第27話「美咲の夢」
責任の重さを理解してから1週間が経った。
「琴音ちゃん、聞いて聞いて!」
昼休みの教室で、美咲が興奮した様子で俺に駆け寄ってきた。その瞳は今までにないほど輝いている。
「どうしたの?」
「ついに決めたの!魔力適性検査、受けることにした!」
俺は心臓が止まりそうになった。
「え?本当に?」
「うん!もうずっと迷ってたけど、やっぱりやってみたい」
美咲の声には確固とした決意が込められていた。
「冒険者になって、世界を守る仕事がしたいの」
世界を守る仕事……まさに俺がやっていることそのものだった。
「でも、危険じゃない?」
俺は必死に冷静を装った。内心では動揺が収まらない。
「そうだけど、誰かがやらなきゃいけないことでしょ?」
美咲の決意は固いようだった。
「それに、最近すごく思うの。このまま普通に過ごしてていいのかなって」
「普通に過ごすのは悪いことじゃないよ」
俺は必死に止めようとした。美咲には、この平和な日常を続けてほしい。
「そうかもしれないけど……でも、世界には困ってる人がたくさんいるよね」
「それは……そうだけど」
「だったら、私にも何かできることがあるはず」
美咲の言葉に、俺は複雑な気持ちになった。確かに俺も同じ想いで活動を始めた。でも、美咲には危険な世界に足を踏み入れてほしくない。
「琴音ちゃんは、どう思う?」
「え?」
「私が冒険者になることについて」
俺は答えに窮した。正直に言えば、絶対に反対だった。でも、その理由を説明することはできない。美咲の夢を否定する権利もない。
「私は……美咲ちゃんの好きにすればいいと思うよ」
「そう?ありがとう」
美咲が嬉しそうに微笑んだ。
「来週の土曜日に適性検査を受ける予定なの。結果が楽しみ」
俺は胃が痛くなった。美咲に魔力があったらどうしよう。冒険者になってしまったら、危険な任務に参加することになる。
「でも、適性がなかったら諦めるの?」
「うーん、その時はその時かな。でも、なんとなく自分には才能がある気がするの」
俺の不安は的中しそうだった。美咲の直感は、いつも当たっている。
「それで」
美咲が俺の手を握った。
「もし私が冒険者になったら、琴音ちゃんも一緒に受けてみない?適性検査」
「え?私が?」
「うん!なんていうか、琴音ちゃんにもすごい力が隠れてる気がするの」
俺は冷や汗をかいた。美咲の勘の良さは恐ろしい。
「そんな、私には無理だよ」
「そうかなぁ。最近の琴音ちゃん、なんか特別なオーラがあるよ」
「気のせいだよ」
俺は慌てて話題を変えようとした。
「それより、適性検査ってどこで受けるの?」
「最近できた『ゼフィラス・アカデミー』っていう学校があるの。そこで受けられるって」
俺は愕然とした。ゼフィラス・アカデミー?
「ゼフィラス……アカデミー?」
「うん、最近話題の冒険者育成学校よ。評判がすごくいいの」
俺の頭の中で警鐘が鳴り響いた。ゼフィラス・アカデミー……まさか、あのゼフィラス・エテルナの関連施設なのか?
