新しい時代の幕開け
一年後……戦争の終了宣言が出された。
イクシア帝国がヘルメス王国に領地を返還……ということで決着がついた。事実上、イクシア帝国がヘルメス王国に敗北したともとれるのだが、ヘルメス王国側は領地の返還をする代わりに、賠償金を支払うことを提案。
つまり、領地を買い取ったような形となり、勝ち負けのない決着となったのだ。
だが……それでも、戦争による犠牲は出た。
同時に、犯罪人も。
「ブリュンヒルド、剣を」
「はい、お父様」
ブリュンヒルドは十五歳になった。
現在、王都中央にある処刑場にて、父の手伝いをしていた。
戦争犯罪……イクシア帝国側では、ヘルメス王国に情報を横流ししていた貴族がいた。その処刑を父が担当し、ブリュンヒルドは補佐として付いていた。
処刑用の儀礼剣による首の切断……それが、イクシア帝国で行われる処刑。
父の鮮やかな首断は、痛みを感じることもなく安らかに死ねる……と、言われていた。首を斬られ落ちた頭部が、死んだことを理解できず、首を斬られて数分生きていたという話もあるくらいだ。
ブリュンヒルドは、剣を聖水で清め、処刑場内にある祭壇へ安置する。
そして、両手を合わせ……静かに、死者の冥福を祈る。
「…………」
今は、祈ることができる。
だがあと数年もすれば……祈る資格もなくなるだろう。
アルストロメリア公爵家の死刑執行人として、ブリュンヒルドが首を斬る立場になるのだ。
祈りを終え、ブリュンヒルドは立ち上がる。
そして、祭壇をあとにした。
◇◇◇◇◇◇
屋敷に帰ると、兄のエイルと書斎の前でばったり会った。
「おかえり、ブリュンヒルド。今日は遅かったね」
「はい。少し、用事がありまして」
兄は知らない……処刑執行人のことを。
現在、父ライオスがアルストロメリア公爵家当主であり、処刑執行人である。
それは父が、アルストロメリア公爵家の証である銀髪赤目であるから。仮にライオスが金髪で、弟が銀髪赤目だったら、処刑執行人の役目は弟が担っていただろう。
当主であり処刑執行人なのは、ライオスに兄妹がいないからだ。
エイルは次期公爵として表のアルストロメリア公爵家を支え、ブリュンヒルドは処刑執行人として裏のアルストロメリア公爵家を支える。
いつか、エイルにも話すとライオスは言っていた。その時、この優しい兄は受け入れることができるかと、ブリュンヒルドは心配になった。
「ブリュンヒルド。実はきみに、お願いがあるんだけど……」
「はい?」
「実は、友人の誕生パーティーに招待されてね。ダンスパーティーも兼ねているそうなんだ。それで、ボクのパートナーとして一緒に出てくれないかい?」
「私が、お兄様のパートナーとして、ですか?」
「ああ。シグルーンにお願いしようと思ったけど、あの子はデートでね。頼めるかな?」
「もちろん、構いません。お兄様のお役に立てるのなら……でも、私が参加して、ご迷惑をおかけしないでしょうか」
「あるわけがない。ブリュンヒルド、誰が何を言おうと、きみはアルストロメリア公爵家の令嬢なんだ。堂々としてればいい。きみに降りかかる災いは、ボクが振り払うさ」
兄は、家族を愛している。
父も母も、妹二人も守ろうと努力している。
ブリュンヒルドのことも、家族として愛していた。
その優しさが、ブリュンヒルドの胸に刺さる……自分は、父の仕事の手伝いで処刑執行人としての経験を積んでいるのに、そのことを言えない。
「さ、ドレスを仕立てないとね。実は明日、仕立て屋が来ることになってるんだ。ふふ、ブリュンヒルドに似合うのは……銀色かな。父上譲りの綺麗な髪と瞳に合うドレスを仕立てよう」
「ありがとうございます。ふふ、お兄様ってば用意周到ですね」
今は……兄のやさしさに甘えよう。
ブリュンヒルドは微笑み、兄と並んで歩き出すのだった。
◇◇◇◇◇◇
パーティー当日。
ブリュンヒルドは、銀色のドレスを着て、化粧をして、髪をまとめ、兄と同じ馬車で会場へ向かっていた。
エイルは、ブリュンヒルドに言う。
