散文詩 79 「管野須賀子」
日々、心に残ったことを文字にしてみた
「管野須賀子」
管野スガは大逆事件で死刑に処された。
激動の時代を生きた29年は壮絶な生涯だった。
死刑を待つ獄中で書かれた最後の文章が残っている。
「管野須賀子」死出の道艸1911年(明治44年)1月18日-24日
「・・・私は小人である、感情家である、而も極端な感情家である。私は虚偽を憎む、虚偽を悪む、不自然を悪む。私は泣きもする、笑ひもある。喜びもする。怒りもする。私は私丈けの天真を流露して居ればよいのである。人が私を見る価値如何などはどうでもよい。私は私自身を欺かずに生を終ればよいのである。・・・」
大逆罪という今は存在しない刑法によって死刑にされた時代、
自分の考えを自由に表現することは難しかっただろう。
それでも彼女は自らの奥から湧き上がる思いのままに正直に生きた。
思いの先には善悪の判断が待っている。
その判断によって自らの思いを修正して発するのではなく、
自ずと沸き起こる思いのままに彼女は生きた。
たとえそれが悪とされたとしても、彼女は自分の思いを誤魔化すことはなかった。
彼女は生きた。
本当に生きた。
「生きるとは、この世でいちばん稀なことだ。
たいていの人は、ただ存在しているだけである。 」
「人生には選ばなければならない瞬間がある。
自分自身の人生を充分に、完全に、徹底的に生きるか、
社会が偽善から要求する偽の、浅薄な、堕落した人生をだらだらと続けるかの、
どちらかを。 」 オスカーワイルド




