最終話「一番大切なこと」
マスター・キメラとの最終決戦から1週間が経った。
「おはよう、琴音ちゃん!」
いつものように登校途中で美咲と会った俺は、彼女の変わらない笑顔にほっとしていた。記憶調整は完璧に機能し、美咲は誘拐事件のことを全く覚えていない。
「おはよう、美咲ちゃん」
「今日もいい天気だね。なんか最近、世界が平和になったような気がしない?」
美咲の何気ない言葉に、俺は内心で苦笑いした。確かに世界は平和になった。Project Chimeraという巨悪が消えたのだから。
「そうかもね」
「ニュースでも、最近は魔力能力者関連の事件が激減してるって言ってたし」
「それはいいことだね」
学校に着くと、大きな変化が起きていることに気づいた。
「あれ?校門に新しい看板が」
美咲が指差した先には、『魔力教育認定校』という金色のプレートが設置されていた。
「ついに正式に認定されたのね」
「琴音ちゃんも、魔力適性検査受けてみなよ。絶対に何か才能があるって」
美咲の勧めに、俺は苦笑いするしかなかった。
「私はいいよ。美咲ちゃんが頑張ってくれれば十分」
「そうかなぁ……」
教室に入ると、クラスメイトたちが興奮して話し合っていた。
「聞いた?政府が『魔力能力者支援法』を可決したって」
「ええ、すごいよね。魔力能力者の社会的地位が大幅に向上するんだって」
「それに、民間企業との連携も強化されるらしい」
俺は興味深く聞いていた。これもProject Chimeraの影響が排除された結果だろう。
授業中、先生が重要な発表をした。
「来月から、この学校でも本格的な魔力教育がスタートします」
「希望者は魔力適性検査を受け、適性に応じたクラス分けを行います」
「また、優秀な成績を収めた生徒には、ゼフィラス・アカデミーへの特別推薦枠も用意されています」
クラス中がざわめいた。
「ゼフィラス・アカデミーって、あの有名な学校?」
「入学するのがすごく難しいって聞いたことがある」
美咲が俺の方を見て、小さく頷いた。彼女にとって、その学校は既に身近な存在だった。
放課後、俺は地下空間に向かった。
「おかえりなさい、司令官」
アインが出迎えてくれたが、その表情は以前より穏やかになっていた。戦争が終わったことで、緊張感が和らいでいるのだろう。
「お疲れ様です。戦後処理の状況はいかがですか?」
「順調に進んでいます」
ツヴァイが詳細を報告してくれた。
「Project Chimera関連施設の摘発が全世界で完了しました」
「被害者の救出・治療も、最後の一人まで完了しています」
ドライが追加報告をした。
「総救出者数2,847名。全員が新しい人生をスタートしています」
司令室に入ると、大型モニターに世界地図が表示されていた。
以前は赤い警告マークが無数に点滅していたが、今はすべて緑色の平和マークに変わっている。
「美しい光景ですね」
俺は感慨深く画面を見つめた。
「はい。これまでの戦いが報われた瞬間です」
アインが同感を示した。
「それで、これからのゼフィラス・エテルナの方針ですが」
「平和維持活動への転換は順調ですか?」
「はい」
三人が揃って答えた。
「各支部も新体制に移行し、建設的な活動を開始しています」
大型モニターが世界各支部の現況を表示した。
北米支部:教育事業とIT技術開発に注力
ヨーロッパ支部:環境保護と文化事業を推進
南米支部:農業技術と生態系保護を継続
アフリカ支部:通信インフラ整備と教育支援を拡大
「素晴らしい方向転換ですね」
「各支部長たちも、新しい活動に生きがいを感じているようです」
アインが嬉しそうに報告した。
「戦うことから、創造することへ」
「これが本来のゼフィラス・エテルナの姿です」
「日本国内の状況はどうですか?」
「政府との協力体制が正式に確立されました」
ツヴァイが政治的な成果を説明した。
「田中財務大臣を中心とした新政策により、魔力能力者の社会統合が急速に進んでいます」
「先ほど学校で聞いた『魔力能力者支援法』も、その一環ですね」
「その通りです」
「それに」
ドライが興味深い情報を追加した。
「ゼフィラス・グループの企業活動も、社会貢献型に転換しています」
「従来の利益追求から、社会問題解決型のビジネスモデルへ」
「年間収益は若干減少しましたが、社会的影響力は大幅に向上しています」
俺は満足していた。金儲けより、世界をより良くすることの方が重要だ。
「司令官」
アインが重要な提案をした。
「実は、美咲さんについてご相談があります」
「美咲のことですか?」
「はい。ゼフィラス・アカデミーでの彼女の成長ぶりが素晴らしく、特別なプログラムへの参加をお勧めしたいのです」
