悲恋
「ブリュンヒルド、あなた……カルのこと、愛しているの?」
「はい。でも……私は、アルストロメリア公爵家の後継者です」
「……あー、マジかよ。ってか処刑って……おい、まさか」
ハスティは、妙なところで勘がいい。
ブリュンヒルドではなく、ライオスを見て睨むような顔をした。
「察しの通りだ。もし、このままカルセドニー・マルセイユが無罪とならず、処刑の判決が出たら、ブリュンヒルドの初仕事になる」
「なっ……公爵、それはあんまりじゃないのかよ」
「ハスティ、いいの」
「よくねえよ!! ってか、処刑? ヘルメス王国じゃ処刑制度はとうに廃れてんだぞ? イクシア帝国の処刑だって」
すると、ハスティは黙りこむ……ライオスの無言の圧力だ。
「イクシア帝国の処刑制度は、アルストロメリア公爵家の責務だ。ハスティ・アウリオン……部外者であるキミに、我が家のことをとやかく言われる筋合いはない」
「……ぅ」
「ブリュンヒルド。お前の告白は想定内だが……いいんだな?」
「はい。私は、アルストロメリア公爵家の処刑執行人として、その人生を捧げます」
ブリュンヒルドは、ミュディアに微笑を向けた。
「ミュディア。どうか、カルセドニーを幸せにしてあげてくださいね」
「…………ブリュンヒルド」
こうして、カルセドニーを救うために奔走したブリュンヒルドたちだった。
◇◇◇◇◇◇
数日後、カルセドニーの裁判が始まった。
証拠となる治療記録、そして医師の証言によりカルセドニーに犯行は不可能とされ無罪となった。
そして、ヘドウィグ、カティアがリカルド伯爵の調査を行ったところ、子爵殺害はリカルド伯爵
による指示だったことが判明……リカルド伯爵は逮捕された。
貴族殺しは最も重い罪……リカルド伯爵は処刑となった。
ヘルメス王国ではない、イクシア帝国の法に基づいての処刑。
処刑執行台に運ばれたリカルド伯爵は、信じられないような顔をして言う。
「こんなバカなことがあってたまるか!! 私は、リカルド伯爵、ヘルメス王国の次期国王だぞ!!」
斬首台に固定。
処刑執行人は、ブリュンヒルド……ではなく、ライオス公爵。
ブリュンヒルドは、処刑用の剣をライオスへ。
「こんな、馬鹿なことがああああああああ!!」
ライオスの一撃。リカルド伯爵は首を斬られ即死。
ブリュンヒルドは、冷徹な眼差しで、リカルド伯爵の驚愕したままの顔を見るのだった。
◇◇◇◇◇◇
リカルド伯爵の騒動から一週間、日常が戻って来た。
そして、最初こそ敬遠されたカルセドニーも、殺人の疑惑人ではなく、イケメンの留学生としての地位を取り戻し、剣術部へ顔を出してはハスティと高め合っていた。
そして現在、カルセドニーはハスティと摸擬戦……カルセドニーの剣が、ハスティの剣を跳ね上げた。
ハスティは尻もちを付き、カルセドニーが剣を突きつけ決着……カルセドニーが手を差しだす。
「だああ、まーた負けた……」
「驚いたよ。摸擬戦を重ねるほど、手ごわくなる。キミはいずれ、僕より強くなるだろうね」
「そりゃどーも」
ハスティが立ち上がり、カルセドニーと談笑する。
英雄と、公爵家三男が楽しそうに会話しているシーンは、見学の女子を大いに騒がせた。
カルセドニーは、見学席を見る。
「………はあ」
「今日もいないな、ブリュンヒルド」
「ああ。最近、学園でもほとんど話ができてない。ミュディアもだけど……皆、忙しいようだ」
「あー……」
ハスティは、ブリュンヒルドが本格手に『後継者』として活動し始めたことを知っている。
まだ、ブリュンヒルドが直接手を下した処刑はない。だが、父ライオスの補佐として、処刑がある場合は必ず付いて行くようにしているのだ。
ブリュンヒルドが処刑執行人の後継者ということを、カルセドニーはまだ知らない……こればかりは、ハスティが口を出す問題ではない。
「なあ、カル」
「なんだい?」
「その……お前ってさ、ブリュンヒルドのこと……」
「ああ、愛してる」
