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第30話「ヨーロッパ支部訪問」

 田中財務大臣との会談から1週間が経った。

「司令官、ヨーロッパ支部から緊急要請が入りました」

 司令室で、アインが重要な通信を受信していた。

「緊急要請?」

「はい。イヴォンヌから直接の要請です」

 大型モニターに、銀髪の美しい女性が映し出された。狼の特徴を持つイヴォンヌ・ロイヤルウルフ、ヨーロッパ支部の責任者だった。

『司令官、お忙しい中申し訳ございません』

 イヴォンヌの声には、普段の威厳に加えて緊迫感が混じっていた。

『ヨーロッパで重大な事態が発生しています。ぜひ現地にお越しいただきたく』

「重大な事態?」

『はい。Project ChimeraがEU政治に深く浸透していることが判明しました』

『しかも、彼らは「欧州統合の名の下に人体実験を合法化」する法案を準備しています』

 俺は背筋が凍った。政治を利用して人体実験を合法化?

『時間がありません。来週にも欧州議会で採決が行われる予定です』

『司令官の直接の指揮が必要です。お願いします』


「分かりました。すぐに向かいます」

 俺は即座に決断した。

『ありがとうございます。パリでお待ちしています』

 通信が切れた後、アインが心配そうに言った。

「司令官の初の海外出張ですね」

「そうですね。でも、必要なことです」

「現地までの移動はどうしますか?」

「民間機では時間がかかりすぎます」

 ツヴァイが提案した。

「ゼフィラス・エテルナの専用機を使いましょう」

「専用機?そんなものがあるのですか?」

「はい。先月導入したばかりです」

 ドライが説明した。

「最新鋭のビジネスジェットで、12時間でパリに到着できます」

 俺は三人の準備の良さに感心していた。

「では、出発の準備をお願いします」


 その日の午後、俺は美咲に会った。

「琴音ちゃん、なんか急に忙しそうだね」

 昼休みの教室で、美咲が心配そうに俺を見つめていた。

「ちょっと家の用事で」

「家の用事?」

「うん。親戚の結婚式でヨーロッパに行くことになったの」

 俺は適当な理由をでっち上げた。

「ヨーロッパ?すごいじゃない!」

 美咲が興奮した。

「どのくらい行ってるの?」

「1週間程度かな」

「いいなー。私もいつかヨーロッパに行ってみたい」

「今度一緒に行こうか」

 俺は何気なく言ったが、美咲の顔が輝いた。

「本当?約束よ!」

「うん、約束」

 俺は微笑んだ。いつか本当に、観光でヨーロッパに行きたいものだ。


「そういえば」

 美咲が思い出したように言った。

「ゼフィラス・アカデミーの授業、すごく充実してるの」

「どんな授業?」

「魔力理論、実践魔法、そして冒険者倫理っていう授業もあるの」

「冒険者倫理?」

「うん。『力を持つ者の責任』について学ぶの。すごく深い内容よ」

 俺は内心で苦笑いした。それもアインたちが準備したカリキュラムだろう。

「先生も素晴らしいの。特に、『困っている人を助けることの意義』について話してくれる時は、すごく感動する」

「そうなんだ」

「私も琴音ちゃんみたいに、誰かの役に立てる人になりたいって改めて思った」

 美咲の純粋な想いに、俺は胸が熱くなった。

「美咲ちゃんは既に十分素晴らしいよ」

「ありがとう。でも、もっと成長したいの」

 美咲の前向きな姿勢を見ていると、俺も頑張らなければと思った。


 その夜、俺は専用機でパリに向かった。

「快適な機内ですね」

 高級ビジネスジェットの機内は、想像以上に豪華だった。

「ゼフィラス・エテルナの資産力を感じます」

 アインが同行している。ツヴァイとドライは日本で組織の統括を担当することになった。

「イヴォンヌからの詳細報告はありましたか?」

「はい。機内で確認しましょう」

 アインが資料を取り出した。

「Project Chimeraのヨーロッパでの活動は、想像以上に深刻です」


 資料によると、Project Chimeraは欧州議会の議員30名に影響を与えていた。

「30名も……」

「はい。しかも、影響力の強い委員長クラスが含まれています」

「彼らが推進している法案とは?」

「『欧州魔力能力者管理法』です」

 アインが詳細を説明した。

「表向きは『魔力能力者の安全な育成と管理』を目的としていますが」

「実際は?」

「政府による魔力能力者の強制収容と、『研究目的』での実験を合法化する内容です」

 俺は愕然とした。これが通れば、ヨーロッパ中の魔力能力者がProject Chimeraの実験材料にされてしまう。

「採決はいつですか?」

「来週木曜日です」

「時間がありませんね」


 12時間後、俺たちはパリの国際空港に到着した。

「司令官、お疲れ様でした」

 空港でイヴォンヌが出迎えてくれた。実際に会うのは初めてだったが、写真以上に威厳のある女性だった。

「お忙しい中、お越しいただきありがとうございます」

「こちらこそ。緊急事態とのことでしたが」

「はい。詳細は支部でご説明します」


 パリ市内のゼフィラス・ヨーロッパ支部は、想像以上に洗練された施設だった。

「すごい建物ですね」

 市内中心部に面した歴史的建造物を改装した本部は、まさにヨーロッパらしい優雅さと機能性を兼ね備えていた。

「18世紀の貴族の邸宅を購入し、最新技術で改装しました」

 イヴォンヌが案内してくれる。

「外観は歴史的価値を保持し、内部は最先端の設備を導入しています」

「資金はどのくらい?」

「改装費込みで約200億円です」

