最終話 未来へ
死刑制度の撤廃から、二年が経過した。
ブリュンヒルドは十八歳となり、その美しさに益々磨きがかかった。
現在、ブリュンヒルドは医師見習いとして、イクシア帝国の王立医師団の一人として、勉強をしている。
今日も、医師団の先輩の助手として、手術を一つ終わらせた。
更衣室で着替えを終え、部屋を出ると、先輩医師が言う。
「ブリュンヒルド。お疲れ様」
「お疲れ様です、先輩」
ブリュンヒルドの指導医である女性医師は、ブリュンヒルドの肩をポンと叩く。
「ふふ、今日もいい助手っぷりだったわ。あなた、本当に筋がいいわね……初めての助手は大抵、血を見ると青ざめたり、震えて動けなくなるんだけど……」
ブリュンヒルドは、血を見たり内臓を見ても、特に顔色を変えることなく、淡々と助手の仕事をした。
そのことを褒められ、ブリュンヒルドは小さく微笑む。
「血は、苦手じゃないので……」
「そう。あなたはきっといい医師になるわ。多くの人を救う、素晴らしい医師にね。っと……その前に」
先輩医師は、ブリュンヒルドの手を見る。
指に輝く指輪を見て、ニッコリほほ笑む。
「結婚式……もうすぐなんだっけ?」
「はい。来月に……彼が、こちらに戻って来るので」
「確か、ヘルメス王国の騎士様だったわね。英雄……だったかしら?」
「そうですね。でも……私からすれば、過保護な婚約者です」
「愛されてるのね。もし、あなたに赤ちゃんができたら、私が取り上げてあげるわ」
「……っ」
ブリュンヒルドは頬を染めた。
先輩医師はケラケラ笑い、ブリュンヒルドの背中をポンと叩くのだった。
◇◇◇◇◇◇
ブリュンヒルド・アルストロメリア。
彼女は、処刑執行人となることなく、一人の少女としてアルストロメリア公爵家の令嬢となった。
処刑制度が撤廃後、カルセドニー・マルセイユから求婚を受ける。そして婚約。
カルセドニーは一度ヘルメス王国へ戻った。そして今日、戻ってくる。
ブリュンヒルドは馬車に乗り、屋敷へ戻る。
すると、屋敷の前に一人の青年がいた。
馬車から降り、ブリュンヒルドは青年……ハスティに挨拶をする。
「ハスティ……どうしたの?」
「ん、ああ。挨拶にな」
「え?」
ハスティは、この二年で身長がかなり伸び、ブリュンヒルドを見下すほどだった。
どこか照れたように微笑んで言う。
「ミュディアが即位して女王になることは知ってるよな」
「ええ、知ってるけど……」
「オレさ、あいつと結婚するんだ。夫として、あいつを支える」
「……え」
初耳だった。
ポカンとしていると、ハスティは続ける。
「黙ってて悪かったな。今日、カルのやつが戻ってくるだろ? オレも今日、ヘルメス王国に渡るんだ。しばらくは婚約者として、あいつの傍仕え騎士として過ごす。あいつが二十歳になったら結婚して、オレも王族の一員になるんだ」
「……初めて聞いたわ」
「まあ、交換ってわけだ」
「……まさか、カルがこっちに来れるようになったのって」
アウリオン公爵家、そしてヘルメス王国の英雄カルセドニー・マルセイユ。
アウリオン公爵家の三男ハスティはヘルメス王国の女王ミュディアの夫として、ヘルメス王国の英雄カルセドニーは、アルストロメリア公爵家の令嬢ブリュンヒルドの夫として。
それぞれ、無視できない立場同士が、それぞれの国に渡る。
カルセドニー・マルセイユはイクシア帝国の騎士団長として、ハスティ・アウリオンはヘルメス王国の王族として。
これが、真の友好の証……両国が納得した、入れ替えだった。
「……ハスティ」
「おいおい勘違いすんなよ? 政略結婚の側面はあるけど……純粋に、オレはミュディアを愛してるんだ。あいつも、オレのこと愛してるって言ってくれたしな。その……祝福、してくれるか?」