「特別なプログラム?」
「『平和維持研究コース』です」
ツヴァイが詳細を説明した。
「戦闘ではなく、外交や調停を通じて平和を維持する専門家を育成するコースです」
「美咲さんの優しさと洞察力なら、この分野で大きな成果を上げられると思います」
俺は提案を検討した。
確かに、美咲なら戦闘以外の方法で世界に貢献できるだろう。
「安全は確保されますか?」
「もちろんです」
ドライが保証した。
「むしろ、従来のコースより安全です」
「研究室や会議室での活動が中心ですから」
「分かりました。美咲が希望するなら、参加してもらいましょう」
その時、俺の携帯電話が鳴った。美咲からだった。
『琴音ちゃん!すごいニュースがあるの!』
『どんなニュース?』
『ゼフィラス・アカデミーから、特別プログラムへの招待状が届いたの!』
『へー、すごいじゃない』
『でも、ちょっと不安もあるの。新しいことだから』
『美咲ちゃんなら大丈夫だよ。私が応援してるから』
『ありがとう!琴音ちゃんがそう言ってくれるなら、頑張ってみる』
『うん、きっと素晴らしい経験になるよ』
通話が終わった後、俺は三人に向かって言った。
「美咲が参加を決めたようです」
「それは良かった」
「美咲さんにとって、きっと有意義な経験になるでしょう」
「私たちも全力でサポートします」
その夜、俺は一人で今後について考えていた。
Project Chimeraという大きな脅威は去った。
ゼフィラス・エテルナも平和維持組織として新たなスタートを切った。
美咲も安全な道で夢を追求できるようになった。
「これで、ようやく普通の高校生活を送れるかな」
でも、同時に少し寂しさも感じていた。
これまでの劇的な日々から、平穏な日常への変化。
刺激的ではあったが、やはり美咲との平和な時間の方が大切だ。
「まあ、たまには小さな事件くらいあってもいいかもしれない」
俺は苦笑いしながら呟いた。
翌朝、美咲と会った時、彼女の表情は決意に満ちていた。
「琴音ちゃん、私頑張ってみることにした」
「平和維持研究コースに参加するの」
「きっと、琴音ちゃんみたいに人の役に立てるようになる」
「私も嬉しいよ。美咲ちゃんならきっと成功する」
「ありがとう。でも、これからも親友でいてくれる?」
「当然でしょう」
俺は微笑んだ。
「何があっても、私たちの関係は変わらない」
学校では、魔力教育の準備が着々と進んでいた。
新しい教室が増設され、専門の教員も招聘されている。
「すごい変化だね」
美咲が感心して言った。
「まるで学校全体が生まれ変わったみたい」
「でも、変わらないものもあるよ」
「え?」
「私たちの友情」
美咲が嬉しそうに笑った。
「そうだね。それは絶対に変わらない」
放課後、俺は地下空間で最終的な確認を行った。
「元被害者の皆さんの近況はいかがですか?」
「全員が新しい人生に適応しています」
アインが報告した。
「多くの方が、人助けに関わる職業を選択されています」
「医療従事者、教育者、社会福祉士……」
「皆さん、自分たちの経験を活かして社会に貢献されています」
「それに」
ツヴァイが追加した。
「元被害者同士のコミュニティも形成されています」
「お互いに支え合いながら、新しい人生を歩んでいます」
「素晴らしいことですね」
俺は心から感動していた。
「司令官」
ドライが真剣な表情で言った。
「私たちは司令官に本当に感謝しています」
「感謝?」
「はい。司令官が私たちを救ってくださらなければ、今の幸せはありませんでした」
「司令官は私たちの命の恩人であり、人生の師でもあります」
アインとツヴァイも深く頷いた。
「でも」
俺は三人を見つめた。
「本当に立派になったのは、皆さん自身の努力です」
「私は少しきっかけを作っただけ」
「そんなことはありません」
三人が揃って否定した。
「司令官の存在が、私たちの希望そのものでした」
その夜、俺は美咲にメッセージを送った。
『明日から新しいプログラムだね。頑張って』
『うん!琴音ちゃんも応援してくれてるから大丈夫』
『何か困ったことがあったら、いつでも連絡して』
『ありがとう。琴音ちゃんって本当に優しいね』
『お互い様だよ』
『うん。これからもよろしくお願いします』
俺は窓から夜空を見上げた。
静かで平和な夜。
これまでの激動の日々を思い返すと、まるで夢のようだった。
でも、今が一番幸せかもしれない。
美咲の笑顔があり、信頼できる仲間がいて、平和な世界がある。
「それが一番大切なことだ」
俺は静かに呟いた。
完結までお読みいただきありがとうございました。
最後に面白いと感じていただけましたらブクマ、評価よろしくお願いします。