第13話「ドライ」
ツヴァイとの訓練を始めて2日が経った。
「ドライ、少し時間をもらえますか?」
地下空間の娯楽室で、他の被害者たちとトランプをしていたドライに声をかけた。赤髪に狼のような耳と尻尾を持つ彼女は、いつも明るく振る舞っている。
「白銀様!はい、もちろんです!」
ドライが元気よく立ち上がった。他の被害者たちに向かって笑顔で言う。
「ちょっと白銀様とお話ししてきますね!続きは後でやりましょう」
「うん、ドライちゃん行ってらっしゃい」
「気をつけてね」
彼女は皆から慕われているようだった。明るい性格で、いつも場を盛り上げてくれる存在だ。
俺たちは静かな談話室に移動した。
「お疲れ様です、白銀様!今日はどんなお話でしょうか?」
ドライの笑顔は眩しいほど明るい。しかし、アインの言葉を思い出すと、その笑顔の裏に隠された感情があるのかもしれない。
「体調はいかがですか?」
「絶好調です!毎日楽しく過ごしています!」
「それは良かった。皆の世話もありがとうございます」
「いえいえ、当然のことですよ!みんなで助け合うのは大切ですから!」
ドライの返答は常にポジティブだ。しかし、その明るさがかえって不自然に感じられる時がある。
「ドライ、少し疲れませんか?」
俺は慎重に探りを入れてみた。
「疲れる?何がですか?」
「いつも皆を元気づけようとして……たまには自分のことを考えても良いのではないですか?」
ドライの表情が一瞬、微かに曇った。しかし、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「私は大丈夫です!皆が元気だと私も嬉しいですから!」
「でも、時には辛い時もあるでしょう?」
「辛い?そんなことありませんよ!白銀様に救っていただいて、こんな素敵な場所で暮らせて、幸せです!」
ドライの声が少し高くなった。明らかに無理をしている。
「ドライ……」
「本当に大丈夫です!心配していただいて嬉しいですが、私は強いんです!」
強がっている。アインの推察通り、ドライは自分の本当の気持ちを隠している。
「一人で抱え込む必要はありませんよ」
「抱え込むって何をですか?私には抱え込むような悩みなんて……」
その時、ドライの瞳に一瞬、深い悲しみが宿った。しかし、すぐに笑顔で覆い隠される。
「本当に、何も問題ありません!」
俺は別のアプローチを試してみることにした。
「では、私の活動を手伝ってもらえませんか?」
「え?」
「アインとツヴァイにも同じことを提案しました。貴女にも協力してもらいたいのです」
ドライの表情が真剣になった。
「私に……何かできることがあるんですか?」
「もちろんです。貴女には特別な力があるでしょう?」
「特別な力……」
ドライが自分の手を見つめた。
「実験の影響で、普通とは違う能力を得たはずです」
「……はい」
ドライの声が小さくなった。
「でも、私の力は……」
「どのような力ですか?」
「破壊の力です」
ドライが拳を握りしめた。
「何でも壊してしまう力……制御が難しくて、危険なんです」
「見せてもらえますか?」
「でも……」
「大丈夫です。ここは十分に頑丈ですから」
ドライは迷った後、意を決したように立ち上がった。
「分かりました……でも、気をつけてください」
ドライが壁に向かって手をかざすと、魔力が収束した。次の瞬間、壁の一部が粉々に砕け散った。
「すごい破壊力ですね」
「だから危険なんです……制御できなくて、皆を傷つけてしまうかもしれません」
ドライの表情が暗くなった。
「それで、いつも明るく振る舞っているのですか?」
「……はい」
ドライがついに本音を漏らした。
「皆が私を怖がらないように……私の力を知られないように……」
「でも、その力は使い方次第では……」
「使い方なんてありません!私の力は破壊するだけです!」
ドライが初めて感情を爆発させた。
「何の役にも立たない、危険なだけの力です!」
「それは違います」
俺はドライの肩に手を置いた。
「破壊の力も、使い方次第では人を救うことができます」
「人を救う?」
「敵を倒すことで、仲間を守ることができます。悪い者たちを破壊することで、善良な人々を救うことができます」
ドライの瞳に、微かな希望の光が宿った。
「本当に……そんなことができるんですか?」
「もちろんです。実際、私も同じような力を使って、貴女たちを救いました」
「白銀様も……破壊の力を?」
「そうです。悪い組織を破壊し、実験施設を粉砕しました。破壊の力があったからこそ、貴女たちを救うことができたのです」
ドライの表情が明るくなってきた。
「私の力も……誰かを救うために使えるんですね」
「はい。ただし、しっかりとした訓練が必要です」
「訓練……受けたいです!」
ドライの目に強い意志の光が宿った。
