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散文詩  作者: 百島圭子
38/55

散文詩 38  「ちゃんみな」

日々、心に残ったことを文字にしてみた

「ちゃんみな」


醜いブスが歌ってんじゃねぇ・・とかいう歌詞の曲をテレビで初めて見た。これはブスと言われる側の歌なのだ。なんだか悲しくなった。ブスと言われた子が、それを真に受けて自分を傷つけ苦しんでいる。屈折していて可哀そうでならない。心が暗くなった。


この曲はとてもヒットしたそうだ。生きる基準が外界や他人にある少女たちが多いのだろうか。生まれたときから携帯電話があり、SNSがあり、「いいね」と赤の他人に言われることが自分の存在意義だと勘違いしてしまう世界に育ったらこうなるのだろうか。心が痛い。


世の中には大勢の人がいて、それぞれの価値観を持って生きている。世界の黄金比はあるけれど、同じ人を見ても美人と思うかは人によって違う。好き嫌いもある。他人がどう思うかを考えていたら、いくら時間があっても足りない。


子供時代、私はブス、ブスと言われて育った。喧嘩でも冗談でも、デブだとかブスだとか辛辣に容姿を揶揄するものだった。言われればムカつくが、私は他人の刃を自分には向けない。他人が自分をブスと言っても、私は自分にブスとは言わない。私には私だけの良さがある。わかる人にわかればいい。


他人の嗜好を私はどうすることもできないのだから、自分でどうすることもできないことをどうにかしようとするのは時間の無駄だ。そんな時間があったら、美味しい物を食べて寝たほうがいい。


私のような考え方は、携帯電話の広大無辺でとても狭い世界に住んでいる人たちには届かないだろう。私がSNSで育った子たちのことがわからないのと同じことだ。


ただ若い子たちの心が外に彷徨い出て他人を生きて、自分を生きていないのではないかと心配になった。狭い世界でうずくまっていないで、そんなところから飛び出して深呼吸してほしい。


世界はもっと美しい。


砕かれてなほも輝く生得の清きこころとうるはしき珠



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