放課後、俺は急いで地下空間に向かった。
「おかえりなさい、司令官」
アインがいつものように出迎えてくれたが、俺の慌てた様子に気づいた。
「何かございましたか?」
「ゼフィラス・アカデミーについて教えてください」
「ゼフィラス・アカデミー?」
アインが首をかしげた。
「ああ、教育事業部が設立した冒険者育成機関ですね」
やはりそうだった。
「いつから運営しているのですか?」
「今月から本格稼働しています」
ツヴァイが詳細を説明してくれた。
「優秀な魔力能力者の育成と、安全な冒険者業界の発展を目指しています」
「司令官、何かご心配事でも?」
ドライが心配そうに尋ねた。
「実は……美咲がそこで適性検査を受けると言っているんです」
三人の表情が一瞬強張った。
「美咲さんが……」
「はい。冒険者になりたいと」
俺は美咲との会話を詳しく説明した。
「なるほど、それは……複雑ですね」
アインが理解を示してくれた。
「司令官にとって、美咲さんは特別な存在ですから」
「はい。彼女には普通の生活を送ってほしいのです」
「でも」
ツヴァイが慎重に口を開いた。
「美咲さんにも自分の意志があります」
「それは分かっているのですが……」
俺は頭を抱えた。
「危険な世界に足を踏み入れてほしくないのです」
「司令官」
ドライが真剣な表情で言った。
「もし美咲さんに魔力があったとしても、必ずしも危険な任務に就くとは限りません」
「どういうことですか?」
「私たちが陰から守ることも可能です」
「陰から?」
「はい。美咲さんが冒険者になった場合、極力安全な任務のみを担当できるよう、裏で調整することができます」
アインが補足した。
「私たちの影響力を使えば、美咲さんを危険から遠ざけることは可能です」
「ゼフィラス・アカデミーは私たちの運営ですから、カリキュラムも調整できます」
ツヴァイが追加説明した。
「美咲さんには安全な分野の専門技術を学んでもらい、危険な戦闘任務は避けるよう誘導できます」
俺は少し安心した。確かに、ゼフィラス・エテルナの影響力があれば、美咲を守ることは可能かもしれない。
「でも、それは美咲を騙すことになりませんか?」
「いえ、騙すのではありません」
アインが否定した。
「美咲さんの適性に応じた、最適な進路を提案するだけです」
「冒険者にも様々な職種があります。戦闘員だけでなく、研究員、医療員、支援員……」
ドライが説明した。
「美咲さんの才能に合わせて、安全で充実した道を用意します」
「それに」
ツヴァイが付け加えた。
「美咲さんが本当に冒険者になりたいなら、私たちが止めるよりも、安全な環境で夢を実現してもらう方が良いのではないでしょうか」
俺は考え込んだ。確かに、美咲の意志を尊重しつつ、安全も確保できるなら、それがベストかもしれない。
「分かりました。でも、絶対に美咲を危険な目に遭わせないでください」
「もちろんです」
三人が揃って答えた。
「美咲さんの安全は、司令官の心の平穏に直結します」
アインが真剣に言った。
「私たちにとっても最優先事項です」
その夜、俺は美咲のことを考えていた。
彼女が冒険者になりたがるのは、俺と同じように「誰かを助けたい」という優しさからだった。その気持ちを無下にはできない。
でも、同時に彼女を危険から守りたいという気持ちも本物だった。
「難しいバランスだな……」
ゼフィラス・アカデミーでの安全な道筋があるなら、美咲の夢を応援することもできる。
「美咲には、安全で充実した冒険者人生を送ってもらおう」
俺は決意した。
翌日、美咲は相変わらず冒険者への憧れを語っていた。
「ゼフィラス・アカデミーって、本当に良い学校らしいよ」
「どんなところが?」
「安全性を重視した教育で、無茶な任務は絶対にさせないって」
俺は内心で苦笑いした。それはアインたちが調整した結果だろう。
「それに、様々な分野の専門コースがあるから、自分に合った道を見つけられるって」
「へー、そうなんだ」
「琴音ちゃんも本当に一緒に受けない?きっと向いてると思うんだけどな」
「うーん……」
俺は適当に濁した。自分が適性検査を受けたら、測定器が壊れるかもしれない。
「でも美咲ちゃん、本当に冒険者になりたいの?」
「うん!」
美咲が力強く答えた。
「琴音ちゃんみたいに、困ってる人を助けられる人になりたいの」
「私みたいに?」
「そう。琴音ちゃんって、いつも周りの人を大切にしてるし、困ってる人がいたら放っておけないでしょ?」
美咲の言葉に、俺は胸が熱くなった。
「私も、そんな風になりたいんだ」
「美咲ちゃんは既に十分優しいよ」
「ありがとう。でも、もっと具体的に誰かの役に立ちたいの」
美咲の決意は固かった。
「分かった。応援するよ」
俺は心から言った。
「本当に?」
「うん。美咲ちゃんなら、きっと素晴らしい冒険者になれると思う」
「ありがとう、琴音ちゃん!」
美咲が嬉しそうに俺に抱きついた。
その日の放課後、俺は地下空間で最終確認をした。
「美咲さんの適性検査、万全の準備をお願いします」
「もちろんです」
アインが答えた。
「美咲さんには、最高の環境で夢を追ってもらいます」
「ただし、安全第一で」
「はい、絶対に危険な目には遭わせません」
ツヴァイとドライも約束してくれた。
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