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散文詩  作者: 百島圭子
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散文詩 27 「祖父」

「祖父」


母は戦中に生まれた。父親は戦死したので母には父親の記憶が全くない。

父親は娘が生まれたことも知らずに死んだかもしれない。


自分は片親だから就職にも不利だったとか、ことあるごとに母の恨みつらみを子供の私は聞かされていた。

ガダルカナル島だかどこかわからない南方で戦死して、遺族には木の箱が遺骨として届けられ、中には石が入っていたそうだ。

末端の一兵士の遺骨など届けられることはないのだろう。


私は、母が外的要因を人生の言い訳にして生きる姿勢が嫌いだった。

生い立ちや環境のせいにして努力しないのが嫌なのだ。

とはいえ、仲の悪い両親だが愛されて何不自由なく育った私の立場では、全く説得力のない意見であることは重々承知している。

苦労は当人にしかわからない。


ある日、厚生労働省が旧日本軍の記録を公開していることを知った。

祖父がどこでどうして戦死したのか、記録が残っているかもしれない。

母に父親が亡くなった詳細を知らせてやれるかもしれない。


私はまず、私と祖父が血縁であることを厚生労働省に証明して、記録の公開をお願いしなければならない。

個人情報だからそんなに簡単には教えてくれないのだ。

戸籍謄本を何通も取り寄せて一万円くらいかかったが、申請をしてひと月ほどで記録が送られてきた。


封筒を開けるとき、これまで経験したことのない感情が湧いてきた。


十数枚の記録の中に、祖父がフィリピンのバナウェー島で敵の銃撃が頭に当たって亡くなったと書かれてあった。


頭に当たったのなら即死だったのだろうか。痛くなかったのだろうか。一瞬でいろんなことを考えた。


この事実は、私にとって思いのほか重かった。

見たこともない祖父が、この事実によって生きて現れたような質感に変わってしまった。


私は母に教えてやるつもりで厚生労働省さんのお手を煩わせて事実を送ってもらったが、この事実を母に告げることができていない。

老母にわざわざ辛いことを思い起こさせることになるのではないか、と躊躇している。

今となっては、なぜ祖父の戦死の真相を知ろうとしたのか、その真意も発端もわからなくなってしまった。


膨大な資料の中から一兵士の記録を探し出して送ってくださった厚生労働省の人に感謝して、その記録は私の机の引き出しで眠っている。



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