた。リーダーの雷魔法使いを中心とした5人チームで、戦術の完成度も高い。
「素晴らしい成長ぶりだ」
俺は素直に感心していた。人間の成長速度は想像以上に早い。適切な環境さえ整えば、短期間で劇的な進歩を遂げることができる。
高校では、冒険者ブームの話題で持ちきりだった。
「琴音ちゃん、見て見て!『サンダーストーム』の新しい映像!」
美咲が興奮してスマートフォンの画面を見せてくる。そこには、雷魔法を駆使してドラゴンと戦う青年の姿が映っていた。
「すごいねー」
「でしょ?この前のA級ダンジョン攻略の時の映像なの。本当にカッコいい!」
確かに、映像を見る限り、彼らの技術レベルは相当高い。チームワークも申し分ない。
「最近、冒険者って人気職業になってるよね」
「うん!政府も民間会社を積極的に支援してるし、給料もすごくいいんだって」
実際、冒険者の待遇は大幅に改善されていた。危険な仕事ではあるが、それに見合った報酬と社会的地位が約束されている。
「琴音ちゃんも興味ない?適性検査の結果、悪くなかったでしょ?」
「う、うーん……私には向いてないと思うよ」
実際は、俺の魔力レベルは彼ら全員を合わせても足りないほどだが、そんなことは言えない。
「でも、最近の冒険者業界の発展ってすごいよね。『白い守護天使』の影響もあるのかな?」
「どういうこと?」
「ほら、『白い守護天使』が超高難易度の案件だけを担当するようになってから、他の冒険者が活躍する機会が増えたじゃない?」
美咲の分析は的確だった。確かに俺の方針転換が、業界全体の成長に貢献している。
「みんな、『白い守護天使』に憧れて頑張ってるんだと思う」
憧れ、か。それは予想していなかった効果だった。俺の存在が、他の冒険者たちのモチベーション向上にも繋がっているらしい。
放課後、俺は街中で民間攻略会社の実際の活動を観察することにした。
渋谷のダンジョン前には、『イーグルアイ』という会社のメンバーが準備をしていた。4人チームで、全員が20代前半の若者だ。
「今日のターゲットはB級ダンジョン『古の遺跡』です」
リーダーらしき男性が他のメンバーに説明している。
「モンスターの種類は主にゴーレム系。物理攻撃が有効です」
「回復役の私は後方支援に回ります」
「了解。それじゃあ行こうか」
彼らの連携を見ていると、確実に成長している実感がある。半年前なら、こんな綿密な作戦会議はできていなかっただろう。
俺は透明化して、彼らの攻略過程を観察することにした。あくまで見守るだけで、手は出さない。
ダンジョン内部での彼らの動きは想像以上に洗練されていた。各メンバーが自分の役割を完璧に理解し、無駄のない戦闘を展開している。
「ファイアボール!」
「シールド展開!」
「ヒーリング!」
魔法の詠唱も早く、判断力も優れている。このレベルなら、B級ダンジョンは問題なく攻略できるだろう。
実際、彼らは2時間でダンジョンを完全攻略した。ボスモンスターのゴーレムキングも、見事な連携攻撃で撃破している。
「やったー!今回も成功だ!」
「これで連続攻略記録更新ね」
「次はA級にチャレンジしてみる?」
彼らの嬉しそうな表情を見て、俺も満足していた。これこそが俺の望んでいた状況だった。
夕方、別の現場でトラブルが発生した。
新宿の『フェニックス・コーポレーション』がA級ダンジョンで苦戦していると、魔力蜘蛛からの報告があった。
「これは……少し危険かもしれない」
モニターで状況を確認すると、彼らは想定以上に強力なボスモンスターと遭遇していた。フレイムドラゴンとの戦闘で、既に2名が負傷している。
「介入すべきか……?」
俺は迷った。自重方針に従えば、彼らの成長のために見守るべきだ。しかし、命に関わる状況なら話は別だ。
さらに数分観察を続けた結果、彼らが独力で状況を打開し始めた。負傷者を安全な場所に避難させ、残りのメンバーで見事な戦術を展開している。
「氷魔法でドラゴンの動きを封じて……」
「その隙に弱点の心臓部を狙撃!」
「成功!」
フレイムドラゴンが倒れ、彼らの勝利が確定した。
「素晴らしい……完全に独力で解決した」
俺は心から感動していた。半年前なら絶対に不可能だった戦闘を、彼らは自分たちだけで成し遂げたのだ。
この時、俺は確信した。自重方針は正しかった。人々は俺が思っている以上に強く、成長する可能性を秘めている。
その夜、地下空間で俺は今後の方針について考えていた。
「民間会社の成長速度は予想を上回っている」
統計データを見る限り、このペースなら半年後には現在のS級ダンジョンにも挑戦できるチームが現れるかもしれない。
「そうなれば、俺の出番はさらに減る」
それは少し寂しい気もするが、世界全体の安全を考えれば理想的な状況だ。『白銀の審判者』に頼らなくても、人々が自分たちで世界を守れるようになる。
「でも、完全に引退するわけにはいかない」
真のS級脅威や、未知の危険に対しては、やはり俺の力が必要だろう。役割を変化させながら、世界を守り続ける必要がある。
翌朝のニュースでは、民間攻略会社の躍進が大きく報道されていた。
「民間ダンジョン攻略業界、過去最高の成功率を記録」
「政府、民間会社への支援をさらに拡大」
「新たな雇用創出と経済効果に期待」
朝食の席で、父親が感心したように言った。
「すごい成長ぶりだな。『白い守護天使』が高難易度案件に専念するようになってから、他の冒険者のレベルが急上昇してる」
「いいことよね。みんなが活躍できる社会の方が健全だわ」
母親の言葉に、俺は深く頷いた。
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