第22話「フロント企業の設立」
トリプル・リベレーション作戦から1週間が経った。
「司令官、本日は特別な報告があります」
地下空間の司令室で、アインが何やら重要そうな書類を持参してきた。ツヴァイとドライも一緒だ。
「特別な報告?」
「はい。組織の運営に関する新しい提案です」
アインが書類を俺の前に置いた。
「『フロント企業設立計画書』?」
「はい。表の世界での活動拠点を作りたいのです」
俺は書類をざっと目を通した。かなり詳細な企業設立計画が記載されている。
「なぜフロント企業が必要なのですか?」
「現在の我々は、完全に地下活動に依存しています」
ツヴァイが説明を始めた。
「しかし、より効率的な情報収集や資金調達のためには、表の世界での足場が必要です」
「なるほど……」
確かに、地下空間だけでは限界があるかもしれない。
「具体的には、どのような企業を考えていますか?」
「民間の警備会社です」
ドライが答えた。
「『ゼフィラス・セキュリティ』という名前で、正式な警備業務を行います」
「警備会社……面白いアイデアですね」
「はい。表向きは普通の警備会社ですが、実際は我々の活動拠点として機能します」
アインが詳細を説明した。
「情報収集、資金調達、人材確保……すべてを合法的に行えます」
確かに、巧妙な計画だった。
「でも、企業を設立するには膨大な手続きが必要では?」
俺は実務的な問題を指摘した。
「既に準備は完了しています」
アインが別の書類を取り出した。
「会社設立登記、営業許可、オフィスの確保……すべて手配済みです」
「え?いつの間に?」
「この1週間で準備しました」
俺は驚いた。わずか1週間で企業設立の準備を完了させたのか。
「誰が手続きを行ったのですか?」
「我々です」
ツヴァイが答えた。
「魔力による変装で身元を偽装し、すべて合法的に処理しました」
「それは……大丈夫なのでしょうか?」
「問題ありません。完璧な偽装です」
ドライが自信満々に答えた。
俺は三人の行動力に圧倒されていた。
「では、もう会社は存在しているということですか?」
「はい。『ゼフィラス・セキュリティ株式会社』として、正式に登記されています」
アインが登記簿謄本を見せてくれた。
確かに、正式な企業として登録されている。
「代表取締役は?」
「アイン・ゼフィラスです」
「……アイン・ゼフィラスで登録したのですか?」
「はい。戸籍も作成しました」
俺は唖然とした。戸籍まで作成したのか。
「それは……法的に問題ないのでしょうか?」
「魔力による完璧な偽装なので、発覚することはありません」
三人の答えに、俺は複雑な気持ちになった。
「分かりました。では、その会社で何をするつもりですか?」
「まず、正当な警備業務を行います」
アインが事業計画を説明した。
「一般企業や個人宅の警備を請け負い、実績を積み上げます」
「普通の警備会社として営業するわけですね」
「はい。それと同時に、情報収集も行います」
ツヴァイが続けた。
「警備業務を通じて、様々な情報にアクセスできます」
「Project Chimeraに関連する企業の警備を請け負えば、内部情報も入手可能です」
ドライが追加説明した。
「なるほど、一石二鳥の戦略ですね」
「その通りです」
「他にも計画はありますか?」
「はい。将来的には複数の企業を設立したいと思います」
アインが将来構想を語った。
「建設会社、IT企業、物流会社……様々な業界に進出し、情報網を構築します」
「それは……かなり大規模な計画ですね」
「最終的には、経済界にも影響力を持ちたいのです」
俺は三人の野心の大きさに驚いていた。
「でも、そこまでする必要があるのでしょうか?」
「Project Chimeraは政財界に深く浸透しています」
ツヴァイが真剣に答えた。
「対抗するためには、我々も同等の影響力が必要です」
「分かりました。やってみましょう」
俺は提案を承認した。
「本当ですか?」
三人が嬉しそうな表情を見せた。
「はい。面白そうですから」
俺にとっては、新しいゲームのような感覚だった。
翌日、俺は実際にゼフィラス・セキュリティのオフィスを見学に行った。
「こちらが我々の表の拠点です」
