散文詩 75 「与謝野晶子」
日々、心に残ったことを文字にしてみた
「与謝野晶子」
自称文学少女の私は、その昔、与謝野晶子の短歌に衝撃を受け心揺さぶられた。
その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな
黒髪の漆黒の艶が脳裏にありありと浮かんでくる。大好きな歌人だ。
私が小学生か中学生だった頃は「君死に給うこと勿れ」が教科書に載っていた。
反戦歌として教えられた。
しかし与謝野晶子は、第一次世界大戦の時に『戦争』という詩の中で
「いまは戦ふ時である」と詠ったから、
反戦歌人ではないと批判されることがある。
反戦の思想に一貫性がないという理由だろう。
私もなぜ晶子は戦争に賛同するようになったのかと不可解だった。
『ひらきぶみ』で晶子は「君死に給うこと勿れ」に対する批判に反論している。
「・・歌は歌に候 歌よみならひ候からには私どうぞ後の人に笑われぬ まことの心を歌ひおきたく候まことの心うたはぬ歌に何のねうちか候べき・・・私はまことの心をまことの声に出だし候より外に歌のよみかた心得ず候」
(歌は歌です。歌を詠むからには後世の人に笑われないように「まことの心」を詠いたいと思います。まことの心を詠わない歌に何の値打ちがありましょうか。私はまことの心をまことの声に出すよりほかに歌の詠み方を知りません。)
自分の本当の心を歌にしたいという晶子の歌人としての在り方。
これを読んで腑に落ちた。
天皇中心社会の全権を軍部が掌握して侵略戦争を正当化し、
国民を戦争に動員する軍国主義は、水が滲みていくように
日本の人たちに少しずつ長い間浸透していったのだろう。
竹槍で空を突く練習をするような教育を受け、
洗脳された国民が戦意を高揚させたのも理解できる。
今、客観的に過去を振り返ればこのような考察もできるが、
もし私が実際に軍国主義の最中にいたなら、
私は先頭を切って竹槍の練習をしていただろう。
軍国主義の渦の中にいた与謝野晶子が
「いまは戦ふ時である」と詠ったことを私は非難できない。
純粋で真っ直ぐで正直な歌人が、自分の本当の気持ちを詠うならば
「いまは戦ふ時である」になるのだろう。
人の気持ちは変化する。
時の経過によっても、時代によっても、数々の経験によっても。
"Consistency is the last refuge of the unimaginative."
「一貫性というのは、想像力を欠いた人間の最後のよりどころである。」
オスカーワイルド




