散文詩 40 「面倒くさい」
日々、心に残ったことを文字にしてみた
「面倒くさい」
めんどくさ・・と頭に浮かぶ時がよくある。
英語を話すときは英語で考えているから英語の中にだけいれば大丈夫だが、
日本人で日本で育ち日本語が母国語の私には、
英語の中にいるのに日本語で感情が湧いてくることがあり困ってしまう。
私の英語力が拙いせいだが、「めんどくさっ(面倒くさい)」は
英語にするのが難しい。
いや不可能だ。
私の伝えたい気持ちは一語ではちっとも伝わらない。
これをやるには一定の時間がかかるし、やってやれないことはないが、
今あまり乗り気になれないし、他にやることもあるし、
できれば今はやりたくないし、やらなきゃいけないけれど気持ちが・・・
「面倒くさい」を外人に正確に説明するためには論文が一通書けそうだ。
お世話になります。よろしくお願い致します。お疲れ様です。ずるい。
もったいない。いい加減(悪い意味)などなど。
私には一語で英語に変換できない日本語がたくさんある。
絶対に英語=日本語にはならない。
逆もまた真なりで、英語でピッタリでも日本語にするとおかしなこともある。
日本国内、日本の中でも地域ごとに言葉は異なる。
東北弁、関西弁、九州弁・・その地域で話される言葉は
その地域で生まれてその地域で感じられたことが言葉になったのだから、
余所者には理解が難しい。
父の故郷、九州に行くと親戚たちの会話によく
「やぐらしか」という言葉が飛び交っている。
基本的な意味は「うるさい」ということだが、
ある時は「やぐらしか!」またある時は「やぐ~らしか」
などアクセントを変えて様々な意味に使われる。
ただ単に「うるさい」というだけでなく
「うっとうしい」というようなニュアンスを含んだり、
厄介だという意味を含むこともある。
微妙な違いや意味合い、雰囲気や含意を共通認識として体内に培い、
TPOに合わせて言葉として表現するには
幼い時からその土地で育たないとならないだろう。
言葉は人であり、文化であり、土地である。
そして時代と共に変容していく。
言葉は生きている。面白い。




