第5話「二重生活」
16歳になった俺は、もはや人間の枠を超えた存在になっていた。
高校1年生として学校に通う表の顔は相変わらず完璧だったが、世界そのものが大きく変わっていた。3年前から世界各地で「ダンジョン」と呼ばれる異空間の出現が相次ぎ、人類は新たな脅威と向き合うことになった。
「おはよう、琴音ちゃん」
「おはよう、美咲ちゃん」
美咲とは中学から同じ高校に進学し、今でも親友として付き合っている。彼女は俺の正体を全く知らないが、それでいい。この平穏な関係こそが、俺にとって大切な宝物だった。
「昨日のニュース見た?また新しいダンジョンが出現したって」
「うん、見たよ。東京湾に巨大なダンジョンが……」
実際、俺は昨夜その東京湾ダンジョンを調査していた。内部は異世界そのもので、現実では見たことのない魔物たちが跋扈している。政府の魔力対策部隊では手に負えないレベルの危険地帯だった。
「怖いよね。魔物が街に出てきたらどうしよう」
「大丈夫だよ、政府の人たちが頑張ってくれてるから」
そして俺も頑張っている。『白銀の審判者』として、この3年間で50以上のダンジョンを単独攻略し、魔物の街への侵入を阻止してきた。もちろん、そのことを美咲が知ることはない。
「でも琴音ちゃんって、なんか最近すごく落ち着いてるよね。大人っぽいっていうか」
確かに、魔力を極限まで鍛え上げた結果、俺の精神状態も変化していた。16歳の体に宿るのは、もはや常人を遥かに超えた存在の心だった。でも、美咲の前では意識的に普通の高校生として振る舞っている。
「そうかな?気のせいだよ」
「うーん、でも最近の琴音ちゃんって、なんか近寄りがたいオーラがあるよ。すごく綺麗だけど、女神様みたい」
女神様……悪くない評価だ。実際、俺の外見は16歳の高校生とは思えないレベルに達している。魔力による美化効果で、モデルや女優を遥かに上回る美貌を手に入れていた。
放課後、俺は地下空間で最新の能力開発に取り組んでいた。
この3年間で地下空間はさらに巨大化し、今や地下都市と呼べるレベルに達している。縦横1キロメートル、深度100メートルの巨大空間。魔力で構築された完璧な秘密基地だった。
中央の大修行場で、俺は新たな技術の最終調整を行っていた。
「『領域展開』の完成度確認」
俺の周囲に直径500メートルの魔力領域が展開される。この領域内では、俺が絶対的な支配者となる。物理法則さえも俺の意志で変更可能だ。重力の操作、時間の遅延、空間の歪曲、全てが思いのままになる。
「完璧だ……これでダンジョンの魔王クラスとも戦える」
次に確認したのは、『白銀の軍団』召喚だった。魔力で作り出した騎士たちが俺の周囲に現れる。一体一体が俺の分身に近い戦闘能力を持ち、最大1000体まで同時展開可能だった。
「これで軍隊規模の敵とも戦える」
さらに『次元断裂』の練習。空間そのものを切り裂く究極の攻撃魔法だ。理論上は、どんな防御も無効化し、どんな敵も一撃で倒せる。ただし、魔力消費が激しく、連続使用は危険だった。
「これが現在の俺の最大火力か」
最後に『時空操作』の確認。時間を数秒間停止させたり、空間を瞬間移動で跳躍したり、過去の自分の魔力残滓と会話したりできる。まだ完全ではないが、実用レベルには達していた。
「もはや神の領域だな」
客観的に見て、俺の能力は人間の範疇を完全に超えている。魔王や神話の存在に匹敵するレベルだろう。
でも、これだけの力を持ってもなお、俺は慎重だった。世界には俺の想像を超える強敵がいるかもしれない。特に、ダンジョンの最深部に眠る存在たちは未知数だった。
夜11時、俺は今夜の巡回に出発した。
最近は犯罪組織よりもダンジョンからの魔物流出が主な脅威になっている。政府の対策も追いついておらず、『白銀の審判者』の出番が急増していた。
今夜の目標は、新宿に出現した中級ダンジョンの調査だった。魔力蜘蛛からの報告によると、内部で大型魔物の活動が活発化している。放置すれば街に被害が及ぶ可能性があった。
『白銀の審判者』モードに完全変身。白銀の髪、琥珀色の瞳、神聖な外套、成人女性の神聖な声。そして新たに加わった要素、『神威』の発散。俺の存在そのものが神々しいオーラを放ち、周囲の空気が聖別される。
「よし、ダンジョン攻略開始だ」
新宿のビル群の一角に出現したダンジョンの入り口。直径10メートルほどの暗い穴が、地面に口を開けている。政府の立入禁止テープが張られているが、もちろん俺には関係ない。
透明化して警備の目をかいくぐり、ダンジョン内部に侵入する。
内部は薄暗い洞窟になっており、湿った空気が流れている。魔力感知で周囲を探ると、奥の方に強力な魔物の反応があった。
