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銀血姫ブリュンヒルド~処刑執行人の恋~  作者: さとう
第五章

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辛い気持ち

 カルセドニーと別れたブリュンヒルドは、部屋に戻るなり崩れ落ちた。


「……ぅ、ううう、ぅ」


 胸が張り裂けそうだった。

 カルセドニーへの気持ちを絶つのは、身体を引き裂かれたような痛みだった。

 胸が苦しく、涙が止まらない。

 決めたはずなのだ。アルストロメリア公爵家の処刑執行人として、その人生を捧げると。

 だが……恋をして、変わってしまった。


「…………私、こんなに弱かったんだ」


 強くなろうと頑張った。

 剣を、医学を学び、処刑執行人として揺れない心を手に入れようとした。

 もともと、感情に乏しいとは言われたが、それでも心が揺れないよう、頑張った。

 

「…………」

 

 でも、恋をしてしまった。

 カルセドニー……幼馴染の少年。

 子供のころと違い、大人の男になって戻って来た。

 自分を好きだと言ってくれた。最初は困惑したが……嬉しかった。

 でも、処刑執行人だから……命を奪う仕事をする自分が、幸せになっていいわけがないと思っていた。

 でも……それでも、好きになってしまった。


「…………立たなきゃ」


 ブリュンヒルドは、たちあがる。

 そして、涙をぬぐい、制服を着替え、父の書斎へ。

 ドアをノックすると、返事があった。


「……帰って来たのか、ブリュンヒルド」

「はい、お父様」


 ブリュンヒルドの目元が赤いことに気付いたライオスだが、何も言わなかった。

 きっと、ブリュンヒルドが自分の中で、いろいろな決着を付けたと悟ったのだろう。


「……決意は、できたのだな」

「はい。私は……覚悟を、決めました」

「……わかった。ではブリュンヒルド、次回の死刑の執行を、お前に任せる」

「……はい」

「いいか。一度でも命を奪えば、お前はもう永遠に死刑執行人だ」

「覚悟はできております」


 ブリュンヒルドは、悲しみを忘れるために、決意をした。

 いや、悲しむことで決意できた。

 アルストロメリア公爵家の死刑執行……銀血姫としての、決意を。


 ◇◇◇◇◇◇


 カルセドニーは、落ち込んだまま歩いていた。

 失恋……そして、衝撃の事実。

 愛していると言われた。でも、処刑執行人となるために恋を諦めた。

 だから……想いが届くことは、決してない。


「……ブリュンヒルド」


 知らなかった。

 アルストロメリア公爵家の宿命。

 イクシア帝国に死刑制度があることは知っていた。だが……その役目を担うのが、アルストロメリア公爵家というのは知らなかった。

 ブリュンヒルドが、その後継者ということも。


「…………」


 これからブリュンヒルドは、数多くの罪人を裁く。

 石腹というのは嘘だった。でも……血に濡れた両手で、愛する男の子を産み、抱き上げたいと思えないのだろう。

 愛しているからこそ、愛している人から離れる。

 幸せになってほしいと、ブリュンヒルドは言った。


「……愛」

「カル」


 と、いつの間にか学園に戻ってきていた。

 そして、目の前にはミュディア、そしてハスティがいた。


「その顔……知ったのね?」

「……まさか、知っていたのか? ハスティ、きみも」

「ええ、知ってる」

「オレもだ。まあ……知ったのは、お前が囚われていた時だけどな」


 二人とも、苦しそうな顔をしていた。

 ミュディアは言う。


「調べたけど……アルストロメリア公爵家に、銀髪赤目で生まれてくる子が現れたら、その子は処刑執行人の後継者として育てられるそうよ。それが男であれ、女であれね……だから、次の当主はブリュンヒルドで決まり。当主と言っても、表ではない、裏の当主」

「……そう、なのか」

「ええ。彼女の兄か妹の間に子供ができて、その子が銀髪赤目なら、ブリュンヒルドが次の処刑執行人として育てることも決まっているわ。アルストロメリア公爵家……なんて重い宿命」


 ミュディアは辛そうな顔をしていた。

 ハスティも、どこか目を背けている。


「あいつ、自分の宿命だって……全部、受け入れてた。オレ……すげえって思っちまった。あんな、同い年の女の子がだぜ? 処刑執行人として生きる覚悟を決めてたなんて……」

「……僕は、何も知らなかった。だからブリュンヒルドは……あんなに強かったんだ」


 ハスティも、カルセドニーも、何も言えなかった。

 すると、ミュディアは言う。


「……カル。あなた、どうするの?」

「え?」

「このまま、ブリュンヒルドを諦める? 彼女はもう、人生の覚悟を決めている。アルストロメリア公爵家の後継者として、処刑執行人としての人生を」

「…………」

「あなたは? あなたは……彼女を、諦めることができる? 彼女を忘れ、ヘルメス王国で幸せになる道はある。あなたは英雄……私と、婚約をして、王位を継承することができるかもしれないわ」

「…………」


 カルセドニーは、ミュディアをまっすぐ見た。

 ミュディアは真剣に聞いていた。


「カル。答えを聞かせて……あなたの初恋を思い出にするか、あなたも覚悟を決めるか」

「……僕の、覚悟」

「ええ。誰かを、愛する人を手に入れる覚悟……あなたは、それがある?」


 カルセドニーは目を閉じ、胸に手を当てる。

 ブリュンヒルドのことが脳裏に浮かぶ。

 小さいころのブリュンヒルド。怪我の手当てをしてくれたブリュンヒルド。一緒に夕食を食べたブリュンヒルド。そして、今の、自分を愛すると言ってくれたブリュンヒルドを。

 カルセドニーは目を開け、ミュディアをまっすぐ見て言った。


「ああ、覚悟はある。僕は……全てと引き換えにしても、ブリュンヒルドが好きな気持ちを忘れることなんて、絶対にできない」

「…………本気なのね」

「ああ、迷わない」


 ミュディアは顔を伏せ……ハスティは見た。

 ミュディアの口が、小さく動いたのを。


「敵わないな」


 そして、ミュディアは顔を上げ、強い声で言う。


「方法は、なくはない」

「っ!!」

「私の王女としての立場を利用して、イクシア帝国の皇帝に謁見をすることができるわ」

「謁見って……それでなんか変わるのか?」

「ええ、方法はもう、一つしかない」

「……ミュディア、まさか」


 カルセドニーは察した。

 ミュディアは頷く。


「ブリュンヒルドを処刑執行人にしないためには……イクシア帝国の処刑制度を、撤廃するしかない。カルセドニー……国王と謁見し、処刑制度撤廃を嘆願するのよ。ヘルメス王国の英雄であるあなたの言葉なら、国王陛下も聞くかもしれない」


 こうして、カルセドニーは、あまりに希望の薄い賭けにでることにするのだった。

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