医院へ
ブリュンヒルドたちは、ハモス治療院へと急いだ。
そして、医院へ到着。すぐに受付へ向かい、ブリュンヒルドは受付嬢へ言う。
「アルストロメリア公爵家、ブリュンヒルド・アルストロメリアです。治療記録の確認をさせてちょうだい」
「え、あ……えっと」
いきなり現れた貴族令嬢が、治療記録の確認をさせろと言う。
情報量が多く理解できず、受付嬢は固まった。
そして、ハスティはブリュンヒルドの肩を掴む。
「落ち着いて説明しろよ。焦る気持ちは理解できるけどな」
「……ごめんなさい」
ブリュンヒルドは、丁寧に説明した。
すると、理解が追いついたのか、受付嬢は「しばらくお待ちください」と言って奥へ。それから数分もせずに、老齢の医師が現れた。
メガネをかけ、髭を生やした医師は丁寧に一礼する。
「これはこれは、アルストロメリア公爵家の……御父上には大変お世話になっております」
「あなたは、父を御存じで? と……申し訳ありません。今は急ぎでして、十年前の治療記録の閲覧をお願いします」
「十年前……いやはや、これはこれは。何かあったのですかな」
医師は眼鏡をクイッと上げ、首を傾げる。
ハスティは、ややイラついたように言った。
「あーもう、とにかく見せてくれよ。こっちは急ぎなんだ!!」
「ええ、はい。わかりました……こちらへ」
医師に案内され、三人は別室へ。
そこは資料室。部屋いっぱいに診療記録が収まった本棚があり、この医院が古くからやっていることを裏付けた。
ハスティは、ミュディアを見て言う。
「ここに、カルセドニーの治療記録があれば」
「そして、子爵殺害の日付と合わせて、矛盾がなければ……カルは殺人を犯していない証拠になる。おじいさん、十年前の診療記録を」
「それなんですが……」
医師は、首を傾げて言う。
「さきほど、貴族の方がいらっしゃいましてね。十年前の診療記録を寄越せと、十年前の記録を根こそぎ持って行ってしまいましてねえ」
「「「え!?」」」
「ちょうどそこです。そこ」
老医師が指差した場所を見ると、そこの本棚だけ何も入っていなかった。
ハスティは、老医師に詰め寄る。
「さ、先ほどって……いつだ!? いつ持って行った!?」
「ええと、一時間ほど前でしたかなあ」
「ちっくしょう。ブリュンヒルド、オレたちがカルセドニーと喋ってる間だぞ!!」
「……まさか」
ブリュンヒルドはハッとなりミュディアを見る。
ミュディアも同じ結論なのか、小さく頷いた。
「ええ、恐らく……カルとの会話を聞かれて、先回りされたようね」
「クソが。まさか、リカルド伯爵じゃねぇだろうな」
「「…………」」
「な、なんだよ二人して」
「いえ、その」
「あなた、頭が回るのね……って思ったのよ」
「はあ?」
ミュディアに言われ、ハスティはムスッとする。
ブリュンヒルドは、間違っていないと思っていた。
(カルセドニーの罪が認められない場合、困るのはリカルド伯爵……どうやら、監獄にリカルド伯爵の手先がいるようね)
ブリュンヒルドは拳を握る。
せっかく見つけた無罪の証拠を、このままでは消されてしまう。
そう、思っていた時だった。
「申し訳ありません。もしかして……十年前、そして貴族の怪我の治療というと、マルセイユ子爵の息子さんのことですかな?」
「「「!!」」」
三人が老医師を見た。
「その時の治療は、私が担当しました。いやはや、七歳の少年が両腕の骨にヒビを作るなんて、騎士の鍛錬とは厳しいものだと思いましたな」
「お、おじいさん……あなた、知ってるの?」
「ええ。確か、カルセドニー……でしたな。幸い、折れてはいなかったので、添え木を当てて固定治療をしました。しばらくは両手を使えないと言うと、彼の父親は笑っていましたなあ。貴族でありながら、実に豪快な笑いをするお方でした」
老医師はしみじみ言う。そしてハスティが叫ぶように言った。
「い、いつだ? それ、いつのことだ!?」
「ええ、七月の十日でしたな。私は年寄りですが……治療した患者さんのことは全て覚えています」
「七月の十日……ミュディア」
「ええ。子爵殺害の日時は、七月十二日。両腕に亀裂が入った状態のカルには不可能だわ!!」
「よっしゃあ!! あー……でも、肝心の診療記録がないと、証拠にならねぇんだよな。くっそー……」
頭を掻きむしるハスティ。ブリュンヒルドは言う。
「あの、おじいさん。なんでもいいんです、治療記録を持って行った人たちって、どんあ人たちでしたか?」
「ふぅむ……全員、マントを被っていましたからな。ああ、紋章を見せられましたな。黒い蛇の描かれた紋章でした」
「黒い蛇……リカルド伯爵家の紋章ね。間違いない、リカルド伯爵の手先が、治療記録を運んだのね」
「よし、じゃあリカルド伯爵を問い詰めて」
「ダメよ。そもそも、おじいさんの証言だけで、リカルド伯爵の手先が盗んだなんて認めるわけがない。無茶な追及は、こちらが不利になるわ」
三人は黙りこむ。すると、老医師が言う。
「ああ……そういえば、『郊外にある森へ運べ』と言っていたような……」
「郊外の森……この辺りだと、西門を出てすぐのところかも」
「よっしゃ、行ってみようぜ。このまま喋ってても仕方ねぇしな」
「待ちなさい。敵の数とか、わからない以上は……」
ミュディアが言うと、ハスティが遮る。
そして、ブリュンヒルドに言う。
「どうする、ブリュンヒルド」
「……行きます。このまま、証拠隠滅されるわけにはいきません」
「よし。王女様よ、あんたは部下の二人を連れて、あとから合流しろ。オレとブリュンヒルドは、このまま郊外の森へ行ってみる」
「……はあ。わかったわよ、ただし、危険と判断したら無茶しないこと。いいわね」
「ああ、よし行くぜ、ブリュンヒルド」
「ええ。おじいさん、ありがとうございました」
三人は部屋を出た。
残された老医師は、静かに手を振るのだった。




