証拠
ブリュンヒルド、ミュディア、ハスティの三人は、剣を装備して郊外の森へ。
そして、森の近くに馬車が止まっており、森の奥にある空き家を発見。
すぐ近くの木に隠れ、様子をうかがう。
「……足跡がある。しかも、新しいわね」
ミュディアが地面を調べて言う。
そして、ハスティが耳をすます。
「……三人、いや五人はいる。オレらだけでやれるか?」
「恐らく、リカルド伯爵の部下である騎士がいるわ。かなり手ごわいわね……」
「ですが、行かないと。早くしないと、証拠が隠滅されます」
ブリュンヒルドは剣の柄に手を添える。
そして、一切の手加減をしないことに決め、戦闘準備をする。
その様子に、ミュディアもハスティも息を呑む。
「……よし、行こうぜ。三方向から囲うようにすれば、有利になるはず」
「そうね。ブリュンヒルド……くれぐれも、無茶をしないように」
「わかりました」
三人は、三手に別れて三方向から攻めることにした。
ブリュンヒルドは、音を立てないよう空き家に近づくと……声が聞こえてきた。
「診療記録、こんなモンがあったとはな」
「伯爵閣下の命令だ。確実に処分する」
「しかし……伯爵も相当だね。よっぽど、あのお坊ちゃんが気に食わないとは」
「ははは、子爵殺しを上手く利用するとはなあ」
気楽な声だった。
後を着けられ、三方向から囲まれているとは思っていないようだ。
ブリュンヒルドは剣を抜き、空き家のドアを静かに開けて滑り込む。
そして、リカルド伯爵の手下たちがいる部屋を、少し空いたドアから見た。
「…………数は五人、男性四名、女性一名」
全員、騎士のようだ。
腰には剣があり、今は五人で書類の確認をしている。
そして、女性騎士が一枚の書類を手にして言った。
「ねえ、これがそうみたい。カルセドニー・マルセイユ。治療記録……七月十日、両手首の亀裂骨折。間違いないわね」
「見つけたか。じゃあ、さっさと燃やしちまえ」
そして、騎士が火種を取り出した瞬間、ブリュンヒルドは飛び出した。
「えっ」
一瞬で剣を振り、女性騎士の手首を切りつける。すると、女性騎士の手から出血した。
「うぁぁぁぁぁぁぁ!!」
絶叫する女騎士。
手から治療記録が離れ、ブリュンヒルドはそれを掴む。
すると、ミュディアとハスティが飛び込み、騎士たちを囲う。
「動くな!! 両手を上げろ!! 剣に手を伸ばした瞬間、交戦の意思ありと判断する!!」
すでに剣を抜いている学生騎士見習い、そしてまだ剣を抜いていない騎士。
さすがの騎士も馬鹿ではないが、剣を抜いても勝ち目はあると思っていた。
が……その考えはすぐに捨てた。
「…………」
目の前にいる、銀髪赤目の少女。
この少女は只者ではない。そう感じるくらい、冷たい目、殺気を放っていた。
ミュディアがハスティに合図。ハスティは頷き、騎士たちの武器を全て没収し、持参したロープで手足を縛る。
騎士たちを床に転がし、ようやく緊張を解いた。
「ふう……ブリュンヒルド、書類は?」
「ここに。これで、カルセドニーの無罪を証明できます」
ブリュンヒルドは、診療記録を丁寧に畳んで胸ポケットへ。
ミュディアは、騎士たちに質問をする。
「……私の顔を知らないとは言わせないわ。あなたたち……自分たちが、何をしているか理解している?」
「「「「「…………」」」」」
騎士五人は蒼白になり、ミュディアを見た。
まさか、自分が所属するヘルメス王国の王女が、こんな場所にいるとは思っていないようだ。
「さて、聞かせてもらうわ。あなたたち、リカルド伯爵の騎士ね」
全員が頷いた。
「リカルド伯爵は、カルセドニーを陥れようとしている……間違いない?」
全員が頷く。
「リカルド伯爵の目的は?」
「ひ、姫様との、婚姻です……英雄であるカルセドニー・マルセイユが姫様の婚約者第一候補となっているのが気に食わないようで……その、子爵殺害の濡れ衣を着せ、そのままこの国で処刑させようと」
