殿下がお下がりと言って押し付けた公爵令息、実は私のお下がりって知ってました?
一万字長
「ダニエル・ヘルナンデス!観念することね。お前の罪はもう全部私の手の内にあってよ。お前のような罪人はわたくしの隣に相並ぶものとしてふさわしくない。よってここにお前の有責による婚約破棄を宣言するわ!」
この国の侯爵でもあり、宰相でもある父に無理やり連れて行かれた一年ぶりに開かれた王宮主催の夜会。私の婚約者殿は今日は行けないというのでわざわざ行く意味もないと粘ったんだけど、「僕がエスコートするから」となんかウキウキしているので、無下にもできずめんどくさーいとなりながら行った夜会。
そこで私は嫌なものを見てうへぇと口を曲げてしまった。
この国の唯一にして無二のワガママ王女によるもう何番煎じかもわからないほどの婚約破棄のシーンがそこでは繰り広げられていたのだから。
燦燦ときらめくシャンデリアの下で居丈高に叫んでいるのはこの国の第一王女であり王太子であるサナ・ゴールド殿下。そして婚約破棄を言い渡されているのはこの国の筆頭公爵ヘルナンデス家の次男、ダニエル様だ。21歳という若さで宰相補佐の地位まで登り詰めた稀代の天才でもある。そして美しい漆黒の髪に、エメラルドグリーンの宝石のような瞳。誰もが振り向く美しい美貌を持っている。
「…罪、とはなんでしょうか?全く身に覚えがありませんが」
近くにいた給仕係に手に持っていたシャンパンを渡し、ダニエル様はサナ殿下に向かって静かに問いかけた。周りにいた貴族たちはシンと静まり返り、この断罪劇がどうなるのかを興味津々に見ている。
「はんっ、そうやって涼しい顔をしていられるのも今だけよ!」
そう言ってサナ殿下はパチンと指を鳴らした。途端にどこからともなく人が現れてサナ殿下に紙を手渡した。いやほんとどこから出て来たの。
サナ殿下は声高々にそれを読み上げ始めた。
「一つ、ダニエル・ヘルナンデスは国家予算をおうりゅ…?おう、りゃ…?」
「横領ですか?」
すかさずダニエル様が突っ込む。殿下は顔を真っ赤にしてダニエル様を睨んだ。
「うっさいわね!今から読もうとしてたのよ!茶々を入れないで頂戴!」
いや、どう見ても今のは茶々ではなく助け舟だろう…?誰もがそう思ったが口には出さない。ふと一番高い席に座っている国王陛下と王妃殿下を見ると、非常に難しい顔をしておられるが口を出す気配はない。それに気付いた貴族たちも、この成り行きを静観しているように見えた。
「横領…ですか。いつ、私が、いくら横領したのです?」
しずかなダニエル様の問いかけに、サナ殿下は勝ち誇ったように笑った。
「ふんっ!宰相補佐の給与を私が知らないとでも思ったの?たかだか毎月の給金100万ペルリ程度で私に毎月毎月ドレスやら宝石やら贈ってきてたじゃない!国家予算から使ってるに決まってるわ!」
「…収入は宰相補佐としての給金だけではないのです。公爵家での執務に対する手当も相当額出ますし、私自身投資もしていますし、商会も立ち上げています。その中から婚約者として殿下に贈り物をしていたまでです」
「口だけなら何とでも言えるわ!」
「国家の貴重な財源に手を出すなど不可能です。…というかですね、殿下。宰相補佐業務の中には予算の組み立ては入っているにしても、お金の管理は含まれていませんので横領は不可能です」
ダニエル様のセリフにサナ殿下がぽかんと口を開ける。
貴族間にあちゃー…という空気が走る。
そう、ここまで見ていたらだいたいわかるがなんというかうちの王太子殿下は少々…いや、かなりアホなのである。そのあまりの出来の悪さに将来を悲観した国王陛下が、そのとき数百年に一度の頭脳と言われていたダニエル様のご両親であるヘルナンデス公爵ご夫妻に土下座してまで婿入りを頼むくらいには。
「ふ、ふん。まぁいいわ。その点に関しては何らかの行き違いというか、なんかがあったのでしょう」
急にしりすぼみになるサナ殿下。オイ大丈夫かこの王太子…?私の脳内ツッコミは続く。
サナ殿下は再び紙を握り直し、さっきよりさらに声を張り上げて言った。
「二つ、ダニエル・ヘルナンデスは経歴をさしゅ、さしゃ…さ…さ?」
