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第26話「責任の重さ」

 あの会議から3日が経ったが、俺はまだ宇宙開発プロジェクトやAI研究への投資について決断を出せずにいた。

「琴音ちゃん、最近元気ないけど大丈夫?」

 朝の通学路で、美咲が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

「え?そうかな?」

「うん、なんか考え事してることが多いよ。授業中もぼーっとしてるし」

 確かに、最近は授業中も上の空になることが多い。宇宙開発への500億円投資、AI研究の500億円、環境保護の1000億円……これらの巨額な決断を、俺一人で下さなければならない現実が重くのしかかっていた。

「ちょっと悩み事があって」

「悩み事?私で良ければ相談に乗るよ」

 美咲の優しさが身に沁みる。でも、この悩みは彼女には絶対に話せない。『数千億円の投資判断に悩んでいる』なんて言えるわけがない。

「ありがとう。でも大丈夫だよ」

「そう?でも一人で抱え込まないでよね。琴音ちゃんは昔から、一人で悩んじゃう癖があるから」

 美咲の言葉が胸に刺さった。俺は確かに一人で抱え込んでいる。数千人のメンバーの期待、世界規模の責任……すべてが俺の肩にかかっている。

 学校に着くと、いつものように授業が始まった。

「今日は『責任』について考えてみましょう」

 現代文の先生の言葉に、俺は心臓が跳ね上がった。

「リーダーには大きな責任が伴います。その責任をどう受け止めるかが、真のリーダーの資質を決めるのです」

 まるで俺に向かって言っているようだった。

「一つの判断が、多くの人の運命を左右する。だからこそ、慎重でなければならない」

 俺は教科書を見つめながら考えていた。アイン、ツヴァイ、ドライの真剣な顔。世界各地で活動する支部長たちの声。すべてが俺の決断を待っている。

「でも同時に、決断しないことも一つの選択です。時には勇気を持って判断することが必要なのです」

 授業が終わった後も、先生の言葉が頭から離れなかった。責任とは何か。俺にその重責を背負う資格があるのか。

 放課後、俺は重い足取りで地下空間に向かった。

「おかえりなさい、司令官」

 アインがいつものように出迎えてくれたが、その表情には微かな不安が宿っていた。

「3日前の提案について、何かご質問はございませんか?」

「いえ……もう少し考えさせてください」

「もちろんです。ただ……」

 アインが躊躇うような表情を見せた。

「何ですか?」

「各支部から、決断を待つ声が増えています」

 司令室に入ると、ツヴァイとドライも深刻な表情で待っていた。

「司令官、申し上げにくいのですが……」

 ツヴァイが重い口を開いた。

「エリカから緊急連絡が入りました」

「緊急連絡?」

「宇宙開発プロジェクトの件で、他社との競合が激化しています」

 ドライが詳細を説明した。

「決断が遅れれば、この千載一遇の機会を逃してしまう可能性があります」

 俺は椅子に深く沈み込んだ。三人の表情が、いつになく真剣だった。

「つまり、今すぐ決めなければならないということですね」

「はい」

 三人が揃って頷いた。

「ただし、司令官が決断に迷われるお気持ちも理解しています」

 アインが優しく言った。

「これは非常に大きな判断ですから」

 その時、通信機器が鳴った。

「北米のエリカからです」

 ツヴァイが通信を繋いだ。

『司令官!お疲れ様です!』

 エリカの声が司令室に響いた。声の向こうから、緊迫した雰囲気が伝わってくる。

『宇宙開発の件、本当に素晴らしいチャンスなんです!人類の未来を変えられる技術に、私たちが関われるなんて……』

 声の興奮と熱意が伝わってくる。だが、同時に切羽詰まった感じも感じられた。

『それに、この技術があれば Project Chimera の動きも宇宙から監視できます!彼らの隠れた施設も発見できるはずです!』

 確かに、戦略的価値は高そうだ。でも、500億円という金額の重さが俺を圧倒していた。

『司令官の決断一つで、世界の未来が変わるんです!私たち、司令官を信じています!でも、時間が……本当に時間がないんです!』

 通信が切れた後、司令室は静寂に包まれた。

「司令官……」

 アインが静かに呼びかけた。

「皆、司令官の決断を心から待っています」

 俺は立ち上がって、大きな窓から地下空間を見下ろした。

 そこには数百名のメンバーが、それぞれの任務に真剣に取り組んでいる光景が広がっていた。医療部門では新しい被害者の治療が行われ、戦闘部門では訓練が続けられている。情報部門では世界中のデータが分析され、支援部門では必要な物資が準備されている。