「当然じゃない。あなたも、ミュディアも、私の大事なお友達。ハスティ・アウリオン……おめでとうございます」
「ありがとうございます、ブリュンヒルド・アルストロメリア公爵令嬢」
それぞれ貴族の礼をし、おかしそうに笑い合った。
「……じゃあ、行くわ」
「ええ、気を付けて」
「……幸せにな、ブリュンヒルド」
「あなたも、ハスティ」
友人としての抱擁をし、二人は別れた。
これから会う機会も減るだろう。でも……共に学園で過ごし、剣で高め合い、笑い合った日々は永遠に忘れることのない、宝物だ。
◇◇◇◇◇◇
ブリュンヒルドは、王城へ向かう途中にある公園に、一人でいた。
なんとなく、ここにいれば会えるような気がした。
すると、足音が聞こえ、ブリュンヒルドの後ろで立ち止まる。
「……おかえりなさい、カル」
「ただいま、ブリュンヒルド」
カルセドニー・マルセイユが、優しい笑みを浮かべ立っていた。
ブリュンヒルドの隣に立ち、城下町を二人で見降ろす。
「ハスティと会った。あいつ、早くミュディア……おっと、女王陛下に会いたいってボヤいてたよ」
「そう。あの二人、幸せになれるといいわね」
「なれるさ、きっと。僕たちがそうであるようにね」
二人は手をつなぐ。
ブリュンヒルドは、静かに目を閉じて言う。
「……『銀血姫』」
「え?」
「以前、あなたに買ってもらった本……処刑執行人の少女の人生の物語よ」
「……ブリュンヒルド」
「ふふ。タイトルだけだと、不穏な印象だけど……最後まで読んでわかったの。確かに『銀血姫』の少女は処刑執行人としての人生を歩んだわ。でも、最後は愛する人と一緒になった……罪を共に背負い、生涯の伴侶としてね」
「…………」
ブリュンヒルドは微笑んだ。
「私は、幸せよ……あなたを愛し、手が血で染まる前に、あなたと結ばれた。今は医師として、命を救うことができる……あなたのおかげ」
「……違うよ。きみはきっと、命を奪うことなんてできないさ」
銀血姫の物語は、決して幸せなハッピーエンドではなかった。
でも、罪を背負っても、血で汚れても、最後は愛する人と結ばれた。
ブリュンヒルドも同じだ。
きっと最後は、カルセドニーが愛し、共に歩んでくれる。
「カルセドニー、愛してるわ」
「僕もだ。ブリュンヒルド」
夕焼けに染まりながら、二人は幸せなキスをした。
◇◇◇◇◇◇
一年後、ブリュンヒルドとカルセドニーは結婚、三人の子供が生まれ、幸せな日々が続いた。
カルセドニーは、イクシア帝国の騎士団長として国を支える英雄となった。ヘルメス王国、そしてイクシア帝国では名の知らない剣士となり、歴史にその名が刻まれたという。
ブリュンヒルドは医師としてその生涯を人々のために捧げた。彼女はいつも笑い、怪我や病気の治療に尽くしたという。
ハスティはミュディアと結婚。双子の子供が生まれた。
ハスティは騎士団長としてヘルメス王国に身を捧げ、国を守る英雄としてその名を刻んだという。
イクシア帝国のカルセドニーとは永遠のライバルと呼ばれたそうだが、一年に一度、両国の交流会では仲良く酒を飲む姿が見られたという。
ミュディアはヘルメス王国の女王として、ヘルメス王国にその身を捧げた。
女王でありながら母として子供を育て、息子ではなく娘に王位を譲り、晩年はハスティと穏やかに過ごしたという。
銀血姫ブリュンヒルド。処刑執行人として生まれた少女は、誰一人命を奪うことなく、一人の女としての幸せを掴み、愛する者と結ばれた。
その生涯は愛にあふれ、幸せに包まれていたという。
─完─