「詐称ですか?」
ダニエル様の再びの突っ込みに、成り行きを見守っていた人の方が震える。オイ絶対楽しんでるだろ。
「そ、そうよ詐称よ。お前が言う前からわかっていたわ。いちいち茶々を入れないでと言ったでしょう?」
「それは失礼いたしました、殿下」
ダニエル様がうやうやしく頭を垂れるのを、サナ殿下が気持ちよさそうに見ている。まぁ一国の王太子がお下品ですこと。
「それで?経歴の詐称とはどういうことでしょう?」
ダニエル様の凛とした声が通る。その声を受けてサナ殿下はまた勝ち誇ったように笑った。
「ふん、お前言ったわよね?自分は王立大学を卒業したと」
「はい、確かにその通りですが」
「じゃあなんでお前は21歳なの?」
「…?」
その場にいた貴族間全員の頭の上に「?」マークが見えたのはきっと私だけじゃないはずだ。
「お前、宰相補佐になって何年?」
「今年で3年目になりますが」
「ほらみなさい、お前たち、今の言葉を聞いて?」
サナ殿下が周りにいる貴族たちに話を振るが、周りの貴族たちはなにがどうなってこういう会話になっているのかさっぱり分からないという顔をしている。そりゃそうだ、私もちっとも意味が分からない。
「お前たち、貴族なのに王立大学の仕組みも知らないの?貴族の子息、令嬢たちは16にならないと王立大学に入れないのよ。それから卒業するまで4年間、勉強しないといけないの」
――――あっ、この話のオチがわかってしまった、うわぁ、マジか、この王太子マジかぁ。
「つまり!王立大学を卒業できるのは20歳になってからと決まってるのよ!法律で在学中は働けないことになってるのよ!なのになんでお前はもう働いて3年目なのに21歳なの?」
「…ええと、もう少しわかりやすく言わせていただくと、本来なら私が卒業したのちに働いているのであれば、23歳であるはずだと。しかし、私が21歳ということは実際に大学に行って学んだというのは嘘だ、と殿下はおっしゃりたいんですね?」
言い直されてるやん。心の中で突っ込む。他の貴族の顔を伺うと、あちゃーという顔を隠せていないのが面白い。ダニエル様が21で宰相補佐官という職を3年やってるのなんて、超有名な話だ、だって―――
「飛び級です」
「…とびきゅう??」
「確かに、16で私は王立大学に入学しました。しかし成績が良かったので、4年の課程を2年で全て履修したのです」
「りしゅう?」
おいそこのオヤジ…もとい宰相、肩震えてんぞ。かくいう私も扇で必死で顔を隠してるんだ、わかってほしい。
飛び級も履修もわかんないとか本当に大丈夫か??この王女…しかも仮にも婚約者なのに、相手の経歴すら覚えてないとか本当に大丈夫か?
「じゃあ、詐称は…?」
「していませんね」
「ふ、ふうん!まぁいいわ!嘘を吐いていないならそれに越したことはないものね!」
いや素直か。私の脳内ツッコミは留まるところを知らない。
「そんな小さいことを言いたいんじゃないわ。私が、今日言いたいのは、お前がいくらごちゃごちゃ言っても婚約は解消するということ。もちろんお前有責でね!だってこの国で一番高貴な私の心をつなぎとめることができなかったのだから!当然よ。―――そして、新しい婚約者をここに発表する!エドモンド・クラーク!こちらにきなさい!」
うーわぁ、無茶苦茶なこと言ってるなぁこの王女………ん?今なんか聞いちゃいけない名前が聞こえたような…?
「はい、王女殿下」
涼やかな声と共に入ってきて王女の隣に立ったのはダニエル様とはまるで真逆の色味の男。金色のカールがわずかにかかった髪をさらりとなびかせて、宝石のようなアイスブルーの瞳を惜しげもなく煌かせる、まさに貴公子という言葉の似合うダニエル様とは違うタイプの美丈夫。この国の3大侯爵家の一つ、クラーク家の次男。そして、――――私の婚約者だ。
ええええええええ?????私の脳内は大混乱だ。まってまって、昨日もなんかこの人我が家に来て「君のその白魚で陶磁器のような指先に口づけを送る権利をくれないか?」とか魚なのか皿なのかはっきりせえ!というサブイボまっしぐらなセリフを吐いていかなかったっけ??