「ブリュンヒルド。ボクから離れないようにね」
「お兄様、心配しすぎです。もう何度も聞きました」
「だけどね、ブリュンヒルド……きみは、自分がどれほど美しいか自覚を持った方がいい!! はあ……こんな姿を見せたら、どうなるか」
「……お兄様」
シスコン……と、言いたかったが堪えた。
だが、エイルの心配は理解できる。それくらい、ブリュンヒルドは美しかった。
十五歳。女の子から少女へ、少女から女性へ変わっている最中なのか、大人の女性の雰囲気を纏い始めたブリュンヒルド。
美しいライトシルバーのドレス。目立たないよう、シンプルな装いにし、首元にはルビーのネックレスをしている。
腰まで伸びた髪は丁寧にまとめられ、兄からもらったバレッタで止めていた。
薄く化粧をし、ルージュを引いた唇は、どこか扇情的すらあった。
馬車が会場へ到着。
事前に聞いた話では、兄の友人は侯爵家の長男で、婚約者もいるらしい。
馬車から降り、エイルと腕を組んで会場内へ。
そして、兄の友人に挨拶を終え、友人に囲まれる兄からそっと離れ、目立たないよう会場のテラスに出て、静かに夜空を見上げていた。
そんな時だった。
「あれ、お前」
どこかで聞いたことのある声。
振り返ると、そこにいたのは……赤い髪の少年。
「ハスティ様?」
ハスティ・アウリオン。
アウリオン公爵家の四男が、赤を基調とした礼服を着て立っていた。
だが、窮屈なのか、胸元のボタンを開け、上着を脱いでシャツを腕まくりしている。
「ブリュンヒルド・アルストロメリア公爵令嬢じゃん。なんだ、お前も来てたのか」
「…………」
お前呼ばわり……それに、上着を脱いでの腕まくり。
どうも礼儀作法に欠けるような、粗暴なような、そんな気がした……というか、そう結論づけた。
ブリュンヒルドは返事をせずに一礼し、その場をあとにしようとする、が。
「待てよ。なあ、その……謝りたいんだ」
「謝りたい、ですか」
「ああ。そのよ……オレ、お前に失礼なこと、言っちまった。そのことについて、謝罪したい」
「わかりました。謝罪を受け入れます……それでは」
「ま、待てって。ちゃんと謝らせてくれ」
「…………では、一つよろしいですか?」
「え?」
ブリュンヒルドは、こほんと咳払い。
「まず、私は『お前』ではありません。同じ公爵家とはいえ、あまりに失礼な言い方ではありませんか? それに、謝りたいと言う割には、上着を脱いで、胸元を開け、腕まくりをして……正直なところ、あなたの言葉には誠意を感じません。本心がどうであれ、あなたの謝罪は必要ありません」
「うぐぅ……」
「謝罪の前に、礼儀を学んでから来てください。それでは失礼いたします。ハスティ・アウリオン様」
「…………はぁい」
がっくりうなだれ、ハスティは落ち込んでしまった。
だが、そんな姿が捨てられた子犬みたいで、ブリュンヒルドはついクスっと笑ってしまう。
「あ、今笑っただろ。おいおい、それは失礼じゃないのかよ」
「さあ、笑ってなんていませんけど」
「嘘つけ!! ブリュンヒルド・アルストロメリア……ああ言いにくい。ブリュンヒルドでいいか?」
「礼儀を学んでから、と言いましたよね? 私たち、友人でもないのですが、呼び捨てですか?」
「じゃあオレのことハスティでいいぜ。ブリュンヒルド」
「…………それでは、失礼いたします」
もう話にならないので、ブリュンヒルドはカーテシーで一礼し、その場をあとにした。
「ブリュンヒルド、いろいろ悪かった!! 今度ちゃんと謝るから、またな!!」
「…………」
ブリュンヒルドはその声に応えず、会場内へ。
女性に囲まれているエイルがブリュンヒルドに気付き、ブリュンヒルドを口実に近づいてきた。
「さ、挨拶も終わったしそろそろ帰ろう。いやはや、令嬢たちに囲まれ……ブリュンヒルド、どうしたんだい?」
「え?」
「いや、なんだかうれしそうだったから」
「……そう、でしょうか?」
不思議だった。
ハスティとの会話は、それほど嫌ではなく……むしろ、新鮮さをブリュンヒルドに感じさせていた。