第28話「千葉作戦」
美咲がゼフィラス・アカデミーの適性検査を受けると決めてから3日が経った。
「司令官、緊急事態です」
朝の司令室で、アインが血相を変えて飛び込んできた。ツヴァイとドライも同様に深刻な表情をしている。
「何があったのですか?」
「千葉県で大規模なProject Chimera施設を発見しました」
「大規模な?」
「はい。これまでで最大級の規模です」
ツヴァイが詳細な資料を広げた。
「地下7階層、総面積10万平方メートル。推定被害者数150名です」
150名……これまでで最も多い被害者数だった。
「警備状況は?」
「過去最強レベルです」
ドライが戦力分析を説明した。
「魔力能力者30名、一般警備員200名。しかも全員が軍事訓練を受けています」
「それに」
アインが最も重要な情報を告げた。
「来週火曜日に『次世代融合実験』と呼ばれる大規模実験が予定されています」
「次世代融合実験?」
「被害者全員を使った、過去最大規模の人体実験です」
俺は背筋が凍った。150名もの人が、一度に実験台にされる。
「成功すれば、従来の10倍の戦闘能力を持つ融合体が誕生すると推定されます」
ツヴァイが分析結果を報告した。
「失敗すれば……」
「全員が死亡します」
ドライが静かに答えた。
「つまり、来週火曜日までに救出しなければならないということですね」
「はい。時間的余裕はほとんどありません」
アインが頷いた。
「しかも、これまでで最も困難な作戦になります」
「どの程度困難なのですか?」
「私たちの総力を結集しても、成功率は60パーセント程度です」
ツヴァイの冷静な分析に、俺は考え込んだ。
「リスクが高すぎませんか?」
「確かにリスクは高いです」
ドライが認めた。
「しかし、150名の命がかかっています」
「それに、この実験が成功すれば、Project Chimeraの戦力が飛躍的に向上します」
アインが戦略的重要性を説明した。
「将来的により大きな被害が生じる可能性があります」
俺は深く考えた。確かに、リスクは高い。でも、150名の命を見捨てることはできない。
「分かりました。作戦を立案してください」
「ありがとうございます」
三人が安堵の表情を見せた。
「ただし、慎重な計画をお願いします」
「もちろんです」
「作戦名は『リベレーション・マキシマム』とします」
アインが作戦概要を説明した。
「三段構えの慎重な作戦で、リスクを最小限に抑えます」
大型モニターに作戦図が表示された。
「第一段階:ツヴァイ率いる情報部隊による詳細偵察」
「第二段階:ドライ率いる戦闘部隊による制圧作戦」
「第三段階:アイン率いる救出部隊による被害者救出」
「各段階で十分な安全確認を行い、無理は絶対にしません」
ツヴァイが補足した。
「司令官には最後の最後まで出動していただかず、指揮に専念してもらいます」
「指揮に専念?」
「はい。今回の作戦では、司令官の直接戦闘は想定していません」
ドライが説明した。
「私たちの成長を証明する機会でもあります」
なるほど、三人とも自信をつけてきているのか。
「分かりました。皆さんの判断を信頼します」
「ありがとうございます」
その日の午後、俺は美咲と約束していた遊園地デートに出かけた。
千葉作戦は明日決行予定だったが、今日だけは美咲との時間を大切にしたかった。
「わー!久しぶりの遊園地!」
美咲が子供のように はしゃいでいる。その無邪気な笑顔を見ていると、心が和んだ。
「琴音ちゃん、何から乗る?」
「美咲ちゃんの好きなものから」
「じゃあ、ジェットコースター!」
美咲に引っ張られて、俺たちは絶叫マシンに向かった。
高速で駆け抜けるジェットコースターの中で、俺は明日の作戦のことを忘れることができた。美咲の楽しそうな声が、俺の心を癒してくれる。
「次は観覧車に乗ろう!」
「観覧車?」
「うん、景色がきれいだから」
観覧車の頂上で、美咲が静かに話し始めた。
「琴音ちゃん、最近また雰囲気変わったよね」
「そうかな?」
「うん。なんていうか……大人っぽくなったっていうか、責任感が強くなったっていうか」
美咲の観察力は鋭い。
「でも」
美咲が俺の手を握った。
「変わらず私の親友でいてくれるよね」
「もちろん」
俺は心から答えた。
「美咲ちゃんとの関係は、絶対に変わらない」
「良かった」
美咲が安心したように微笑んだ。
「実は、冒険者になったら琴音ちゃんと会える時間が少なくなるかもって心配してたの」
「そんなことない。いつでも会えるよ」
「本当?」
「本当」
俺は美咲の手を握り返した。
どんなに忙しくなっても、美咲との時間だけは絶対に確保する。それが俺の最優先事項だった。
「そういえば」
美咲が思い出したように言った。
「明日、ゼフィラス・アカデミーの適性検査なの」
「そうだったね。緊張してる?」
「ちょっとだけ。でも楽しみの方が大きいかな」
