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八年後

 カルセドニーとの別れから八年が経過した。

 ブリュンヒルドは十四歳になり、その神秘的な容姿にますます磨きがかかり、十四歳とは思えない美しさを備え始めていた。

 そして現在、ブリュンヒルドは自室で、メイドのマリエラに髪を梳いてもらっている。


「……お父様は、今日も遅いの?」

「はい。旦那様のお帰りは深夜になるそうです」


 いつものやり取りだった。

 ブリュンヒルドは小さく息を吐く。


「……本当に、お忙しいのね」


 ブリュンヒルドは外を見る。

 外はしんしんと雪が降っており、木々が白くコーティングされていた。

 暖炉の火がパチッと爆ぜ、ブリュンヒルドは身支度を整え終わる。


「……シグルーンは?」

「お部屋にいます」

「そう。じゃあ、お話をしに行こうかしら」


 妹のシグルーンは十三歳。先日、婚約者が決まった。

 相手は、同じイクシア帝国内の公爵家長男だ。マリエラと同い年……そして、通い始めたばかりの学園で同級生という、どこか運命じみた組み合わせ。

 ブリュンヒルドも、同じ学校に通っているが……ブリュンヒルドに婚約者はいない。

 そもそも、処刑執行人としての将来が決まっているので、結婚をする意味がないのだ。

 マリエラは悲しそうに言う。


「あの、お嬢様……シグルーン様は」

「マリエラ、気にしないでいいの。あの子も喜んでいるのでしょう?」

「は、はい……」


 シグルーンは、帰るなりどこかフワフワしていた。

 婚約者が決まった。名前だけ聞いた。初めての登校で、同じクラスに婚約者がいた。しかも、相手もシグルーンを意識しているのか、二人は初々しさしか感じなかった……と、乙女小説のワンシーンみたいな出会いだったと、入学式に同行していたシグルーンの専属メイドが言っていたそうだ。


「ふふ、素敵な出会い。あの子、誰かに話したくて仕方ないんじゃないかしら?」

「……はい、きっと」


 マリエラは、どこか重々しい雰囲気だった。

 なぜ、言葉に詰まっているのか。それは、ブリュンヒルドの境遇にあった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ブリュンヒルドは、マリエラの部屋のドアをノックした。

 すると、シグルーンの専属メイドであるシャンテがドアを開けて一礼する。

 

「お姉様!! ああ、聞いてほしいの、あのね、運命の出会いだったの!!」

「きゃっ、お、落ち着いて。話なら聞くわ」

「うん!!」

 

 シグルーンは、十三歳になっても甘えん坊だった。

 ブリュンヒルドの胸に顔を埋め、ぷるぷる震えている。

 そんな妹の肩を優しく叩き、ブリュンヒルドは部屋の中へ。

 マリエラ、シャンテがお茶の支度をし、窓際の椅子に座るなりシグルーンは言う。


「ロイが、私との出会いを運命だって!! 今朝、婚約者のことを聞かされて、初めての登校で……しかも、同じクラスだったの。ロイも驚いてたの。お話、少ししたけど……向こうも照れてたの。えへへ……」

