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散文詩  作者: 百島圭子
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散文詩 25 「拾われた説」

「拾われた説」


子供の頃、私は川で拾ってきた子だと親に言われた。もちろん嘘である。

それでも、もしや、と僅かに疑いの念が私の小さな頭をもたげたものだ。

私の周りのほとんどの子供が拾われた説を大人から聞かされていた。


私の従兄(母の姉の息子)は本当の母親を探して荒川を遡り、警察に保護された。

私は従兄ほど純情ではなかったし、そこまで馬鹿でもなかったので、荒川を遡ることはなかった。


私の顔は父そっくりで、嫌になるほど似ていると言われ続けていたし、従兄の顔は伯母そっくりだった。従兄も荒川を遡る前に、鏡を見れば済むことなのだ。


これは下町特有の粗野な冗談だと思っていた。


大学の時にこの話を書いて提出したら、500人の大講堂の講義で読まれて大爆笑をかっさらった。

お笑い芸人の気持ちが少し理解できた。


ご丁寧にも教授はアンケートを取ってくれて、講義を受けていた学生の約半数が大人に拾われた子だと言われた経験を持っていた。

私の大学はお金持ちの子息が多かったので、この意外な結果に驚いた。


教授の話では、古代中国で生まれた子供を川で流して抱き上げることで、素晴らしい授かりものを拾ったという儀式のような文化があったそうで、それが日本にも伝わったのではないかということだった。

私の下町こぼれ話が、中国四千年の壮大な歴史文化にまで波及してしまって畏れ多いのだ。


しかしこの説はもっと根源的な、自分はどこからやって来たのだろうという問いに、生まれて初めて気づかされるきっかけになったのではないかと思う。


私はどこからやって来たのだろうか。

現世の母ではなく、その先になんかもっと神秘的な壮麗な世界があるような・・あってほしいような、気がする。



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