第16話「地下空間での療養」
『ゼフィラス』結成から1週間が経った。
「司令官、他の被害者の皆さんの様子はいかがでしょうか?」
地下空間の医療区画で、アインが心配そうに尋ねてきた。俺たちが救出した15名の被害者のうち、アイン、ツヴァイ、ドライ以外の12名は、まだ本格的な回復には至っていない。
「少しずつ良くなっています。ただ、完全な回復にはもう少し時間がかかりそうです」
俺は各被害者の容態を確認しながら答えた。
実験の影響で、それぞれが異なる動物的特徴を獲得していた。猫、鳥、竜、蛇……様々な特徴を持つ少女たちが、ここで新しい人生の第一歩を踏み出そうとしている。
「記憶の回復状況はどうですか?」
「断片的には戻ってきているようですが、完全な記憶の復元は困難です」
「そうですか……」
アインの表情が曇った。記憶を失うということの重大さを、彼女自身が一番よく理解している。
「でも、新しい記憶を作ることはできます」
「新しい記憶?」
「はい。過去に縛られるのではなく、これからの人生を大切にしてもらいたいのです」
俺は医療区画の設備を指差した。
「そのために、この地下空間をもっと充実させようと思っています」
「充実させる?」
アインが興味深そうに尋ねた。
「はい。単なる療養施設ではなく、彼女たちが本当の意味で生活できる場所にしたいのです」
俺は地下空間の設計図を広げた。
「教育施設、娯楽施設、職業訓練施設……生活に必要なすべての機能を備えた地下都市にするつもりです」
「地下都市……すごいスケールですね」
「彼女たちは、もう表の世界では普通に生活することは困難でしょう。それなら、ここで充実した人生を送ってもらいたい」
実際、動物的特徴を持つ彼女たちが一般社会で受け入れられるのは現実的ではない。魔力による変装も限界がある。
「でも、ずっとここに閉じ込めておくのは……」
「閉じ込めるのではありません。彼女たちが自分で選択できるようにするのです」
俺は設計図の一部を指差した。
「外部との接触を希望する者には、完全な変装技術を教えます。ここで生活を続けたい者には、最高の環境を提供します」
「選択の自由……」
「そうです。これまで奪われてきた自由を、取り戻してもらいたいのです」
アインが深く頷いた。
「素晴らしい考えです。私も協力させてください」
「ありがとうございます。アインの協力があれば心強いです」
「他の皆にも相談してみましょう」
こうして、地下空間の大規模拡張計画が始動した。
翌日、俺は被害者全員を集めて説明会を開いた。
「皆さん、体調はいかがですか?」
「おかげさまで、だいぶ良くなりました」
猫の特徴を持つ少女が代表して答えた。
「それは良かった。今日は、皆さんの今後について重要なお話があります」
俺は地下空間の拡張計画について詳しく説明した。
「つまり、ここを皆さんの本当の家にしたいのです」
「本当の家……」
鳥の特徴を持つ少女が呟いた。
「でも、私たちがずっとここにいても迷惑では……」
「そんなことはありません」
俺は即座に否定した。
「皆さんは私にとって大切な家族です。家族が家にいるのは当然のことです」
「家族……」
被害者たちの瞳に涙が浮かんだ。
「本当に……私たちを家族だと思ってくださるんですか?」
「もちろんです」
俺は心から答えた。
「血の繋がりはありませんが、皆さんは私の大切な家族です」
「ありがとうございます……」
竜の特徴を持つ少女が泣きながら言った。
「私たち、もう居場所がないと思っていました」
「居場所はあります。ここが皆さんの居場所です」
「でも、私たちは普通じゃないから……」
「普通である必要はありません」
俺は被害者たちを見回した。
「皆さんは皆さんらしく生きてください。それが一番大切なことです」
説明会の後、被害者たちは俺の提案を前向きに受け入れてくれた。
「ここで新しい人生を始めたいです」
「私たちにできることがあれば、何でも手伝います」
「本当の家族になれるなんて、夢みたいです」
彼女たちの明るい反応に、俺は心から嬉しく思った。