「B級ダンジョンにしては強力だな」
歩きながら、道中の雑魚魔物を処理していく。ゴブリン、オーク、スケルトン……どれも俺の魔力に触れただけで浄化されて消滅する。戦闘というレベルではなかった。
ダンジョンの最深部で、ついにボス魔物と遭遇した。
「これは……レッサードラゴンか」
体長20メートルはある巨大な竜が、俺を見下ろしている。口から炎を吐き、鱗は鋼鉄より硬い。B級ダンジョンのボスとしては規格外の強さだった。
「グルルル……何者だ、その神聖な魔力は」
竜が人間の言葉を話した。これは予想外だった。
「私は白銀の審判者。貴方がこのダンジョンから出ないなら、見逃してあげても構いません」
「ほう、面白い。だが我は退屈している。人間どもの街で暴れてみたいものだ」
「それは困ります」
交渉は決裂した。俺は戦闘態勢を取る。
レッサードラゴンが最初に放ったのは、ブレスファイア。超高温の炎が俺を包み込む。しかし、『白銀の外套』が全ての炎を無効化した。
「そんな……我の炎が通じない?」
次に竜が繰り出したのは物理攻撃。巨大な爪で俺を押し潰そうとする。俺は『白銀の刃』千本を同時展開し、爪を完全に切断した。
「ぐああああ!」
「まだまだですね」
俺は『領域展開』を発動。周囲500メートルが俺の支配領域となり、竜の動きが極端に鈍くなる。重力を10倍に増加させたのだ。
「こ、これは何だ……体が重い……」
「これで終わりです。『次元断裂』」
空間を切り裂く究極の斬撃が竜を貫いた。どんな防御も意味をなさない攻撃。レッサードラゴンは一瞬で消滅した。
「戦闘時間、3分か。もう少し楽しめると思ったんだが」
ダンジョンのボスを倒したことで、ダンジョン自体が崩壊を始める。俺は瞬間移動で地上に脱出した。
地上に出ると、政府の魔力対策部隊が到着していた。
「あ、あの方は……」
「白い守護天使だ!」
隊員たちが俺を見つけて駆け寄ってくる。最近は政府関係者との接触も増えていた。
「お疲れ様でした。ダンジョンの状況はいかがでしたか?」
部隊長らしき男性が丁寧に挨拶してくる。
「クリア完了です。もう魔物が街に出ることはありません」
「ありがとうございます!いつも我々が手に負えない案件を……」
「それが私の使命ですから」
実際、政府の魔力対策部隊では手に負えない案件が増えている。ダンジョンの高難易度化が進み、従来の戦力では対応できなくなっていた。
「もしよろしければ、正式に政府の魔力対策部隊に参加していただけませんか?待遇は最高級を保証します」
この申し出は何度も受けている。しかし、俺の答えは決まっていた。
「お気持ちは嬉しいですが、私は自由に動きたいのです。組織に縛られるのは好みません」
「そうですか……残念ですが、仕方ありませんね」
組織に属してしまえば、俺の正体がバレるリスクが高くなる。それに、『白銀の審判者』は誰の命令も受けない存在でなければならない。
透明化して部隊から離れ、家に向かう。今夜も無事に任務完了だった。
翌朝、ダンジョン攻略のニュースが大々的に報道された。
「昨夜、新宿のダンジョンが謎の攻略により消失。例の『白い守護天使』の関与が確実視されています」
朝食の席で、家族がニュースについて話している。
「すごいわね、また一人でダンジョンを攻略したのね」
「化け物級の強さだよな。政府の魔力対策部隊でも苦戦するダンジョンを一人で……」
「でも良い人だから安心ね。悪い魔物をやっつけてくれるし」
俺はトーストを齧りながら、内心で満足していた。
学校でも、この話題で持ちきりだった。
「白い守護天使、また活躍したのね!」
美咲が興奮して話している。
「本当にすごいよね」
「琴音ちゃんは白い守護天使についてどう思う?」
「きっと、世界を守ってくれる人なんだと思う。すごく強くて、でも優しい人」
これは俺の本音でもあった。力を持つ者の責任として、世界を守ることは当然だと思っている。
「今度実物を見てみたいな」
「でも危険な場所にしか現れないから、会える機会はないと思うよ」
そんな会話をしながら、俺は放課後の予定を考えていた。
最近、海外からも『白銀の審判者』に関する情報収集の動きがある。各国の政府や魔力組織が俺の正体を探ろうとしているようだ。
「面白くなってきた」
でも、俺の正体を暴くのは不可能だ。完璧な偽装技術と、人間を超えた能力。そして何より、誰も『白銀の審判者』が普通の高校生だとは思わないだろう。
これからも俺は二重生活を続ける。昼は美咲たちと笑い合う普通の高校生として、夜は世界を守る『白銀の審判者』として。
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