私の混乱をよそに、王女殿下とエドがこっちを見た。王女殿下が口を開く。
「エミリア・ブノワ侯爵令嬢!」
「うわこっちきた」
「こら」
思わず漏れ出た声を拾った父が私を嗜める。おい親父、唇の端がぷるぷるひきつってんぞ。絶対楽しんでるだろう。宰相だろ、なんかどうにか頑張ってよこの場をとりなすとかさぁ!ドレスで見えないように父の足をおもいっきりヒールのかかとで踏んでやったら「んぐっ」って言ったから少しだけ溜飲が下がった。
「あなた、エドから聞いたわよ。婚約者であるにもかかわらず、エドに可愛げのかけらも見せないんですってね。いつもいつも会いに行くのはエドから。そして会うのはいつもあなたのテリトリーである侯爵家。侯爵家に行けばあなたからの小言の連続。たまに外にデートに出ても、一緒にケーキを食べることもしない。エドがケーキを食べてる横で、コーヒーを飲むだけ。まぁなんて野蛮だこと!エドはそんな可愛さのかけらもない女には愛想が付きたそうよ」
「エミィ…すまない。君はとても可憐で美しい。でも、それだけじゃ僕は何か違ったんだ…王女殿下が僕の肩にもたれかかったとき、感じたんだ、びびびって、ああ、この人は僕に可愛さを見せてくれる…僕が本当に欲しかった婚約者は、こんな風に甘えて、甘えられる関係だったんだ…って」
う、うわぁ…なんというか、開いた口が塞がらない、というか塞がろうとしてくれない。
「え、なにこれ返事しなきゃダメ?」
「まぁ、まだなにか言いたそうにしているから、聞いて差し上げなさい」
「え、えぇ…?」
混乱のあまり父に小声で問うと、楽しそうな返事が返ってきた。
サナ殿下が、ふふん、と得意気に鼻を鳴らした。
「まぁ、いきなり婚約者がいなくなってお前の醜聞が広まるのもかわいそうだわ。新しい縁談も見込めないだろうし?そこで!お前には私のお下がりを上げるわ!!ダニエル・ヘルナンデス公爵令息!エミリア・ブノワ侯爵令嬢!王女命令よ!お前たち、結婚なさい!」
ぽっかーん、である。え?あ?マジ?
私はもう自分の予測の範囲を超える出来事に隣の父親を見た。その目には怒りも何も灯しておらず、ただただ楽しそうにこの三文芝居を楽しんでる様子が見て取れた。
はて?と私は首をかしげる。いくらなんでもこんな大勢の貴族が集まる中で王女殿下がここまで醜聞を晒しているのに、なぜ玉座に座る国王陛下も王妃殿下もなにも物ひとついわないのだろう?なぜ父である宰相がうろたえずにこにこしているのだろう。
王女殿下はこの国唯一の王太子。残念ながら御子は彼女しかいない。でも、こんな醜聞を晒してしまったら、廃太子は必至。王女の言動を正すために両親である陛下も王妃殿下も本当に辛抱強く教育を施してきたのは父親から聞いている。―――ついに見限られた?いや、でも彼女を見限ってしまったら次代の王がいなくなる。この国は完全世襲制だ。私はううむと考え込む。でもこの中枢人物の落ち着きようは、見限ったとしか考えられない。私はさらに至高の渦に入る。見限ってもいいと判断された王太子、一年ぶりの王宮主催の夜会、何も言わない陛下と王妃殿下、そして宰相である父。――――この間わずか0.5秒。
「…あ」
隣の父親がふ、と笑ったように感じた。
「…王妃殿下男児出産済??」
「言い方。でも正解。だから、素直になりなさい、エミィ」
「…乗っかちゃっていいの?」
「…いいよ、国のためとはいえ辛い思いをさせて悪かったね」
背中をぽんと叩かれ、私の涙腺が一瞬壊れかける。でも、ぐっと堪えた。
「王女殿下、娘に発言の許可をいただきたく」
父が凛、とした声で言う。こんな時だけ宰相っぽいんだからもう。
「許す」
私はゆっくりと王女殿下と視線を合わせた。この国では王族と視線を合わせるのが罪に問われることはない。