早速、地下空間の拡張工事を開始した。魔力を使えば、短期間で大規模な工事が可能だ。
「まず、居住区画を拡張しましょう」
一人一人に個室を提供し、プライバシーを確保する。
「次に、共用施設です」
食堂、図書館、娯楽室、体育館……生活に必要な施設を次々と建設していく。
「教育施設も重要ですね」
失われた記憶の代わりに、新しい知識を身につけてもらう。
「職業訓練施設も必要でしょう」
将来、何らかの仕事に就きたいと希望する者のために。
工事は順調に進み、1週間で基本的な施設が完成した。
「すごい……本当に地下都市みたいです」
被害者たちが新しい施設を見学して驚いている。
「これが私たちの家なんですね」
「はい、皆さんの家です」
俺は満足していた。これで、彼女たちが安心して生活できる環境が整った。
新しい施設での生活が始まると、被害者たちは見違えるように元気になった。
「今日は何を勉強しましょうか?」
図書館で、数名の被害者が熱心に本を読んでいる。
「料理を覚えたいです」
食堂では、料理の練習をする者もいる。
「体を動かすのって気持ちいいですね」
体育館では、リハビリを兼ねた運動を楽しんでいる。
皆それぞれが、自分なりの楽しみを見つけているようだった。
「司令官、皆さん本当に楽しそうですね」
アインが嬉しそうに報告してくれた。
「そうですね。これが彼女たちの本来の姿なのでしょう」
実験の被害者としてではなく、一人の人間として。それぞれが個性を持った、かけがえのない存在として。
「でも、時々寂しそうな表情をする子もいます」
ツヴァイが心配そうに報告した。
「どのような時に?」
「外の世界のことを考えている時です」
確かに、彼女たちも元は普通の社会で生活していた。家族や友人への想いが完全に消えるわけではないだろう。
「そうですね……何か解決策を考えてみましょう」
「私にアイデアがあります」
ドライが手を上げた。
「外部との通信手段を作ってはどうでしょう?」
「通信手段?」
「家族や友人と連絡を取りたい子もいるかもしれません」
なるほど、それは良いアイデアだった。
「ただし、身元がバレないよう十分注意する必要がありますね」
「はい、そこは慎重に」
翌日、俺は被害者たちに新しい提案をした。
「外部の家族や友人と連絡を取りたい方はいますか?」
数名の手が上がった。
「でも、私たちの正体がバレたら危険では?」
「安全な方法を考えています」
俺は魔力による通信システムを説明した。
「魔力を使って、声や外見を変えることができます。元の姿に戻ったように見せかけることも可能です」
「本当ですか?」
「はい。ただし、会話の内容は慎重に選ぶ必要があります」
実際にシステムを試してみると、完璧に機能した。
「すごい……本当に元の声に戻ってます」
「外見も元通りです」
被害者たちが喜んでいる。
「これで、大切な人たちと話すことができますね」
「ありがとうございます」
彼女たちの笑顔を見て、俺は正しい判断をしたと確信した。
「ただし、使用は週に一度まで。そして、必ず誰かが立ち会います」
「分かりました」
こうして、地下空間の生活環境はさらに充実した。
被害者たちは、新しい家族との生活と、外部との繋がりの両方を手に入れることができた。
「司令官、皆さん本当に幸せそうです」
アインが報告してくれた。
「それは良かった。これで安心して、次の段階に進めます」
「次の段階?」
「はい。『リベレーション作戦』の本格的な準備です」
俺は作戦司令室を見つめた。
被害者たちの生活基盤が整った今、いよいよProject Chimeraとの最終決戦に向けた準備を本格化する時が来た。
「他の被害者たちも、きっと救いを待っています」
「はい。私たちが必ず救い出します」
アイン、ツヴァイ、ドライの三人の決意も固い。
地下空間での新しい生活が軌道に乗った今、『ゼフィラス』の真の戦いが始まろうとしていた。
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