「ふふ、よかったじゃない」

「うん。あ……その、お姉様」

「なに?」

「……その、お姉様は、本当に」


 数年前、父との間に決めたことがあった。

 そのことを、家族にも共有してから……ブリュンヒルドの立場が、少し微妙になった。

 もちろん、ブリュンヒルドは納得している。父も申し訳なさそうだったが、ブリュンヒルドが理解してくれたことに感謝をしていた。

 ブリュンヒルドは、紅茶を啜りながら言う。


「私は子供を産めない体質なの。だからお嫁にも行けないし、将来はこの家の……お兄様のお子様の家庭教師として、公爵家のために役立つわ」

「…………」


 生まれつき、子供の産めない体質……それが、ブリュンヒルドの『嘘』だった。

 子供が産めなければ、いくら容姿が優れていようと結婚しようという貴族はいない。それに、仮に婚約の申し込みがあっても断りやすい。

 それは、女としてのブリュンヒルドを否定する残酷な嘘。だが、将来の処刑執行人として、兄の子供の家庭教師として残るという話は、都合がよかった。

 それに、家庭教師は嘘ではない。


「……お姉様。やっぱり、お医者様をもっともっと探した方がいいです!! お兄様だって……」

「ダメ。今はヘルメス王国との戦争中……医師はいくらいても足りないのよ?」

「……お姉様」


 シグルーンは、ずっとブリュンヒルドを心配していた。

 子供の産めない女と嘲ることもなく、何度も何度も心配し、医者の手配、どこで探したのか薬学の本などを大量に持ってきたりもした。

 兄エイルも、今は学園の生徒会役員として活動している。将来の公爵として、女性人気が非常に高いともブリュンヒルドは聞いていた。


「私、学園に入って一日で、いろんなお友達ができましたの。まあ……お兄様目当てのご令嬢も多かったですけど」

「ふふ。お兄様は家族の私たちから見ても美男子ですものね」

「ええ。まったくもう、次期公爵なのに、婚約者の一人もいないなんて。お父様も『エイルなら自分で何とかするだろう』って、相手を選ぶこともしない。お兄様がそんなだから、毎日婚約のお手紙とか、山のように家に来るっていうのに」

「ふふ、そうね」


 ブリュンヒルドは、なんとなく思っていた。

 エイルは確かに、高身長で美形、甘いマスクで学園内で人気がある。婚約者がいないというのも恐らく……兄は純情なのだ。

 シグルーンと似たところがあるのだろうか。恐らく、運命の出会いを待っている。

 決められた婚約ではない、心が通じ合った相手との婚約。

 純愛……ブリュンヒルドとは無縁の世界だった。


「あ、そうだ。お姉様もすっごく人気なのですよ? クラスの男子が噂していましたわ」

「噂? 私を?」

「はい。お姉様の綺麗な銀髪、紅玉の瞳……神々しい女神様のようだ、って」

「大げさね……」


 ブリュンヒルドは苦笑する。

 シグルーンは、ブリュンヒルドをジッと見て言う。


「……お姉様にも、あると思います」

「え?」

「運命の出会い」

「……え?」


 シグルーンは、真っすぐ、ブリュンヒルドを見つめて言う。


「私は、出会いました。お兄様もきっと出会う。それに……お姉様も」

「…………でも、私は『石腹』だから」

「お姉様。その言葉、もう二度と言わないでください」


 シグルーンは、キッと強い眼でブリュンヒルドを叱る。

 石腹。子を産むことのできない腹という、侮辱の言葉。

 思わず出てしまった言葉。ブリュンヒルドは静かに謝る。


「ごめんなさい。でも……運命だというなら、これが私の運命だから」

「……お姉様」

「シグルーン。あなたは私の自慢の妹よ。幸せになってね」

「……」


 暗い雰囲気になってしまった。

 シグルーンは紅茶を飲み、思い出したようにいう。


「あ、そうだ。お姉様、聞きました? 交換留学生の件」

「交換、留学生? ああ、ヘルメス王国とイクシア帝国が毎年行っている、交換留学のこと?」

「はい!!」

「……でもそれ、十年前から取りやめになってたはずよ?」

「そうなんですけど、イクシア帝国とヘルメス王国の情勢が比較的安定し始めているので、もしかしたらこのまま友好条約が結ばれるかも……なんて噂がありまして、友好の一歩として、交換留学を再開しようなんて話があったそうです」

「……それ、噂よね」

「はい!! でもでも、交換留学が再開したらいいなあ」

「ふふ、そうね」


 ヘルメス王国……ふと、ブリュンヒルドは思い出す。


『さよなら』


 十年前に別れた少年、カルセドニーのことを。

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