「……やっぱり、そんなことだったか」
ミュディアはため息を吐く。
そして、ブリュンヒルドを見て小さく微笑んだ。
「カルは、そんなことしなくても私と婚約するつもりなんてないわ。私のことは……あくまで、守るべき姫であり、戦友だから」
「…………ミュディア」
それは、遠回しな『諦め』に見えた。
ブリュンヒルドは何と言えばいいのかわからず黙り込む。
すると、ハスティが言う。
「とにかく、こいつらをどうするかだけど」
「……現時点では、罪を問えないわ。ただ医院から治療記録を借りただけ。でも、このまま返すわけにはいかないわね」
ミュディアがジロリと騎士たちを見ると、騎士たちはビクリとする。
「よく考えなさい。ヘルメス王国の王女である私に逆らうか、カルセドニー・マルセイユに不当な罪を擦り付けてのうのうとしているリカルド伯爵に付くか」
ミュディアは、ナイフを取り出し、テーブルに突き刺す。
「ここに置いておく。あとは自由になさい……言っておくけど、逆らうなら容赦しないわ」
そう言い、ミュディアは部屋を出た。
ブリュンヒルドもそのまま部屋を出た。
最後、ハスティが騎士たちに言う。
「女ってコエーな……逆らわない方が身のためだぜ」
五人はブンブンと首を振り、ハスティも部屋を出るのだった。
◇◇◇◇◇◇
証拠を手に入れたブリュンヒルドたちは、そのままアルストロメリア公爵家へ。
そして、三人でライオスの執務室へ。
「お父様、これを」
「…………これは」
「カルセドニー・マルセイユ。彼が十年前に怪我をした時の診療記録です。日付、そして怪我の内容を確認すればわかります。両腕の骨に亀裂が入った七歳の子供が、子爵殺害などできるでしょうか」
「…………」
ライオスは診療記録を確認し、机に置く。
そして、ブリュンヒルドに言う。
「……これは、裁判で武器となる証拠だ。よくやったぞ、ブリュンヒルド」
「はい!!」
「それと、アウリオン公爵家、ヘルメス王家のお二人の手伝いにも、感謝を」
「い、いえ」
「ええ、当然のことよ」
ハスティは緊張し、ミュディアは当然のように言った。
そして、ブリュンヒルドは……決意したように言う。
「お父様。私は……この二人に、真実を打ち明けたいと、考えています」
「──!!」
「「?」」
ライオスが目を見開き、ハスティとミュディアは首を傾げる。
しばし、ブリュンヒルドとライオスは見つめ合い……ライオスはため息を吐いた。
「やれやれ……止められないようだな」
「申し訳ありません。私は……友人に、これ以上嘘をつきたくないんです」
「おいおい、どういう」
「……待った。ハスティ、話を聞きましょう」
ブリュンヒルドは振り返り、胸に手を当てて目を閉じた。
そして、意を決したように言う。
「私は、ブリュンヒルド・アルストロメリア……イクシア帝国の処刑執行人一族である、アルストロメリア公爵家の後継者なの」
「「…………は?」」
ブリュンヒルドは、説明をした。
アルストロメリア公爵家は代々、処刑執行人であったこと。そして、ブリュンヒルドがその後継者であり、父の跡を継ぐことを。
ハスティは、驚いたように言う。
「待てよ。じゃあ、石腹ってのは……」
「嘘よ。処刑執行人である私は、結婚をするつもりはない。兄、妹の子供が生まれ、アルストロメリア公爵家の証である銀髪赤目が生まれたら、その子を後継者として育てるつもり」
「ま、待てよ。お前……」
「ハスティ・アウリオン。これは私の人生。私が決めたこと。ミュディア王女殿下……私は、カルセドニー・マルセイユと結ばれることはありません」
「……そ、そんな」
衝撃の事実だった。
二人は硬直し、言葉が出ないようだった。
「私は……カルセドニー・マルセイユに、恋をしています」
「「…………っ!!」」
「だから、助けたい。どうか最後まで、手を貸してください」
「「…………」」
ブリュンヒルドの覚悟に、ハスティとミュディアはただ押されるのだった。