カルセドニーは、まっすぐハスティを見て言った。
決して実らない想い。ハスティは、どこか悲しそうにうなずく。
「そ、そっか。すげえなお前……照れもなく、そんなはっきり言えるなんて」
「そうかい? ハスティ、てっきりきみも」
「オレはもう諦めたよ。最初から……勝ち目なんて、なかったしな」
ハスティだけじゃない。カルセドニーもだ。
石腹というのはうそだった。ブリュンヒルドは結婚できるし、子供も産める。
でも……ブリュンヒルドを待つのは、処刑執行人としての道だ。
血に濡れた手で、子供を抱くつもりはない。ブリュンヒルドはそう決意している。
人生のすべてを、処刑執行人として生きることを、決めている。
それは、ハスティはもちろん、カルセドニーにだって止められない。
(……いや、こいつならあるいは)
「ハスティ、そろそろ帰ろう。ところで……ヘドウィグたちもいないな。最近、忙しそうにしているのは見たが、何をしているんだろうか」
カルセドニーとハスティは、二人で学園を出て帰路へ。
途中、ハスティと別れてカルセドニーは一人で歩いていた。
すると、カルセドニーの前に現れたのは。
「カルセドニー」
「ブリュンヒルド!!」
ブリュンヒルドだった。
カルセドニーは走り、今にも抱き着こうとしたが、ギリギリで踏みとどまる。さすがに往来ではだめだと、理性を残していた。
ブリュンヒルドは、淡く微笑んでいる。
「あなたに、お話があるの」
「……その言葉、待ってたよ」
二人は、ゆっくりと歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
二人が向かったのは、以前カルセドニーが愛の告白をした公園。
そこで、カルセドニーは緊張しながらブリュンヒルドと向かい合う。
「カルセドニー。私は……あなたを、愛しています」
「……本当かい!!」
「ええ。誰かを好きになったこと……愛したことは、初めての経験。心がぽかぽかして、胸の奥がすごく熱くなって……あなたのことばかり考えている」
「それは僕もだよ。ブリュンヒルド……キミのことばかり、考えている」
そして、カルセドニーが抱擁しようとした……が、ブリュンヒルドが手で制する。
驚き、カルセドニーが首を傾げると、ブリュンヒルドが言った。
「ごめんなさい。私は……あなたを愛している。だからこそ、あなたの想いは受けられません」
「…………え?」
「カルセドニー、聞いてほしいことの二つ目」
ブリュンヒルドは、胸に手を当てて、笑みを消して言う。
「私は、ブリュンヒルド・アルストロメリア。イクシア帝国の処刑執行人、その後継者」
「…………しょ、処刑、執行人?」
「ええ。アルストロメリア公爵家は代々、イクシア帝国の処刑執行人を務めてきた。私はその後継者……わかる? 子供を産んでも抱く資格のない母親になんてなりたくない」
ブリュンヒルドは、全てを話した。
石腹は嘘だということ、もしカルセドニーが処刑されることになったら、首を落とすのは自分だったかもしれないこと、そしてマルセイユ子爵家が代々剣術をアルストロメリア公爵家に教えていたのは、全て処刑の技術としてのこと。
カルセドニーは唖然とした。
「ま、まさか……」
「全て本当よ。カルセドニー……私はもう、自分の道を決めたの。だから……あなたを愛している。でも、その想いには応えられません」
「…………」
「私と同じくらい、あなたを想う人が近くにいるわ。カルセドニー、その人と幸せになってください」
「……そんな、ブリュンヒルド」
「さようなら、カルセドニー……幸せになってね」
ブリュンヒルドは、カルセドニーと決別した。
一人、公園を去ろうと歩き出す。
「待って、ブリュンヒルド!! ──あ」
「……っ」
ブリュンヒルドの肩を掴んだカルセドニー。
ブリュンヒルドは、泣いていた。
そして、走り出した。
「…………」
追うこともできず、カルセドニーはその場に立ち尽くすのだった。