「サナ殿下に置かれましてはご機嫌麗しゅうーーー」
「御託は結構、結論から述べなさい」
ちっ、最後まで聞けよ。しかも御託ってなんだよ。口上だよ。
「失礼いたしました。では、結論から申し上げます。私、エミリア・ブノワは殿下の御心に従い、エドモンド・クラーク侯爵令息との婚約を解消し、ダニエル・ヘルナンデス公爵令息と婚約することを望みます。令息のお返事次第ではありますが」
ダニエル様がはっと、息を呑んだのがこちらにも伝わった。
「―――私も!!」
さっきまで静かな語り口調だったダニエル様が大声を上げたので、貴族たちもびっくりしている。
「私ダニエル・ヘルナンデスも望みます!エミリア・ブノワ侯爵令嬢との婚約を!」
その瞬間、私とダニエル様の視線がかち合った。もう何も言わずともわかる。お互いまったく同じ気持ちなのだと。なにも言葉なんていらなかった。一瞬目が合っただけで全てがわかった。次に訪れたのはまるで世界に二人しかいないような、そんな感覚。でも、まだ。まだ堪えて。
「それでは双方の意見に相違や不満など見られないようなので、これにサインを。婚約白紙の書類と、新たに婚約を結ぶ旨を記した書類です」
父が懐から数枚紙とペンを出してきた。いや用意周到だな父。
「殿下から御名のご記入を」
そう言って父がサナ殿下の前に歩み寄る。殿下はというとえ?え?みたいな顔をしながらも父に言われるがまま素直にサインをした。その隣にいるエド…っともう婚約者でないのであれば愛称呼びしなくていいわね。エドモンド様もえ?嘘、こんなに簡単に?みたいな顔をしながら言われるがままサインをしてる。
今更だけど大丈夫かしらこの二人。変な壺とか平気で買ってそう。
「ダニエル・ヘルナンデス公爵令息、こちらへ」
父の呼び掛けに、ダニエル様が私の方に向かって歩いてくる。その瞳は優しく私を映してくれている。私とダニエル様は並んで父から書類を受け取り、サインをした。私がペンを父に返した途端、ダニエル様が私の両手をひしと掴んで、その額に押し当てた。
「…こんな奇跡があるなんて、…生きててよかった。愛してます、エミィ、本当にずっと、ずっと…っ!」
「ダニエル様、私も。ずっとずっとあなたを…っ」
それ以上はお互い言葉にならなかった。でも、涙を流してはいけない。人前で泣くのは、淑女のマナー違反。ダニエル様も、それ以上の触れ合いはやめて、そっと手を離し、私を優しく見つめてきた。
そんな私達を父がふっと優しい視線で見つめ、高らかに言葉をあげる。
「それでは、これは速やかに陛下へと提出いたします。ここにお集まりの皆さんが見届け人です!今日別れもあったが、新たに未来へと歩き出した二組の若人たちに盛大な拍手を持って送り出してほしい!」
父のなんかよくわからん宣言に、なんかよくわからんまま貴族たちが盛大に拍手をした。
適当に丸め込もうとしてるのがさすがわが父。
「それでは陛下、宴の再開を」
父よ、王族にそれは失礼では…と思うがこの二人が大親友なのはどの貴族も周知している事実。ケチをつける人はいない。
父の言葉に陛下が頷き、言葉を放った。
「皆のもの、此度は王太子が場を混乱させてしまい申し訳ない。丸く収まったようなのでどうか一興だと思って鷹揚に受け入れて欲しい。宴の最後には皆が喜ぶであろう発表がある。それまではどうかゆるりと楽しまれよ」
これまたなんかよくわからんのを、陛下がなんかよくわからんままイイ感じにまとめ上げて、まぁ、楽しもうか、なんかよくわからんけどカッコワライと貴族たちがようやく一息ついたところで。
またやりやがったあの王太子。いやもう廃太子確実だから王太子カッコカリでいいんじゃないの?