アインが案内してくれた。
都心の高層ビルの一角に、立派なオフィスが構えられていた。
「すごい……本格的ですね」
受付、会議室、執務室……すべてが本物の企業そのものだった。
「スタッフは?」
「我々のメンバーが交代で勤務します」
ツヴァイが説明した。
「魔力による変装で、一般人として働きます」
「営業活動はどうするのですか?」
「既に数件の契約を獲得しています」
ドライが営業成果を報告した。
「本当ですか?」
「はい。小規模な企業から始めて、徐々に拡大していく予定です」
俺は三人の実行力に感心していた。
「でも、メンバーたちに企業業務ができるのでしょうか?」
「事前に研修を行いました」
アインが答えた。
「皆、非常に優秀で、すぐに業務を覚えました」
実際、オフィスで働いているメンバーたちを見ると、完全に普通の会社員のように見えた。
「魔力による変装も完璧ですね」
「はい。誰にも正体がバレることはありません」
「素晴らしい」
俺は純粋に感動していた。
組織ごっこの枠を完全に超えて、本物の企業活動を行っている。
「これなら、確実に成功しそうですね」
「ありがとうございます」
三人が嬉しそうに答えた。
その後、ゼフィラス・セキュリティは順調に業績を伸ばしていった。
「今月の売上、1000万円を突破しました」
アインが月次報告をしてくれた。
「1000万円……すごい金額ですね」
「はい。契約企業も20社まで増加しました」
「従業員数は?」
「表向きは30名です。実際は我々のメンバーが交代で勤務しています」
ツヴァイが人事状況を報告した。
「評判はどうですか?」
「非常に良好です。警備の質が高いと評価されています」
ドライが顧客評価を説明した。
確かに、我々のメンバーの身体能力なら、一般的な警備員を遥かに上回る。
「それに、情報収集も順調です」
「どのような情報が得られていますか?」
「Project Chimeraと関連が疑われる企業を3社特定しました」
アインが重要な成果を報告した。
「3社も?」
「はい。警備業務を通じて内部情報にアクセスできました」
「これで次の作戦の標的が決まりましたね」
俺は三人の成果に満足していた。
「それだけではありません」
ツヴァイが追加報告をした。
「資金面でも大きなメリットがあります」
「どういうことですか?」
「会社の利益を組織の運営費に充てることができます」
確かに、これまでは俺の魔力で物資を調達していたが、正当な資金があれば選択肢が広がる。
「月1000万円の収入があれば、組織運営が格段に楽になります」
ドライが財務面の効果を説明した。
「素晴らしいですね」
俺は三人のビジネス手腕に感心していた。
「でも、これは氷山の一角です」
アインが意味深な発言をした。
「氷山の一角?」
「はい。我々はさらに大きな計画を進めています」
「どのような計画ですか?」
「複数業界への進出です」
ツヴァイが詳細を説明した。
「建設業、IT業、物流業……5つの業界で企業を設立予定です」
「5つの企業……」
俺は計画の規模に驚いた。
「それだけあれば、かなりの影響力を持てそうですね」
「はい。最終的には、経済界での地位確立を目指します」
ドライが野心的な目標を語った。
俺は三人の構想の大きさに圧倒されていた。
1ヶ月後、俺は再びゼフィラス・セキュリティのオフィスを訪れた。
「成長ぶりがすごいですね」
オフィスは前回より明らかに大きくなっており、従業員も増えていた。
「おかげさまで順調に拡大しています」
アインが現状を報告してくれた。
「現在の売上は月3000万円、契約企業は80社です」
「3000万円……3倍ですね」
「はい。評判が評判を呼んで、契約が急増しています」
「従業員数は?」
「表向きは100名です」
ツヴァイが人事状況を説明した。
「実際は我々のメンバー50名が交代で勤務しています」
「一人で複数の身元を使い分けているわけですね」
「はい。魔力による完璧な変装なので、バレることはありません」
確かに、働いているメンバーたちを見ても、全く同一人物だとは分からない。
「他の企業の設立準備はどうですか?」
「順調に進んでいます」
ドライが進捗を報告した。
