貴族令嬢ブリュンヒルド
王立学園。
貴族の令嬢、令息は通うことを義務付けられている場所だ。
十三歳から十七歳までの四年間を通うことになり、いくらブリュンヒルドの人生が『死刑執行人』と決まっていても、通わなければならない場所だった。
ここでは主に、歴史文学、礼儀作法、社交について学ぶ。
シグルーンは一年生、ブリュンヒルドは二年生、兄のエイルは四年生である。
そして先日が、新入生の入学式。ブリュンヒルドは二年生になったばかりだ。
現在、ブリュンヒルドは徒歩で、学園までの道を歩いている。
「二年生、か……」
学園の制服を着て、銀髪をなびかせ、ブリュンヒルドは思う。
あと三年。学園に通って貴族令嬢として必要なことを学ぶ。
最初は、父に抗議もした……『処刑執行人』に、学園に通うことは必要なのか、と。
だが父は『処刑執行人ではあるが、お前はアルストロメリア公爵家の令嬢でもある。表向きの顔は貴族令嬢なのだ』と言った。
将来、兄の子供の家庭教師になるのなら、学園の卒業資格は必要である。仕方なく、ブリュンヒルドは真面目に学校に通っていた。
本来、屋敷から通うのなら、シグルーンのように馬車に乗るのが普通なのだが、屋敷からそこそこ近い場所に学園はあるので、ブリュンヒルドは歩きで向かっていた。
貴族令嬢の前に将来の『死刑執行人』である。身体は鈍らせるつもりはない。
そして、学園に到着。ブリュンヒルドは玄関へ向かう。
「…………」
見られている。
それも、何人も、いくつもの視線がブリュンヒルドに刺さる。
学園に通い始めて、もう何度も経験した視線だ。
「あれ、アルストロメリア公爵家の……」
「子供ができない体質……」「可哀想……」
「アルストロメリア家も不憫よね……」「婚約者いないみたいだぜ……」
ブリュンヒルドに対する憐れみ、嘲笑など、この一年間嫌というほど聞こえてきた。
もともと、嘘の設定だ。しかもブリュンヒルドは『冷めている』性格なので、誰に何を言われようと気にはしないし、むしろ誰も近づいてこないことに感謝すらしていた。
煩わしい人間関係がない。設定には感謝していた。
教室に向かい、自分の席に座り、授業の予習を始めると。
「おはようございます。アルストロメリア公爵令嬢」
「……おはようございます。カタリーノ侯爵令嬢」
金髪、縦ロール、お供を何人も引き連れた令嬢が、ブリュンヒルドの前に来た。
ブリュンヒルドがこの教室で一番『面倒くさい』と思うこと……それは、この令嬢に関わること。
なぜか、このカタリーノ侯爵令嬢、ブリュンヒルドをライバル視して絡んでくるのだ。
「予習。どうやら、今日の抜き打ちテストの情報を掴んでいるようですわねぇ。フフフ……」
「…………はあ」
そんなものの存在は知らない。
ブリュンヒルドは適当に相槌した。
「今回勝つのはわたくしですわ。ふふん、勝負といきましょうか……もし、わたくしが勝ったら、あなたにはしっかりと『カタリーナ・カタリーノ侯爵令嬢に負けました』と言ってもらいましょうか」
「…………はあ」
「まああり得ませんが、わたくしが負けたら……こほん。わたくしのことを、名前で呼ぶことを許可してあげますわ」
「…………はあ」
「では!! ごきげんよう、お~っほっほっほ!!」
カタリーナは自分の席へ。
人生楽しそうだなと、ブリュンヒルドは適当に思うのだった。
◇◇◇◇◇◇
抜き打ちテストの結果は、ブリュンヒルドの全問正解満点により勝ちに終わった。
カタリーナは「これで勝ったと思わないことね!!」と捨て台詞を吐いてさっさと帰ってしまい、ブリュンヒルドは一人、放課後の図書館で読書をしていた。
剣を振るのは屋敷で。それ以外は普通の令嬢として『偽装』する。
アルストロメリア公爵家の処刑執行人の後継者としてではなく、今、この瞬間だけは貴族令嬢として、ブリュンヒルドは過ごしていた。
「…………」
放課後の図書館は、意外にも人が少ない。
司書もおらず、大量の蔵書に囲まれ、静かに読書をする時間。
ブリュンヒルドは、剣を振る以外ではこの時間が好きだった。
ちなみに、読んでいるのは医学書……処刑執行人として、人体の仕組みを学び、人体のどこが急所で、内臓はどうなっているのかなどは必要な知識だった。
ちなみに、父は医師の資格も持っている。
「……ふう」
シグルーンは、どうしているか。
恐らく、部活動の説明を受けているだろう。
貴族の部活動は、乗馬、剣術、狩猟、演劇と多岐にわたる。イクシア帝国では貴族の学園における部活動は、道楽の一つでもあった。
もちろん、ブリュンヒルドは部活になど入っていない。
「…………」
本を閉じ、窓の外を見る。
すると、兵士が数名歩いていた。
イクシア帝国兵士。恐らく、上級生か卒業生が来たのだろう。
「……戦争」
現在、イクシア帝国とヘルメス王国間では戦争が起きている。
戦争といっても、兵と兵がぶつかり合う血生臭いものではない。各地で小競り合いが起き、勝った負けたを繰り返している程度の戦いだ。
近く、休戦するのではないか……と、噂になっている。ブリュンヒルドとしては戦争なんて起きてほしくない。むしろ……忙しくなるのは、そのあとだ。
戦争の発端。それらの原因を追究し、発起人は間違いなく処刑される。
ブリュンヒルドは何度か、父の仕事を見ていた。
首を斬る技術を学んだ。人が死を目の前にした時、どういう表情でなのかも見た。
きっと、戦争が終われば、また死刑がある。
「…………」
いずれは、ブリュンヒルドの仕事になる、処刑執行。
ブリュンヒルドは窓を開け、外の空気を吸う。
冷たい、だが緑と日差しの香りが胸いっぱいに満たされた。
「……そろそろ帰ろう」
窓を閉め、帰り支度をしようとした時だった。
「……あら?」
ふと、兵士の中に、見覚えのある顔があったような気がした……が、すぐに行ってしまった。
後ろ姿が遠ざかって行くのが見えたが、もう顔は見えない。
「…………まさか、ね」
思い出すのは、六歳のころ。
大事な、幼馴染ともいえる男の子の姿を、なぜか思い出すのだった。