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!!!」
サナ殿下の大声に、その場にいた全員うへぇ、という空気になったのに、全く空気読まないんだなーこの王女様は。
「なんなのよお前たち!その甘い空気は。ひょっとしてお互いに婚約者がいながら浮気していたということ!?侮辱よ!不敬罪よ!」
うわぁ、自分たちのことめっちゃ棚上げしてるぅ。でも、もういいでしょう。ちゃんとわかってもらいましょう。
「殿下」
私の鋭い言い方にサナ殿下が怯んだ。
「な、なによ」
「さっき、殿下は私にお下がりをあげる、と言いましたね?こんな言い方をダニエル様にするのはとてもとても不快なのですが、殿下のお言葉を借りますと、殿下にとってダニエル様は私のお下がりだったんですよ」
「…は?」
殿下の目が点になる。
「もう一度言いましょうか?殿下が今まで婚約者だったダニエル様は、私のお下がりです。ダニエル様と私は3歳から15歳まで婚約していました。私は彼を愛し、彼は私を愛していた。でも、16歳の時に婚約を解消することになりました。なぜだかわかりますか?」
「え、…それは、お前に可愛げが無かったからでしょう」
「ああ…私に可愛げがないというお話もでてましたね。それに関してものちほど釈明させていただきます。婚約解消の理由、それは殿下です」
「え…?」
「ダニエル様は、殿下の治世になった時に殿下を御支えするために国王陛下、女王殿下自らヘルナンデス公爵夫妻に頭を下げられて整った婚約者です。国王陛下と女王陛下はとても公正な為政者です。そんなお二人が頭を下げられてまで、そのとき百年に一度の頭脳と言われていたダニエル様の王家への婿入りを所望された。婚約者がいるのにも関わらず。すべては国民の為、殿下の治世を盤石なものとするため」
「え…?」
さっきから、え、しかいってないけどわかってるのかな…?まぁ、殿下のことだから「ダニエル様をお下がりでやったつもりが、じつはお下がりを掴んでたのは自分だった」ってプライドを傷つけられたところだけに頭がいっぱいになってて他のことなんてなにもわかってないんだろうけど。
要するに!あんたが!馬鹿だから!私は、泣く泣く婚約者と離れなきゃいけなくなった!ってことなの!!と王女殿下にもわかりやすく、ひじょーーーーにわかりやすく伝えたいところだけど、これを言ったらさすがに不敬だからと思ってたら。
「つまりあなたがおバカさんすぎて、あなたが王として次代を治めていくには、ダニエル令息の頭脳が必要だと判断したの。でも、そのせいで想い合う二人を引き離さざるを得なかった。ぜんぶあなたが悪いのよ?サナ」
うわーーーーおすぱーんと言ってのけた王妃殿下!!でもよく言ってくれた!ありがとう!と心の中で私は大喝采だ。
「な、なによそれ…」
知らなかった…いや、知ろうともしてなかった情報にサナ殿下の顔色は青いを通り越して白くなっている。そんな殿下の肩をエドモンド様が心配そうに支える。あ、だった、こっちの勘違いもちゃんと訂正しておかないと。
「殿下」
私の呼び掛けに殿下の肩がびくりと震える。
「な、なによ…」
まだあるの?とでも言いたげに片眉をあげる。
「そこのエドモンド侯爵令息ですが、いつも会いに来るのは、私が次期侯爵となりますので、その実務で忙しく時間がなかなか取れないため。侯爵家にばかり来るのは、婿入りされますので、侯爵家のこと、領地のことを知っていただくため。小言が多いのは、エドモンド様は少しばかり勉学が苦手なようなので、ともに領地を経営していくにあたり色々と教えなければいけないため。あとなんでしたっけ?デートで外に行くとき私がコーヒーしか飲まないとかなんとかでしたっけ?当たり前です。令息は借金まみれなのです。お金がないのに見栄を張って、デートでは奢ろうとするのでコーヒーだけに留めているのです。あ、なぜ借金まみれかって?他の複数いる女性に貢ぎまくるからです」
一気にまくし立ててやった。まぁ、エドモンド様に悪意なんてなく、ただ単に事実としてサナ殿下に話したんだろうけど、勝手にエドモンド様は被害者だ!って殿下の中で妄想が膨らんじゃったんだろうな。