「みんな、本当に真剣なんですね」

「はい」

 アインが俺の隣に立った。

「司令官が救ってくださった私たちにとって、この組織は第二の人生そのものです」

「司令官の決断によって、私たちは新しい希望を見つけました」

 ツヴァイが続けた。

「だからこそ、司令官を信じて活動しています」

 ドライが最後に言った。

 俺は深く息を吸った。この重圧に負けてはいけない。みんなが俺を信じてくれているのだから。

「分かりました」

 三人が俺を見つめた。

「宇宙開発プロジェクト、承認します」

「本当ですか?」

 アインの顔が明るくなった。

「はい。ただし、段階的に進めてください。最初は50億円から開始し、成果を見て追加投資を検討します」

「了解いたしました」

 三人が嬉しそうに答えた。

「他の提案についても、同様に段階的に進めましょう」

 俺は決断した。完璧な答えは出せないが、メンバーたちの期待に応えたい。

「AI研究は100億円から、環境保護は200億円から開始します」

「ありがとうございます、司令官」

 アインが深々と頭を下げた。

「必ず成果をお見せします」

 しかし、その時だった。

「司令官」

 ツヴァイが急に真剣な表情になった。

「実は……告白しなければならないことがあります」

「告白?」

「はい。今回の提案についてですが……」

 アインとドライも同じような表情になった。

「実は、これらの投資判断は既に各支部の責任者レベルで検討・実行可能な案件でした」

 俺は困惑した。

「どういうことですか?」

「司令官に最終判断をお願いしたのは……司令官にこの組織の真の重要性を理解していただきたかったからです」

 ドライが申し訳なさそうに言った。

 俺は愕然とした。

「つまり……」

「はい。私たちは司令官のために、一芝居打ったのです」

 アインが頭を下げた。

「申し訳ありませんでした」

「なぜそんなことを……」

「司令官は、この組織を『楽しいゲーム』だと思っていらっしゃいましたよね」

 ツヴァイが静かに指摘した。

「それは……」

「でも、私たちにとって、そして世界中のメンバーにとって、これは人生をかけた真剣な活動なのです」

 アインが続けた。

「司令官の何気ない一言で、数万人の人生が変わります」

「司令官の決断で、世界の未来が左右されます」

 ドライが最後に言った。

「それを理解していただきたかったのです」

 俺は椅子に座り込んだ。

「つまり……私の認識が甘すぎたということですね」

「そういうわけではありません」

 アインが慌てて訂正した。

「司令官の『楽しさ』を大切にする姿勢こそが、私たちの希望なのです」

「ただ、同時に責任の重さも感じていただきたかった」

 ツヴァイが補足した。

「司令官が楽しみながらも、真剣に組織と向き合ってくださることを願っています」

 ドライが最後に付け加えた。

 俺は深く考え込んだ。確かに、俺は組織運営を『面白いゲーム』程度にしか考えていなかった。でも、メンバーたちはもっと真剣だった。

「分かりました」

 俺は立ち上がった。

「これからは、もっと責任を持って判断します」

「ありがとうございます」

 三人が安堵の表情を見せた。

「でも」

 俺は付け加えた。

「楽しさも忘れません。それがこの組織の良さだと思いますから」

「はい」

 三人が嬉しそうに微笑んだ。

「司令官らしいお言葉です」

 アインが言った。

 その夜、俺は一人で考えていた。

「責任の重さか……」

 確かに、俺の一言で多くの人の運命が変わる。それは事実だった。でも、だからといって萎縮してしまってはいけない。

「楽しみながら、責任を果たす」

 それが俺なりの答えだった。

 美咲との日常は絶対に守る。でも、同時に世界中のメンバーたちの期待にも応えたい。

「バランスが大切だな」

 俺は新たな決意を固めた。これからは、もっと真剣に、でも楽しみながら組織運営に取り組もう。


 翌朝、俺は美咲に会った時、

「琴音ちゃん、なんか顔つき変わった?」

「そうかな?」

「うん、なんていうか……大人っぽくなった気がする」

 美咲の指摘は的確だった。俺は確かに少し成長したのかもしれない。

「でも、私の大切な親友には変わりないよね」

「もちろん」

 俺は微笑んだ。どんなに大きな責任を背負っても、美咲との関係だけは絶対に変わらない。

「これからも、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 美咲が嬉しそうに答えた。

 地下空間では、俺の決断を受けて各部門が活発に動き始めていた。

「司令官の承認を受けて、各プロジェクトが正式に始動しました」

 アインが報告してくれた。

「でも、実際の運営は各部門の責任者が行います。司令官にはご相談ベースでお伺いしますので」

「ありがとうございます」

 俺は安堵した。すべてを俺一人で判断する必要はないのだ。

「ただし、重要な決定の時は必ずご相談します」

 ツヴァイが付け加えた。

「それは当然です」

 俺は答えた。

「みんなで力を合わせて、この組織を発展させていきましょう」

「はい!」

 三人が力強く答えた。

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