第31話「植物の悪夢」
パリ郊外の森で、Dr.ヴェルデとの対峙が始まった。
『君の組織は実に興味深い』
植物に覆われたDr.ヴェルデの声が、森全体に響いていた。彼の周囲では巨大な樹木が蠢き、蔦が生き物のように動き回っている。
『特に君自身の魔力は、私の研究対象として理想的だ』
「研究対象……」
俺は『白銀の審判者』モードに変身した。白銀の髪、琥珀色の瞳、神聖な外套。周囲の空気が聖別される。
『おお、美しい変身だ。その魔力パターン、ぜひ解析させてもらいたい』
Dr.ヴェルデが興奮したように声を上げた。
「残念ですが、お断りします」
俺は冷静に答えた。
『断る?君に選択権があると思っているのかね?』
その瞬間、森全体が俺たちを包囲した。
数百本の樹木が一斉に動き出し、無数の蔦が俺に向かって襲いかかってくる。その速度と規模は、これまで戦ったどの敵よりも大きかった。
「司令官!」
アインが魔力を発動し、光の障壁で蔦の攻撃を防ごうとしたが、その数があまりにも多い。
「これは……規模が違いすぎる」
イヴォンヌも驚愕していた。
「森全体が敵になっている」
俺は『白銀の刃』を百本展開した。
光る刃が俺の周囲を舞い踊り、襲いかかる蔦を次々と切断していく。しかし、切断された蔦はすぐに再生し、さらに太く、さらに多く襲いかかってきた。
『無駄だよ。この森は私そのものだ』
Dr.ヴェルデの嘲笑が響く。
『君がいくら刃を展開しても、森は無限に再生する』
確かに、通常の攻撃では効果が薄いようだった。
「司令官、民間人の避難が完了していません」
アインが緊急報告をした。
「まだ森の中に取り残された人たちがいます」
俺は戦術を変更した。Dr.ヴェルデとの直接対決よりも、民間人の安全確保が優先だ。
「分かりました。まず民間人の救出を」
『ほほう、優先順位を間違えているね』
Dr.ヴェルデが俺の判断を嘲笑った。
『私と戦わずに民間人を救えると思っているのかね?』
巨大な樹木の枝が、避難中の家族に向かって落下しようとした。
俺は瞬間移動でその場に移動し、『白銀の刃』で枝を切断した。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます……」
家族は恐怖で震えていたが、無事だった。
「すぐに森の外に避難してください」
「はい!」
家族が走り去っていく。
しかし、Dr.ヴェルデは俺の行動を見て、新たな戦術に出た。
『なるほど、君は民間人を見捨てられないタイプか』
『それなら、こうしてはどうかね?』
突然、パリ市内の公園という公園で、植物が異常成長を始めた。
「これは……」
アインが通信で状況を確認している。
「市内の17箇所で植物の暴走が発生しています」
「17箇所も……」
『私の能力範囲は君が思っているより広い』
Dr.ヴェルデが得意げに説明した。
『パリ中の植物が私の手足だ。君がここで私と戦っている間に、市民たちがどうなるか……』
俺は歯ぎしりした。これは卑劣な人質作戦だった。
『どうする?私と戦うか、市民を救うか』
『どちらも完璧には不可能だよ』
Dr.ヴェルデの戦術は、確かに効果的だった。俺一人では、17箇所の災害現場を同時に対処することはできない。
「司令官」
イヴォンヌが提案した。
「ヨーロッパ支部のメンバーを各現場に派遣しましょう」
「でも、Dr.ヴェルデの相手は?」
「私たちで時間を稼ぎます」
アインが決意を込めて言った。
「司令官は市民の救助を優先してください」
俺は迷った。確かに、それが最も合理的な判断だが……
「私たちを信じてください」
イヴォンヌが力強く言った。
「Dr.ヴェルデを倒すより、市民を救う方が重要です」
俺は決断した。
「分かりました。Dr.ヴェルデの対処をお願いします」
「了解しました」
アインとイヴォンヌが戦闘態勢を取った。
『おや、部下に任せて逃げるのかね?』
Dr.ヴェルデが挑発してきたが、俺は無視した。
市民の安全の方が、個人的な感情よりも重要だ。
俺は瞬間移動で市内の災害現場を巡回し始めた。
最初の現場は中央公園。巨大化した樹木が遊具を破壊し、子供たちが泣きながら逃げ回っていた。
『白銀の刃』で樹木を切断し、『白銀の外套』で子供たちを保護する。
「もう大丈夫です」
「白い人……」
子供たちが俺を見上げている。
「すぐに安全な場所に行きましょう」
2番目の現場は住宅街。家屋に絡みつく蔦が建物を倒壊させそうになっていた。
『領域展開』で周囲の重力を操作し、蔦の成長を抑制する。同時に、住民を安全な場所に避難誘導した。
「ありがとうございます」
住民たちが感謝の言葉を述べる。