サナ殿下の顔色がさらにどんどん白くなっていくが、隣のエドモンド様はにこにこしている。
「もーやだなー、エミィったら。借金じゃないよ、必要投資だよ。女の子は僕から与えられて幸せになる。僕は女の子に与えて幸せを感じられる。ほら、幸せの連鎖だ。最高じゃないか」
「まぁ、もうどちらでもいいです。私には関係のない事なので」
なんでこんなクズ男と婚約してたかって?ダニエル様と婚約が解消されて、私はもう誰とも結婚したくないと思った。それでも、次期侯爵というのが独り身では体裁が悪い。だから、白い結婚を条件として受け入れてくれる、でも反発せずになんでもこちらのいうことだけは聞いてくれるなんていう最低条件で婿を探していたところ、このエドモンド・クラークという男に白羽の矢が立った。それだけのことだ。
借金もある、女好き、頭も悪い。本当にクズ男だけど、借金だって、侯爵家の資産からしたら傷一つ付かない程度の可愛い額だし、女はいても家に連れ込もうとはしないし、なんだかんだバカだけど気のいい人間なので、まぁ、うまくやっていけるだろうな、という程度のただ利害の一致した関係だ。愛情なんてあるわけない。
「そ…そんな。じゃあ、私だけって言ったのは嘘なの?」
サナ殿下がエドモンド様に悲壮な表情で問いかけるが、エドモンド様はにっこりと返す。
「もちろん!婚約という意味でつながってるという意味では殿下だけだよ!でも僕の溢れんばかりの愛情は殿下にだけだと身に余ってしまうだろう?いろんなところに幸せは振りまかないと!」
おーうクズ男ー!よっ!堂々と浮気するからね☆宣言しちゃってるよ。
「そ、そんな…だって真実の愛だって…君しか見えないって…白魚で陶磁器のような指を独り占めしたいってあんな嬉しい言葉昨日…言ってくれた…の、に」
あ、白魚で陶磁器、殿下には刺さってたんだ。ていうか、昨日って!昨日私にも言いに来て殿下にも言いに行ったのか。ほんとまめだなぁこの男…
殿下がいやいやと首を振るのをもう、誰もが白けた目で見つめている。その時。
「――――いい加減にしないか」
凛とした、威厳に満ちた声が突如この茶番に終わりを告げた。
「もうそこまでだ。それ以上の醜聞はもう見るに堪えない。本当は宴の最後に発表する予定だったが、ここまで場が白けてしまうとは思わなんだ。お前のせいでな、サナ」
国王陛下が、静かに怒りに満ちている。そのあまりの風格に皆、一様に口を閉ざした。
「サナ王女の王太子としての権利を剥奪、―――廃太子とする。代わりに、喜ばしい知らせを伝えよう。今回、王宮開催の夜会が一年ぶりとなったのには訳がある。妃殿下、準備を」
はい、と言って妃殿下がいったん幕の裏に入っていった。そしてまたすぐ現れた。その手には。
「此度、我が夫婦の元に待望の男児が産まれた。高齢出産ということもあり、一年間内密にしていたことは申し訳なく思う。だが喜んでくれ。次代の王はこのガブリエルだ。王太子の称号をここに与えることをここに宣言する!」
わぁぁ!とその日一番の歓声がホール中にこだました。だれもが第一王子の誕生を歓び、新たな王太子への喜びを表していた。
そんな中、全身真っ白に血の気をひかせた王女は、隣に見目麗しい男を侍らせたまま呆然と立っていた。
結論から言うとサナ王女は今回の責任をとって離れの塔に幽閉。エドモンド様が足しげく通って愛を囁くことは許されているみたいだけど、サナ王女に愛を囁いたその足で違う女性のところに通うものだから、どんどん精神を病んでいってるらしい。
陛下と妃殿下からは最大級の謝罪と、この婚姻に関する後ろ盾をいただいた。これで、もう何があっても、たとえ陛下でもダニエル様との婚姻を邪魔することは出来ない。
お父さまにどこまで仕組んでたのか聞いたけど、茶目っ気たっぷりにウインクするだけで教えてはくれなかった。
そして私とダニエル様とは言うと、…ふふふ、それはじゃあまた別の機会にお話しましょう。
あ、あと、決して、人のことをお下がりなんて言ってはいけませんよ?
ダニエルとエミリアのそのあととか、婚約解消の時のしんどいエピとか、国王と妃殿下の辛い重いとかサナとエドさんのそのあととか時間があれば書きたいです。ちからつきた・・・・