「本当に厳しい訓練になりますが、大丈夫ですか?」
「はい!今度こそ、本当の自分になりたいです!」
ドライの声に、これまで聞いたことのない力強さがあった。
「本当の自分?」
「はい。いつも明るく振る舞っている偽物の自分じゃなくて……本当の気持ちで生きたいです」
ドライが俺を真っ直ぐ見つめた。
「私、実は怖かったんです。自分の力が、皆を傷つけてしまうことが」
「当然の感情です」
「でも、それ以上に怖かったのは……皆に嫌われることでした」
ドライの瞳に涙が浮かんだ。
「だから、いつも明るく振る舞って、自分の本当の気持ちを隠してきました」
「本当の気持ちとは?」
「怒りです」
ドライが拳を握りしめた。
「私たちにあんなことをした奴らへの、激しい怒りです」
「怒り……」
俺はドライの言葉に深い共感を覚えた。
「許せないんです。私たちを実験動物みたいに扱って、記憶を奪って、体を変えて……」
ドライの声が震えていた。
「でも、怒りを表に出したら、皆が怖がると思ったんです」
「そんなことはありません」
「でも……」
「怒りは自然な感情です。理不尽な目に遭えば、誰でも怒ります」
俺はドライの手を握った。
「その怒りを、正しい方向に向ければ良いのです」
「正しい方向?」
「同じような被害者を救うために。悪い組織を倒すために」
ドライの瞳に、強い決意の光が宿った。
「私の怒りを……力に変えるんですね」
「そうです。貴女の破壊の力と怒りの感情を組み合わせれば、最強の正義の武器になります」
「最強の正義の武器……」
ドライが自分の手を見つめた。
「私にも、そんなことができるんでしょうか?」
「できます。ただし、感情をコントロールする技術も学ぶ必要があります」
「感情のコントロール?」
「怒りに飲まれてしまっては、正しい判断ができません。冷静さを保ちながら、怒りを力に変える技術です」
ドライが真剣に頷いた。
「教えてください。私、本当に強くなりたいです」
「分かりました。明日から、専用の訓練メニューを組みましょう」
その後、俺はドライの本当の性格について知ることができた。
「実は、私って結構短気なんです」
ドライが苦笑いを浮かべた。
「理不尽なことがあると、すぐにカッとなってしまいます」
「それは悪いことではありません」
「でも、皆と仲良くするために、いつも我慢してきました」
「もう我慢する必要はありません」
俺はドライの肩を叩いた。
「ここでは、本当の自分でいてください」
「本当の自分……」
「そうです。怒る時は怒り、悲しい時は悲しむ。それが自然です」
ドライの表情が和らいだ。
「でも、皆に迷惑をかけませんか?」
「アインもツヴァイも、貴女の本当の姿を受け入れてくれるはずです」
「本当ですか?」
「はい。彼女たちも同じような悩みを抱えています。きっと理解し合えるでしょう」
ドライが初めて、心からの笑顔を見せてくれた。今までの作り笑いとは全く違う、自然で美しい笑顔だった。
「ありがとうございます、白銀様」
「どういたしまして」
「これから、私らしく生きてみます」
「それが一番です」
こうして、俺はドライの本当の姿を知ることができた。明るく見えて実は怒りを抱え、強そうに見えて実は傷ついている。そんな複雑で人間らしい少女だった。
その夜、ドライが他の被害者たちに自分の本当の気持ちを話した。
「実は、私いつも我慢してたの。本当は怒ってるし、悲しいし、怖いこともある」
「ドライちゃん……」
「でも、もう隠さない。私らしく生きることにしたから」
他の被害者たちは、ドライの告白を温かく受け入れた。
「私たちも同じよ」
「隠す必要なんてないのよ」
「一緒に頑張りましょう」
アインとツヴァイも、ドライの変化を喜んでくれた。
「これでドライも、本当の仲間になったね」
アインが微笑んだ。
「みんなで支え合いましょう」
ツヴァイも静かに頷いた。
その様子を見ていた俺は、心から嬉しく思った。三人の絆が深まり、真の信頼関係が築かれている。
「素晴らしい……」
俺はこの瞬間を大切に記憶に刻んだ。
翌日から、ドライの本格的な訓練を開始した。破壊魔法の制御技術と、感情コントロールの方法を教える。
「まず、怒りの感情を魔力に変換する技術から始めましょう」
「はい!」
ドライの訓練への取り組みは非常に真剣だった。これまで隠していた本当の自分を解放できたことで、集中力も格段に向上している。
「すごい……これほど威力が上がるとは」
ドライの破壊魔法は、感情をコントロールできるようになってから飛躍的に威力が向上した。
「本当の自分でいることの大切さを実感しました」
ドライが嬉しそうに言った。
「これからも、自分らしく頑張ってください」
「はい!」
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