3番目、4番目……俺は次々と災害現場を回った。
どの現場でも、一般市民が恐怖に震えながらも、『白い守護天使』の出現に安堵していた。
「また助けてくれたのね」
「本当にありがとう」
「私たちの守護神です」
市民たちの感謝の言葉が、俺の心を支えてくれた。
しかし、17箇所すべてを回るのには、予想以上に時間がかかった。
最後の現場を処理し終えた時、俺は森に戻った。
そこで見たのは、ボロボロになったアインとイヴォンヌの姿だった。
「司令官……」
アインが安堵の表情を見せた。
「お疲れ様でした」
「こちらこそ、大変でしたね」
俺は二人の健闘を称えた。
「Dr.ヴェルデは?」
「撤退しました」
イヴォンヌが報告した。
「市内の混乱が収束したのを見て、作戦の失敗を悟ったようです」
『なかなかやるじゃないか』
森の奥から、Dr.ヴェルデの声が響いた。
『今日のところは君の勝ちだ』
『だが、これは始まりに過ぎない』
『次はもっと興味深いゲームを用意しよう』
声が遠ざかっていく。Dr.ヴェルデは完全に撤退したようだった。
「初戦は引き分けというところでしょうか」
アインが分析した。
「Dr.ヴェルデの能力は予想以上でした」
「森全体を操るとは……規模が違いすぎます」
イヴォンヌも同感だった。
「でも、司令官の判断は正しかったと思います」
「そうですか?」
「はい。Dr.ヴェルデを倒すより、市民を救うことを優先された」
「それこそが真のリーダーの判断です」
俺は少し安心した。確かに、戦闘で勝利することより、人々を守ることの方が重要だった。
その夜、パリのホテルで休息を取りながら、俺たちは今後の戦略を話し合った。
「Dr.ヴェルデは直接対決を避け、民間人を巻き込む戦術を好むようですね」
「はい。非常に狡猾な相手です」
「次回はどのような対策を?」
「民間人の避難体制を強化しつつ、Dr.ヴェルデの本拠地を特定する必要があります」
イヴォンヌが提案した。
「植物魔法の源泉となる場所があるはずです」
「それを見つけて、一気に決着をつけるということですね」
「その通りです」
「それと」
アインが重要な情報を報告した。
「今日の戦闘中に、日本から連絡がありました」
「日本から?」
「はい。美咲さんのことです」
俺は心配になった。
「美咲に何かあったのですか?」
「いえ、良いニュースです」
アインが微笑んだ。
「ゼフィラス・アカデミーでの成績が優秀で、特別プログラムに選ばれたそうです」
「特別プログラム?」
「安全な研究分野への特進コースです」
俺は安堵した。これで美咲はより安全な道を歩むことになる。
「司令官」
イヴォンヌが真剣な表情で言った。
「今日の戦闘で分かったことがあります」
「何ですか?」
「司令官は強さだけでなく、優しさも兼ね備えています」
「優しさ?」
「はい。最も困難な状況でも、市民の安全を最優先に考える」
「それこそが、私たちが司令官についていく理由です」
アインも同意した。
「力だけなら、他にも強い魔力能力者はいるでしょう」
「でも、司令官のような心を持つ人は稀です」
俺は二人の言葉に感動していた。
「ありがとうございます」
俺は心から答えた。
「でも、まだまだ未熟です」
「そんなことはありません」
「今日の判断は完璧でした」
イヴォンヌが確信を込めて言った。
「Dr.ヴェルデとの戦いも、必ず勝利できます」
翌日、欧州議会では『欧州魔力能力者管理法』の審議が延期された。
「ハインリヒ議員とルシエン議員の働きかけが功を奏しました」
イヴォンヌが報告した。
「昨日の植物暴走事件を受けて、議会も慎重になったようです」
「それは良かった」
「法案の問題点を指摘する追加調査も決定されました」
これで時間を稼ぐことができた。
「Dr.ヴェルデの本拠地捜索はいかがですか?」
「進展があります」
アインが新しい情報を報告した。
「パリ南部の森林地帯に、異常な魔力反応が確認されています」
「距離は?」
「車で2時間程度の場所です」
「明日、偵察に向かいましょう」
俺は決断した。
「今度こそ、Dr.ヴェルデとの決着をつけます」
「了解しました」
その夜、俺は美咲にメッセージを送った。
『パリ、とても綺麗な街だよ』
すぐに返事が来た。
『いいなー!写真送って!』
『今度一緒に来よう』
『本当?楽しみ!』
『アカデミーの特別プログラム、おめでとう』
『ありがとう!琴音ちゃんのおかげだよ』
美咲との何気ないやり取りが、俺の心を癒してくれた。
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