 俺は金額の大きさに改めて驚いた。


「こちらが作戦会議室です」

 案内された部屋は、まるで映画に出てくるような重厚な会議室だった。

「ヨーロッパ支部のメンバーを紹介させていただきます」

 部屋には20名ほどのメンバーが集まっていた。皆、様々な動物の特徴を持つ元被害者たちだった。

「皆さん、司令官の到着です」

 イヴォンヌの紹介で、メンバーたちが一斉に立ち上がった。

「司令官!」

「ついにお会いできました!」

「光栄です!」

 彼らの熱烈な歓迎に、俺は少し戸惑った。

「皆さん、お疲れ様です」

 俺が挨拶すると、メンバーたちの目が輝いた。

「司令官の声を直接聞けるなんて……」

「感動です」

 俺は改めて、自分の影響力の大きさを実感した。


「では、現状についてご報告します」

 イヴォンヌが詳細な説明を始めた。

「Project Chimeraのヨーロッパ責任者は、Dr.エルンスト・ヴェルデです」

 大型モニターに、植物のような特徴を持つ男性の写真が表示された。

「植物系の魔力能力者で、『自然回帰』を標榜していますが、実際は偽善者です」

「どのような能力ですか?」

「森林全体を操る植物魔法の使い手です」

 イヴォンヌの説明に、俺は興味を持った。

「戦闘能力は?」

「未知数ですが、相当強力と推定されます」

「彼がEU議会を操っているのですか?」

「はい。議員たちに『自然の恵み』と称して植物由来の薬物を投与し、思考を操作しています」


「対策はありますか?」

「直接対決は避けるべきです」

 イヴォンヌが慎重な意見を述べた。

「Dr.ヴェルデは民間人を巻き込む戦術を好みます」

「民間人を?」

「はい。都市部の植物を暴走させ、一般市民を人質にする可能性があります」

 俺は考え込んだ。単純な力押しでは解決できない相手のようだった。

「では、どのような作戦を?」

「政治的な解決を目指します」

「政治的?」

「はい。EU議会の清廉な議員と連携し、法案の阻止を図ります」

 なるほど、日本での田中大臣との協力と同様の手法か。


「信頼できる議員はいますか?」

「います。ドイツのハインリヒ議員とフランスのルシエン議員です」

 イヴォンヌが候補者を紹介した。

「両名ともProject Chimeraの影響を受けておらず、私の外交官時代からの知己です」

「それは心強いですね」

「明日、秘密会談を設定してあります」

 準備の良さに、俺は感心した。


 その夜、パリの高級ホテルで休息を取りながら、俺は今回の訪問について考えていた。

「ヨーロッパの組織運営、想像以上に洗練されていますね」

 アインが感想を述べた。

「はい。イヴォンヌの手腕は素晴らしいものがあります」

「文化の違いも感じます」

「そうですね。でも、メンバーたちの熱意は日本と変わりません」

 俺は安心していた。世界中に、こんなに熱意のあるメンバーがいる。

「Dr.ヴェルデという敵も、なかなか手強そうですが」

「はい。初めて戦略的思考が必要な敵です」

 俺は新たな挑戦に、少しワクワクしていた。


 翌朝、欧州議会でハインリヒ議員とルシエン議員との秘密会談が行われた。

「ゼフィラス・エテルナの代表としてお会いできて光栄です」

 ドイツ人のハインリヒ議員は、知性的な初老の男性だった。

「私たちも同感です」

 フランス人のルシエン議員も、誠実そうな印象だった。

「『欧州魔力能力者管理法』について、重要な情報があります」

 イヴォンヌが、Dr.ヴェルデの陰謀について説明した。

「もしこれが事実なら……」

「大変なことになります」

 両議員とも、深刻な表情で資料を検討していた。

「証拠はありますか?」

「現在収集中です」

 俺が答えた。

「ただし、時間がありません」

「分かりました。我々も調査を開始します」

 ハインリヒ議員が協力を約束した。

「法案阻止のため、全力を尽くします」

 ルシエン議員も同意した。


 会談が終わった後、俺は安堵していた。

「これで政治的な対応は軌道に乗りそうですね」

「はい。でも、Dr.ヴェルデも黙ってはいないでしょう」

 イヴォンヌが警告した。

「どのような対抗策が予想されますか?」

「直接的な挑発です」

「挑発?」

「司令官の存在に気づいた彼が、何らかの行動を起こす可能性があります」

 その時、支部の通信機器が鳴った。

「緊急事態です!」

 メンバーの一人が駆け込んできた。

「パリ市内の公園で、植物が異常成長しています!」

「Dr.ヴェルデの仕業ですね」

 イヴォンヌが即座に判断した。

「もう始まったということですか」

 俺は立ち上がった。

「現場に向かいましょう」


 パリ郊外の森では、異常事態が発生していた。

 木々が異常に成長し、蔦が建物を覆い尽くしている。避難する市民たちの悲鳴が響いていた。

「これは……」

 俺は事態の深刻さを実感した。

 森の中央で、植物に覆われた人影が立っていた。Dr.エルンスト・ヴェルデだった。

『ようこそ、パリへ』

 植物を通じて響く、不気味な声。

『君が噂の『白銀の審判者』だね』

『君の組織は理想的な実験サンプルだ。ぜひ研究させてもらいたい』

 Dr.ヴェルデの挑発的な言葉に、俺は怒りを感じた。

「実験サンプル……ふざけるな」

『おや、怒ったかね?では、ゲームを始めようか』

 森全体が俺たちを取り囲み始めた。

「司令官、これは……」

面白いと感じていただけましたらブクマ、評価よろしくお願いします。

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