美咲の瞳が期待に輝いている。
「琴音ちゃんが応援してくれるから、頑張れる」
「私も美咲ちゃんを応援してる」
「ありがとう」
観覧車から見える夕日が、美咲の顔を優しく照らしていた。
この平和な瞬間を、俺は心に刻み込んだ。明日は危険な作戦が待っている。でも、美咲のような人たちの笑顔を守るためなら、どんなリスクも受け入れる覚悟があった。
その夜、地下空間では最終作戦会議が開催されていた。
「明日午前2時、作戦開始です」
アインが最終確認を行っている。
「各部隊の準備状況は?」
「情報部隊、準備完了」
「戦闘部隊、準備完了」
「救出部隊、準備完了」
「医療部隊、準備完了」
次々と報告が入る。
「司令官、作戦の最終承認をお願いします」
「承認します。ただし、安全第一で」
「了解しました」
メンバーたちの表情に、強い決意が宿っていた。
「それでは、各自最終準備に入ってください」
「はい!」
午前2時、作戦が開始された。
「第一段階開始。ツヴァイ部隊、侵入開始」
司令室のモニターに、千葉の施設が映し出された。
「隠蔽侵入成功。内部調査開始」
ツヴァイの冷静な声が通信で入る。
「被害者150名全員を確認。地下7階に集中しています」
「警備状況は?」
「予想通り。魔力能力者30名、一般警備員200名」
「了解。継続してください」
30分後、詳細な内部情報が判明した。
「第二段階移行。ドライ部隊、制圧開始」
「了解。突入します」
ドライ率いる戦闘部隊が施設に突入していく。
「1階制圧完了」
「2階制圧完了」
「3階で敵部隊と交戦中」
順調に進んでいるようだった。
「司令官」
アインが俺に報告した。
「戦闘部隊の実力向上が著しいです」
「どの程度ですか?」
「敵の魔力能力者30名に対し、互角以上に戦えています」
モニター越しに見る戦闘は、確かに一方的だった。
「これなら、司令官の出動は不要かもしれません」
「そうですね」
俺は安心した。メンバーたちが確実に成長している。
「4階制圧完了」
「5階制圧完了」
「6階制圧完了」
「最下層への進入開始」
ついに被害者たちがいる最下層に到達した。
「被害者150名全員を確認」
「状況は?」
「想像以上に深刻です。即座に医療処置が必要です」
「第三段階移行。アイン部隊、救出開始」
「了解。医療部隊と共に進入します」
アイン率いる救出部隊が現場に急行した。
「治療開始。重篤者から優先的に処置します」
「搬送準備も同時進行で」
救出作戦が本格化した。
3時間後、作戦は完全成功に終わった。
「被害者150名全員の救出完了」
「敵戦力の完全制圧完了」
「施設の破壊も完了」
「作戦『リベレーション・マキシマム』、完全成功」
アインが最終報告を行った。
「負傷者は軽傷者5名のみ。予想を大幅に上回る成果です」
俺は心から安堵した。
「皆さん、お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
「司令官」
ドライが嬉しそうに報告した。
「今回の作戦で確信しました。私たちは確実に成長しています」
「司令官の直接介入なしでも、これだけの作戦を成功させることができました」
ツヴァイが分析結果を報告した。
「これも司令官のご指導のおかげです」
アインが感謝を述べた。
俺は三人の成長を実感していた。
「素晴らしい成果でした」
その日の午後、美咲から嬉しい連絡が入った。
『琴音ちゃん!適性検査、合格しました!』
『本当に?おめでとう!』
『ありがとう!来月からゼフィラス・アカデミーに通うことになったの』
『頑張って』
『うん!琴音ちゃんのおかげで、夢に近づけた』
俺は複雑な気持ちになった。美咲の夢の実現を、俺の組織が支援している。皮肉な状況だが、彼女の安全は確保されている。
新たに救出された150名の被害者たちも、地下空間での新生活を始めた。
「ここが私たちの新しい家ですか」
「はい。安全で快適な環境を用意しています」
アインが新メンバーたちを案内している。
「白銀様は……」
「現在お忙しいですが、後ほどお会いいただけます」
俺は新しいメンバーたちの顔を見つめた。皆、希望に満ちた表情をしている。
「また新しい仲間が増えましたね」
ツヴァイが感慨深そうに言った。
「はい。これで総メンバー数は1180名になりました」
ドライが統計を報告した。
「着実に成長していますね」
俺は満足していた。
しかし、救出作戦の成功と美咲の冒険者への道の始まり。この二つの出来事が、俺の中で複雑に絡み合っていた。
美咲を守りたい気持ちと、世界を救いたい気持ち。どちらも本物だが、時にはバランスを取るのが難しい。
でも、今日の作戦で一つのことが分かった。俺がいなくても、組織は立派に機能する。
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