「来月には『ゼフィラス建設』、再来月には『ゼフィラスIT』を設立予定です」
「次々と企業ができるんですね」
「はい。最終的には『ゼフィラスグループ』として、総合企業体を構築します」
俺は三人の経営手腕に感動していた。
「皆さん、いつの間にそんなビジネススキルを身につけたのですか?」
「独学です」
アインが答えた。
「書籍やインターネットで経営学を学び、実践で経験を積みました」
「短期間でここまで成長するとは……」
「司令官のご指導のおかげです」
三人が謙遜したが、これは明らかに彼女たち自身の能力だった。
その夜、地下空間で三人と会議を行った。
「フロント企業の成功は素晴らしいですが、本来の目的を忘れてはいけませんね」
「もちろんです」
アインが即座に答えた。
「Project Chimeraの壊滅が最優先です」
「企業活動も、すべてはその目的のためです」
ツヴァイが補足した。
「でも、正直言って、企業経営も楽しくありませんか?」
ドライが本音を漏らした。
「確かに、やりがいはありますね」
俺も同感だった。
「でも、それが目的ではありません」
アインが軌道修正を図った。
「あくまで手段です」
「そうですね。目的を見失わないよう注意しましょう」
俺は三人に念を押した。
しかし、内心では企業活動の面白さを感じていた。
組織ごっこから始まった活動が、今や本格的なビジネスに発展している。
「でも、司令官」
ツヴァイが真剣な表情で言った。
「企業活動を通じて得られる情報と資金は、確実に我々の戦力強化に繋がっています」
「どのような効果ですか?」
「まず、Project Chimeraの関連企業を3社特定できました」
アインが成果を説明した。
「そこから、新たな施設の場所も判明しています」
「それに、資金があることで装備や設備も充実できます」
ドライが追加効果を説明した。
「確かに、戦略的価値は高いですね」
俺は三人の戦略眼に感心した。
「それに、将来的にはもっと大きな効果が期待できます」
「どのような?」
「経済界での影響力を使って、Project Chimeraを経済的に追い詰めることができます」
ツヴァイが長期戦略を語った。
「なるほど……武力だけでなく、経済面からも攻撃するわけですね」
「その通りです」
三人の戦略は、俺の想像を遥かに超えていた。
翌月、ゼフィラスグループはさらに拡大した。
「現在、5社体制で運営しています」
アインが全体報告をしてくれた。
ゼフィラス・セキュリティ:警備業
月売上5000万円
ゼフィラス建設:建設業
月売上3000万円
ゼフィラスIT:IT業
月売上2000万円
ゼフィラス物流:物流業
月売上4000万円
ゼフィラス商事:商社
月売上6000万円
「総売上2億円……すごい規模ですね」
俺は数字の大きさに驚いた。
「はい。従業員数も表向きは500名まで拡大しました」
「実際は?」
「我々のメンバー150名が、魔力による変装で複数の身元を使い分けています」
ツヴァイが実態を説明した。
「一人平均3つの身元を持っているわけですね」
「はい。完璧な変装なので、誰にも気づかれません」
「それに、各企業で得られる情報も膨大です」
ドライが情報収集の成果を報告した。
「Project Chimeraの関連企業を15社特定し、新たな施設も10箇所発見しました」
「15社も……」
「はい。そして、経済面での攻撃も開始しています」
「経済面での攻撃?」
「関連企業との競合で、彼らのビジネスを妨害しています」
アインが戦略を説明した。
「もちろん、合法的な競争の範囲内でです」
確かに、これなら武力を使わずに敵を弱体化できる。
「素晴らしい戦略ですね」
「ありがとうございます」
三人が嬉しそうに答えた。
俺は改めて、三人の能力の高さに驚いていた。
最初は単純な組織ごっこのつもりだったが、今や本格的な企業グループを運営している。
「これなら、本当にProject Chimeraを倒せそうですね」
「はい。武力と経済力の両面から攻めれば、必ず勝利できます」
アインが自信を込めて答えた。
こうして、『ゼフィラス』は地下組織から企業グループへと発展を遂げた。